第63話 白雪姫の不自然な意識回復
2019/06/18 1:00頃 誤字を訂正しました。
「結局結論は出ずじまい、ってことになるのかな」
酒挽がそんな曖昧な報告をする。
結局あのまま第三の殺人未遂――櫛による殺人未遂の審理は終了することとなった。
検察側は証拠である櫛に証拠能力がないとして取り下げを申請し、酒挽は、櫛がすり替えられている可能性があるため、証拠としての取り下げを拒否した。
櫛に付いていた小人の指紋が、事件当日ではなく、後で検察に証拠を提出する際に素手で触れたと小人が証言した。そのため、証拠能力なしと裁判長が認めた。
しかし、酒挽が挙げた数々の疑問点を払拭することができない事も事実であるため、証拠品として取り下げることは認められなかった。
「証拠の取り下げを認めさせなかっただけでも、大したものだ」
場所は理香の部屋。酒挽とキイナの二人は、童話世界から戻って来ていた。
理香がイス、酒挽とキイナがベッドに腰を落ち着けるのが、次第に定番となりつつあった。
事の顛末を話して聞かせていると、理香は「洗濯するから服を脱げ」と言い出した。
床にうつ伏せになったことが影響しているのだろう。
当然、着替えの時は酒挽は部屋を出た。理香としては、風呂にも入れさせたかったようだが、時間も時間なだけにひとまずは報告して、方向性の確認をする、ということで一致していた。
「櫛はやっぱり重要な証拠になるのか?」
「なる。胸ひもが燃やされている以上、姫の殺人未遂事件で櫛は唯一の物証だ」
理香はきっぱりと言い切った。
「でも、裁判所は、櫛の証拠能力はないと言ったぞ?」
「正確には、『白雪姫が櫛により意識を失った件について、櫛には証拠能力は認められない』なのです」
酒挽の隣に座るキイナが訂正してくる。
裁判所も苦労しているのだろう。当初の「白雪姫が倒れた原因は櫛に塗られた毒」という主張を立証する証拠としての能力はないが、現場から押収された証拠としては、余りにも不自然な点があるため、審理の対象から除外することも難しい、という玉虫色の決着なのだ。
「さて、ここまでの事件は、狩人による第一の殺人未遂事件と、王妃による第二、第三の殺人未遂事件に分類される」
狩人に森へと連れ出された白雪姫が、王妃の命令を受けた王妃に殺されそうになった事件。
物売りに化けてやって来た王妃に、胸ひもできつく縛りあげられて意識を失った事件。
同じく物売りに化けてやってきた王妃に、櫛で髪を梳いている途中で意識を失った事件。
「第一の殺人未遂事件では、姫は狩人に命乞いをしているだけで、意識を失った事実はない」
狩人は、白雪姫の「二度と城に戻らない」という懇願を受けて、見逃した。おそらくそこには、独り森に放置すれば、生きてはいまい、という打算もあっただろう。言ってしまえば、未必の故意による殺人未遂、とも言える。
もっとも、狩人は未だに一度も証言台に召喚されていない。
それは理香曰く「既に殺され、この世にはいないだろう」から召喚しても登場しないのか、それとも単に今まで誰も召喚していないだけなのかは不明のままだ。
「第二の殺人未遂事件は、意識を失った姫が、原因となった胸ひもを切断、排除したところで意識を取り戻している。
第三の殺人未遂事件でも、同様に原因となった櫛を取り除いたことで姫の意識が回復した」
「どちらも原因を取り除いたことで、白雪姫の意識が回復しているのです」
キイナのまとめに、理香は頷く。
「しかし現実的にはそんなことはあり得ない。第二の殺人未遂事件では胸ひもが凶器として使われたが、ボクが立証して見せたやり方で意識を奪うぐらいなら、最初から首を締めれば済む話だ。胸ひもを使うことで自然死を演出しているわけでもないのだからな」
実際、白雪姫が倒れている現場に到着した小人は、胸ひもできつく縛りあげられていることが原因だと即座に看破して切断している。自分で自分が気絶するほど圧迫することは不可能。であれば、第三者の手によりその状況が作り出されたことは疑いようがない。
だからこそ、検察側は被害者による狂言や自作自演の疑いがあることを殊更に主張するのだ。
検察側の理論を用いれば、犯行を実行した第三者の存在は、白雪姫に殺意を抱く王妃以外の何者でもなくなってしまうのだから。
「第三の殺人未遂事件。これはボクが以前から指摘しているとおり、そもそも櫛が現場に残されていること自体が不自然だ」
蜂毒によるアナフィラキシーショックの誘発を狙ったのであれば、櫛を現場から回収すれば、蜂に刺された事故死を装うことができる。王妃にとっては、自分が殺そうが他殺だろうが事故死だろうが、白雪姫という存在がこの世から抹消されれば目的は達成される。手段など問う必要が認められない。
「ていうか、理香がそっちの方向で立証しようとしたんじゃないか」
胸ひもの時は、テールを怒らせる実証実験を行い、胸部圧迫による脳への酸素供給の強制遮断という手段があることを示した。
櫛の時は、塗られていた毒の種類から、アナフィラキシーショックによる殺害の可能性を模索した。
「ボクは、自ら進んでその方法での立証を試みたわけではない」
「……どういうことだ?」
「蜂毒が塗られた櫛は、あからさまにアナフィラキシーショックが原因だと言いたいがための証拠が揃っているし、胸ひもの件も、小人が真っ先に気づくほど不自然に胸ひもが強く締めつけている状況が見えた。
つまり、最初からこの事件に関わるすべての者を、誤った方向へ誘導しようとした者が存在する、ということだ」
そんな理香の言い方に、引っかかりを覚える。
「それは検察側じゃないってのか?」
酒挽の問いに、理香は首を横に振り「森の姫君」の台本を持ち上げて見せる。
「さて、当利。この物語の巧妙なところは、王妃が魔法の鏡を持っているとだけ言っていることだが?」
「……それのどこが巧妙なんだ?」
酒挽は首を捻る。
その様を見て理香はフッと笑うと、キイナに問いかける。
「キイナは、王妃が魔法の鏡を持っているというボクの台本を見て、王妃は何者だと思った?」
「え? 魔法使いなのではないのですか?」
一瞬、キョトンとしたキイナは、首を傾げながら不安げに答える。
「そう。魔法の鏡を持っている王妃は、鏡に問いかけることで、真実の答えを得ている。一見するとあたかも魔法の鏡自身が魔力を持って自力で活動しているように考えられるが、王妃が魔法使いで鏡に魔力を与えている、という考え方も可能なわけだ」
「だから、魔法使い……」
言われて初めて酒挽はそのことに思い至る。
王妃は、魔法の鏡に問いかけて、白雪姫がいつまでも生存している事実を知る。だからこそ、連日、小人の家にやって来ては、白雪姫の殺害を画策した。
問いかければ、真実を答えてくれる魔法の鏡。
それを持っている王妃が魔法使いである可能性は、少し考えれば思いつくことではあった。
「もうわかっただろう? 白雪姫が意識を失った本当の理由は、王妃が胸ひもや櫛に施した魔術的な作用によるものだ」




