第64話 キイナの爆弾発言
遅くなりました。第64話です。
「なるほど……そういうことか」
酒挽は納得した。
胸ひもや櫛に魔術的な要素を施し、白雪姫の意識を刈り取った。実際には、命をじわじわと削っていたのだろう。小人の帰還が早かったから、死に至る前に回復したに過ぎない。
「小人の注意力がいかほどのものかは不明だが、恐らく胸ひもは、王妃によりきつく縛り上げられただけではなく、紐自身が徐々に姫の体を縛り上げていたのだろう」
言われてみれば、確かに白雪姫と小人の証言は少しおかしかった。
『おばあさんは、私の後ろに立って、紐を持つと、左右に引っ張って私の胸を締めあげた』と白雪姫は言った。そしてその後意識を失う。
王妃は、白雪姫の意識を奪った後、現場を立ち去った。
帰って来た小人が、白雪姫が倒れているのを発見。『胸を紐できつく縛られていたようなので、紐を切ったら、白雪姫の意識が戻った』というのが証言だ。
「姫が死んだと思って王妃が現場を離れたのなら、胸ひもは結ばれている必要がない。だが、実際は胸ひもは結ばれ、しかも、小人が紐を切断しなければならないほど締め上げられていた」
「話がおかしいのです。王妃は白雪姫を殺したことを確認していないことになるのです」
小人が家に戻った時、王妃の姿はなかった。当然、現場から逃亡したのだろう。
しかし、紐を切断することで、白雪姫は意識を取り戻す。
結果的に王妃は白雪姫の死亡を確認しないまま立ち去ったことになる。
「王妃には、問えば正確に答えてくれる魔法の鏡があるからな」
だから、白雪姫が死んだかどうかを確認する必要がない。
もっとも、その結果、何度も白雪姫を殺し損ねたことに自身で憤慨し、再度殺すために小人の家へと変装して出向くことになるわけだが。
「それはつまり、紐が白雪姫を確実に殺す確証があったから、か」
「十中八九な」
酒挽の呟きに、理香が応える。
「もしかして、櫛も同じなのです?」
「恐らくは、な。小人が素手で持っても影響がなかったところを見ると、髪に絡むことで発動するものだったのだろう」
「でも、証拠がないのです」
キイナが難しそうな顔をしながら腕を組んで顎に手を当てる。
ごく当たり前のことをずばりと指摘する。
検察による櫛の鑑定結果では、そんな仕組みは報告されていない。
「やはり、すり替えられている、か」
状況を考えると、その可能性が極めて高いと考えられる。むしろ、あれだけの状況証拠が揃えば、押収された櫛と白雪姫の意識を奪った櫛に同一性がない事は明らかだ。
「しかし、そこを立証することは不可能だ」
理香はそう言い放つと腕を組んで、足も組む。
「だからこそ、次のリンゴのシーンは重要なのだ。何かしらの魔術的な要素が施されている痕跡を見つけ出せるか出せないかで、裁判の戦略が大きく変わる」
理香の視線が酒挽へと向けられる。
「現実的に不自然な証言が飛び出したら、躊躇なく突っ込め。恐らくそこに、王妃の仕掛けた魔法的な要素がある」
考えられるのは、白雪姫と王子のキスシーン。
キスをされた白雪姫が目を覚ますという、あまりにも有名な奇跡のシーン。通常ではありえない、この不自然な場面にこそ、突破口が隠されているはずだ。
しかし、キイナが信じられないことをため息交じりに言い出す。
「童話『白雪姫』も、理香の『森の姫君』にように、キスで白雪姫が目を覚ませば簡単だったのです」
「……ん?」
全ての前提が覆される、一言だった。
思わず酒挽と理香が顔を見合わせる。
「キイナ。もしかして、王子と白雪姫は、キスしないのか?」
「いや、したと思うのですよ」
「……思う?」
「だって、物語は王子と白雪姫の結婚式で終わるのです。結婚式には当然キスシーンなのです」
「いや、そうかもしれないが……」
酒挽の言葉を遮るようにして、理香がセリフを差し挟む。
「キイナ。ボクの書いた『森の姫君』では、リンゴを食べて意識を失った姫は、通りがかった王子のキスで目が覚めるわけだが、『白雪姫』ではそのシーンは存在しないのか?」
「なのです」
キイナは短い返事で断言して、説明を続ける。
「理香の謀略で、何度も童話裁判の記録を読まされた中で確認した限りでは、そんな夢のようなシーンは存在しなかったのです」
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