表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/421

第62話 第三の殺人未遂――証拠をすり替えるとしたら

 失われてしまった証拠は元には戻らない。酒挽(さかびき)は、それを前提に立証を続けなければならない。

 しかし、胸ひも、櫛の布と立て続けに証拠が消されている状況を省みると、どうにも釈然としない。

 いずれの場合も、証拠を無きものとしたのは、白雪姫の最大の味方であるはずの小人なのだ。

 もっとも、童話裁判は童話「白雪姫」の世界とは別のもの。後から裁判があることを前提として物を残していないのも、当然と言えるかもしれない。

 そう考えると、童話「白雪姫」でなくても、童話裁判は弁護側圧倒的有利、という下馬評が出ても当然と言えそうだ。

 逆にその中で負けのない検事、テールの腕が相当という見方もできる。

 勝つためには手段を選ばない、なんてよくない噂は絶えないようだが。


「さて、証人にもう一つ確認したいことが」


「何じゃ?」


「白雪姫の髪から櫛を抜いた時『それほど抵抗なく取れた』と証言していましたが、多少は抵抗があったわけですか?」


「そりゃ、白雪姫の髪に刺さったままじゃったからの。引っ張った時、白雪姫の髪も一緒にくっついてきおったぞ」


「それは、何本か抜けた、ということですか?」


「そうじゃな。櫛にくっついていたものもあったと思う」


 しかし、証拠品として見る限り、その髪の毛はどこにもないように見える。


「テール検事?」


「鑑定結果には、頭髪が付着していたという報告はありません」


 案の定である。

 ここまでで分かっているのは、小人の指紋が消えたこと、付着していた白雪姫の髪が消えたこと、塗られていた毒が全く剥がれていないこと。

 もとより理香に言わせれば「存在自体が怪しい」証拠なのだが。


「証人にお尋ねします。櫛は本当に最初に棚に置いた時と同じ状況だったんですか?」


「そりゃそうじゃろう。誰もあんなもの触れる理由なぞないわい」


 ということは、変わっているはずがない、という思い込みで見落としている可能性が否定できない、ということになる。


「ここまでの証言や証拠で、櫛は証人が棚の上に置いてから裁判所に提出されるまでの間にすり替えられている可能性があります」


「異議あり」


 テールが手を挙げる。


「検察側が押収してから、裁判所に提出されるまでの間にすり替えられた可能性はありません」


「なぜそう断言できる?」


「すり替える理由がありません。こちら側は、櫛が被告人の髪に刺さっていたから意識を失っていた、ということ自体があり得ないと主張しているのです」


「あり得ない、と主張するからすり替えた可能性は否定できないだろう? 本当は別の猛毒が塗ってあったとか、実際は白雪姫の頭皮の成分が付着していたとか」


「それは弁護人の勝手な憶測であり、認められる事実はありません」


「その割には、関連する証拠――櫛の下に敷かれていた布や、上に被せられた布を押収していない。つまり、証拠の一部を保全しなかったわけだが? そこに検察側の立証に不都合な事実があるから、証拠として保全しなかったのではないか、と疑われても仕方がないんじゃないか?」


「だからと言って、証拠品がすり替えられた事実を認めるに足る証拠とは言えないでしょう」


 これ以上は水掛け論にしかならない。酒挽が主張する証拠は何一つないのだから。

 木槌が法廷に響く。


「検察側の異議を認めます」


 裁判長がそう宣言をする。酒挽は一旦その議論を引っ込めることにする。


「証人が証拠品を棚の上に置いてから、検察側が押収するまでの間に行われた可能性もあるわけですが」


 証言台に立つ小人に話を振る。


「まぁ、可能性と言われれば、否定はできんのぅ」


 一喝で否定が来るかと思いきや、随分と弱気の発言が飛び出した。


「心当たりでもあるんですか?」


「いや、ない」


 そこは断定してきた。

 そして小人は言葉を続ける。


「白雪姫がおった頃は、鍵を閉めるのを彼女がやってくれた。戸締りもじゃ。じゃから、時折玄関に鍵をかけ忘れたりしたこともあった。元より、ほとんど人が来ぬ地じゃから、支障はなかったんじゃがの」


 鍵をかけずに全員で仕事に出かけたこともあるから、人が勝手に家に入り込んで何かを盗むこともできる、と小人は言っているわけだ。

 もっとも、玄関の鍵閉め忘れは、時折ではないと思う。

 現に白雪姫が森に迷い込んみ、小人の家を見つけた時には、鍵がかかっていなかったから家に入れたと証言しているのだ。下手をすると、普段から鍵をかけることをしなかった可能性だってある。


「弁護人が一体何を目指しているのか分かりませんが、これだけは忠告差し上げます」


 ゆっくりと席を立ちながらテールが言う。

 異議の申し立てではないので、裁判長がどうしようか悩んでいるようだ。しきりに木槌に手を伸ばしたり引っ込めたりしている。


「どうぞ」


 手を差しのべながら、先を促すことで、裁判長の落ち着きのない動きが止まる。

 テールは一つ息を吐いてから、言葉を続けた。


「童話『白雪姫』の登場人物は、童話裁判にかけられると思って行動しているわけではありません。だから、証拠品をすり替える可能性は皆無です」


 童話裁判は、その物語が語り終わった後、裁判が始まる。

 だから、その登場人物が死んでいればその人に証言を求めることはできないし、失われたものを証拠として求めることもできない。


「なるほど。納得した」


 酒挽はそう言うと嘆息する。

 確かに童話裁判を目的に証拠をすり替える理由はない。

 だが、逆に言えば、童話「白雪姫」の中では()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということになる。

 酒挽は心の中でだけ舌を巻いた。

 ことごとく、理香が想定していたように、裁判が転がって行っているのだ。

 これは、第四の殺人未遂――もっとも有名な毒りんごの審理が大変そうだと、思わずもう一度溜息を吐いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ