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第65話 疑惑のお持ち帰り

すみません。遅くなりました。第65話です。

「……謀略とは、随分な言われようだな」


「そっち!?」


 理香の淡々とした反論に思わず酒挽(さかびき)が突っ込んだ。


「理香は事あるごとに、私に分厚い裁判記録を見返すよう言ったのです。しかもそのたびに『○○だけでいい』とか、いかにも負担が少なくてよさげな言いっぷりだったので、『それぐらいなら』と応じてみれば、結局最初から終いまで全部目を通す羽目になったのですよ」


 確か、理香が要求したのは……


――狩人に証言を求めたかどうか確認して欲しい。

――一応、狩人の証言を確認して欲しい。


「しかし、キイナは一通り裁判記録には目を通したと言ったではないか」


「漏れがあるかもしれないから、きっちり最初から最後まで確認したのです。でなければ『証言がなかった』なんて断言できないのです」


 そう。その答えは、最初から最後まで裁判記録に目を通さないと絶対に出てこない。

 理香は最初から「狩人は証言していない」と確信を持っていた。その状況下で、狩人に証言を求めたかどうかを確認するよう言った。

 偶然とは思えない。謀略と言われても致し方ないのでは、と酒挽は思い至る。

 律義に確認して、翌朝には報告しているキイナの真面目ぶりも際立つと思うのだが。


「キイナは有能なので、つい頼ってしまうのだ。許せ」


 理香が軽く頭を下げる。


「し、仕方がない話なのは分かっているのです。裁判記録を人間界に持ちだせない以上、私が確認するしかないのです」


 理香が素直に謝ったことと、有能と褒められたことに悪い気はしていないのだろう。キイナの口の端が若干歪んでいた。まるで嬉しさを噛み潰して表情に出さないよう無理をしているかのように。

 チョロイな、キイナ。


「さて、そうすると、現実的に考えねばなるまい」


 胸ひもの時も、櫛の時も、白雪姫の体から遠ざけることで意識を回復した。

 だが……。


「姫はリンゴを食べる」


 つまり、体内に取り込まれたことになり、小人では手は出せない。結果として、白雪姫の意識を回復させることはできなかった。


「通りかかった王子と倒れている姫というシチュエーションから考えれば、キスというより、人工呼吸の方が現実的だろうな」


 ロマンスの欠片もない。


「いやいや。王子が人工呼吸をする方が不自然じゃないか?」


 王子は権力者の一端を担う。であれば、死体に近づく可能性は皆無に等しい。


「トーリの言うとおりなのです。白雪姫は、少なくとも一度は毒の櫛で殺されかけたことになっているのです。王子が唇を奪う際に毒に侵される可能性がある以上、周りの者が止めるのです」


 だが、その毒は蜂毒で、それ単独では致死性はない。アナフィラキシーショックを誘発することで命の危険が及ぶのだ。

 もっとも小人は、裁判が始まるまで、その櫛に塗られた毒がどんなものなのか、全く分かっていなかったようなのだが。

 しかし、そんな疑念より、理香が掬いあげたほんの些細な違和感の方が問題になりそうだった。


「キイナ。その言いっぷりからすると、王子が小人の家に来た時は、独りではなかったということになりそうなのだが?」


 理香の問いに、キイナは首を横に振る。


「裁判記録では、王子は最初単独で小人の家を訪問しているようなのです。でも、小人はその者を王子だと知っているので、そんな事はさせないと思うのですよ」


 その辺の内容は、キイナも自信がないらしい。記録を見返した目的とは違う部分であるせいで、目は通したが内容を記憶するほどの印象がなかったようだ。


「あれ? 『最初』ってことは、王子はもう一度小人の家を訪問したってこと?」


 酒挽が確認すると、キイナは頷く。


「最終的に王子は、白雪姫の死体を小人から譲り受け、城に運ばせているのです。つまり、王子は後から白雪姫を運ぶために、家来を小人の家へと呼んだのですよ」


 ここまでの事を見ると、王子が死体愛好家、という噂が流れるのも致し方ないのでは、と思う。いくら美しい姫君とはいえ、死体は死体だ。物語の展開上、仕方なしという見方もあるが、死体を城に持ち帰るというのは、暴挙ではないだろうか。


「待て、キイナ」


 額に人差し指と中指を当てた理香。目を閉じて、何かを考えながらゆっくりと言葉を紡ぐ。


「小人から譲り受けたのか? 姫の死体を?」


「確かそう記録に書かれていたと思うのです」


 それを聞いた理香は、深く息を吐き出してから、手を顔から外す。


「王子は姫の死体をどうしても手に入れたかった可能性がある」


 真顔でとんでもない事を言い出す。

 釈然としない酒挽の表情に気付いたのか、理香が真っすぐ酒挽を見据える。


「考えても見ろ。死んだと思った姫が、小人の前で息を吹き返した、というのなら、()()()()()しても小人は文句を言うまい」


「おい!」


「しかし、死んだままの白雪姫を、()()()()()()()()()、となると、話は変わってしまう」


「言い方!」


 どっちも()()()()()には違いないが、ニュアンスは随分と違うものだ。


「真面目な話、王子が『()()手に入れたかった』『()()()手に入れたかった』『()()()()()手に入れたかった』のどれに落ち着くかで話が随分とおかしな方向に転がる可能性が出てくる」


「どういうことだ?」


「万が一、王子が『姫の死体を手に入れたかった』となると、王子は姫の蘇生法を知っていた可能性が出て来てしまう」


 城に持ち帰り、蘇生を施すことで白雪姫を手に入れることができる。さすがに長い間意識を失っていたところを生き返らせて貰ったともなれば、恩義を感じて王子の申し出を断りにくくなるだろう。


「当利。王子がそんな証言をし始めたら、注意するんだ」


「何があると言うのです?」


 キイナは不安げな表情で理香を見つめる。


「王子は無能だったわけではなく、検察側と組んで、姫を敢えて有罪にするよう仕向けた可能性がある」

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