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第6話 思い出のワンシーン

2019-4-15 地の文での酒挽当利の表記を「酒挽」に統一しました。

「これ『白雪姫』だろ?」


 酒挽(さかびき)は多少の期待を抱いて尋ねた。

 一体どんなオチを用意しているのか。

 オリジナル台本を謳いながら、中身がまんま『白雪姫』。どう考えても突っ込み待ちだろう。周到に用意されたオチが炸裂するのだろうと想像しても、ちっとも不思議ではない。

 だが、理香はキョトンとした顔で聞き返してくる。


「何だ? 『白雪姫』とは」


 酒挽は理香が何を聞き返してきたのか、すぐに理解できなかった。目を見開いた後、何度も瞬きを繰り返し、ようやく口を開く。


「いや、だから、これってまんま『白雪姫』だろ?」


 台本を掴んでの反論を試みる。


「だから『白雪姫』とは何だ、と聞いているのだが」

 同じ質問が繰り返された。少し怒っているような困惑しているような、複雑に感情が入り混じっているような表情を見せる。


「『白雪姫』だぞ、『白雪姫』。グリム童話の!」


「童話?」


 理香はますます難しい顔をする。腕組みをして首を捻る始末だ。

 ボケ倒すつもりか?

 もしそうだとしても、理香の計画は早々に頓挫するだろう。突っ込み側の人数は潤沢だ。酒挽はそう思った。


「あのう」


 一人の女子部員がおずおずと手を挙げて話に割り込んできた。酒挽と理香が一緒に彼女を注視する。彼女は少し首をすくめて探るように聞いてきた。


「酒挽先輩の言っている『白雪姫』って、有名なお芝居なんですか?」


「……はい?」


 酒挽の頭の中が真っ白になる。目の前で理香が「ほら、見たことか」と言わんばかりの得意げな表情を見せていた。

 だが大抵こういう場にはノリを重視してボケ側につく人間がいることに思い至る。酒挽は冷静な口調で反論をした。


「有名だろ。芝居じゃないけど」


「平先輩の書いてきたこの台本が、その話にそっくりだってことですか」


「そっくりなんてレベルじゃないよ」


 酒挽は呆れた口調でそう言う。

 その責めに、彼女は恥ずかしそうな声で答えた。


「不勉強で申し訳ないのですが、私『白雪姫』って知らないんですけど」


 随分と徹底しているな。だが、彼女一人が理香側についたところで、形勢は明らかに酒挽に有利。そうなるはずだった。

 しかし、部員は一斉に彼女の言葉に頷いた。


「まぁ、当利(とうり)はマニアックだからな。だが、自分が知っているからといって他人も知っていると思い込むのはどうかと思うぞ?」


 勝利を確信している様子の理香は、酒挽の肩をポンポンと叩いてくる。


「どういうつもりだ、理香?」


「どういうつもりとは?」


「とぼけるなよ」


「とぼけるも何も、知らないものは知らないぞ」


 なぁ? と理香が声をかけると、やはり部員は全員首肯した。

 ……ははぁ、そういうことか。皆で俺のことハメるつもりだな?

 そんな疑念が酒挽の頭をよぎる。

 酒挽は自分の肩に乗りっぱなしになっている理香の手首を掴んだ。


「何だ、当利?」


「忘れたのかよ、あの舞台を?」


「どの舞台だ?」


 理香はあくまでも冷静な受け答えだった。


「『白雪姫』だよ」


 酒挽も務めて穏やかに返す。


「忘れるも何も、最初からそんな芝居をした覚えはないが」

 眉間に少しシワを寄せて、小首を傾げる。


「お前、芝居にのめり込み過ぎて、キスをっ……危うくキスしそうになったじゃないか、俺に、あのシーンで!」


 毒のリンゴで倒れてしまった白雪姫が、通りがかった王子とキスをして目を覚ます場面。

 観客からは完全な死角だった。だから、してもしなくてもわからないはずだった。

 そして事実は、危うくではなく、お互いの唇が触れた。

 目を閉じていた酒挽は、さらに理香から掌で目を覆われ、目を開けた時には、既に理香の顔は離れた後だった。

 間違いなく、触れていた。

 だが、ここでそんな事実を言ったら、他の部員からからかわれるのは想像に難くない。

 寸でのところで、酒挽はセリフを変えた。

 しかし、理香は苦笑いを浮かべて自分を捕まえていた酒挽の手をやんわりと排除する。


「当利、言っていることがおかしくないか?」


「どこがだ?」


 事実は揺るがない。間違いなく酒挽の記憶に残っている。


「当利の言う『白雪姫』がボクの『森の姫君』と同じストーリーだというのであればだ。女のボクがキスをされることはあっても、キスをするシーンはないぞ?」

 理香は『森の姫君』の台本を手早くめくって、そのページを出した。


「見ろ。棺に横たわっている姫に通りがかった王子がキスをして姫は目を覚ます。キスシーンは後にも先にもここだけだ。姫からキスをすることにはなっていない」


 理香の指摘は確かに正しい。『白雪姫』も同じ内容だ。

 だが根本が間違っている。


「中学の時は、理香の方が背が高かったから王子をやって、俺が姫をやったんじゃないか!」


 今でこそ酒挽の方が頭半分程度高いが『白雪姫』をやった中学生の時は理香の方が頭一つ分身長は高かった。その上酒挽は、正体を明かすまで周囲が酒挽だとわからない程女装が似合っていたのだ。


「……」


 理香は目を閉じ、顎に手を当てて考え込む。


「うむ。ボクが男子を演じ、当利が女子を演じた芝居に記憶はない」


 顔を上げた理香が、きっぱりとそう言い切った。


「第一そんな愉快な話なら、忘れるはずがないではないか」


「それを忘れてるんじゃないか……」


 酒挽は頭を抱えるしかなかった。


「それよりも、だ」


 理香は酒挽の顔を覗き込む。相当な至近距離。お互いの吐息を感じられるほどだ。


「何だよ」


 ぶっきらぼうに答える酒挽だったが、内心、心臓の鼓動が少し早くなっていることを自覚していた。


「本当に当利の言う『白雪姫』なる話が存在しては、オリジナル劇の看板を下ろさなければならない」


「だから、オリジナルじゃないって」


「ならば確かめに行くぞ。『白雪姫』が本当にあるかどうかを」


 そう言うと、理香は酒挽の手を取って引っ張る。


「お、おい」


「納得していないのだろう? この際、きっちり白黒つけた方がいい。後顧の憂いは早々に取りはらっておくべきだ」


 理香は自分のカバンを持つと、酒挽のカバンまで回収した。


「という訳だ。ボク達はこれで帰るから、後の始末は頼んだ」

 返事を聞くことなく、理香は酒挽を引きずるようにして歩き始める。

 部員達全員がポカンとしている中、二人は部室を後にした。

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