第61話 第三の殺人未遂――二度目の証拠喪失
2日ぶりの更新で申し訳ありません。
「見解、ですか?」
テールは一瞬眉を顰めて、聞き返してきた。
酒挽は、テールから視線を外すことなく、無言で頷く。それに対して、テールは大きくため息を吐き出した。
「こちらの見解と致しましては、先ほど申し上げたとおり、証拠能力を欠くという考えです」
「そういうことを聞きたいわけじゃないんだ」
酒挽は頭を掻きながら、テールの様子を窺う。
小首を傾げて「お前は何を言っているのか?」と言わんばかりの冷たい目線を投げかけてくる。
「櫛は、本当に白雪姫に刺さっていたものと同じものなのか?」
「被告人は認めましたよ?」
「白雪姫が認めたのは、自分の欲しかった櫛と同じだ、ということであって、同一性については何も触れていない」
それも、テールがファスナー付のビニール袋に入れたまま見せて「あなたが欲しがったのは、この櫛ですね?」と質問した回答があるだけだ。
「そうは仰いますが、被告人は物売りから見せられた櫛を一目見て惚れ込んでしまう程だったのです。そんなものを見誤ると思いますか? そもそも童話『白雪姫』の世界では、こういった品物は職人による一品ものです。そうそう同じものを二つは作れません」
「同じ職人の手にかかれば、同じ品を作ることも可能だろう」
「ならば、その職人を証人として召喚してはいかがですか?」
その方法があることは、酒挽も考えていた。しかし、理香に「無駄なことはやめておけ」と言われている。その職人は存在しない。理香はそう断言したのだ。
「それは後で考える」
酒挽はそう言ってから、小人に向き直る。
「さて、もう一度お聞きしますが、あなたは白雪姫から櫛を取り除いてから、棚の上に置くまでの間、ずっと持ち続けていたんですよね?」
「そうじゃ」
「どちらの手でですか?」
「右じゃな」
「あなたの利き手は?」
「右じゃ」
「つまり、利き手でずっと櫛を持ったままだった、ということですね?」
「そう言っておろうが」
「白雪姫は、床に倒れていたわけですよね。確か、体中を調べたとか」
「当然じゃろう? 倒れている原因を探る必要があるじゃろうが」
「では、倒れていた白雪姫をそのままの状態で調べたのですか?」
うつ伏せに倒れていた白雪姫。
第二の殺人未遂の際のうつ伏せに倒れていた。この時は原因が胸ひもにあったから、体を起して処置をしたのは証言を求めなくても分かる話だった。
しかし、第三の殺人未遂は状況が違う。うつ伏せに倒れていた原因となった櫛は、白雪姫の後頭部の髪に刺さったまま。
そのままでも処置は可能だ。
「そんなわけあるか! 当然白雪姫の体を起こしたわ!」
「誰が体を起こしたんですか?」
「ワシじゃ」
酒挽は目を瞑る。
「キイナ」
「何です?」
キイナを証言台のところまで呼び寄せる。
「うつ伏せに倒れて」
「何故です?」
「白雪姫役。倒れていたのを起こしてもらうところを再現してもらうから」
キイナは唇を尖らせて見せたが、一つため息をつくと素直に床に寝そべった。
「これでいいのです?」
目線を小人に向けると、
「右手はこう、左手はこう。顔はこっち向きでじゃな……」
体のパーツを一つ一つ動かして、白雪姫が倒れていたところを再現していく。
しかし、
「右足は……」
「言われれば自分で動かすのですっ!」
おもむろに足首をつかんで動かそうとした小人に、キイナが上半身を起こして抗議する。
「そうか?」
「というか証人。その時の白雪姫は、長いスカートを着用していたから、足の状態は不明だったと第一審で証言していませんでしたか?」
胡乱そうな目線を小人に投げかけ、抑揚を平坦にしてテールが指摘する。
「おお、そうじゃったな」
「そうじゃった、じゃないですよ。じゃあ、起こしてみてください」
「再現、というから可能な限り状況を同じにしようと思ったんじゃがのう」
ぶつぶつと言いながら小人はキイナの横でしゃがむ。
キイナはうつぶせのまま、顔を左側に向けている。両手はL字型に頭側に、足は閉じた状態で転んでいる。
小人の位置取りは顔を向けているのと反対側だ。
まず、キイナの右手を真っすぐ伸ばして、顔の横に置く。子供が横断歩道を渡る時に手を挙げているような体勢だ。
後頭部に手を添えて、左の脇の下に腕を潜り込ませる。そして、体を引き上げて仰向けに起こす。
転がった勢いで、キイナの頭は小人の腕へと乗る形になった。結果、上半身が半分だけ起きる。
「とまぁ、こんな具合じゃ」
小人は得意げな表情を見せる。
「でも、その状態からどうやって白雪姫の後頭部に刺さっていた櫛を抜いたんですか?」
櫛を抜いたはずの小人の右手は、白雪姫の頭を支えている。
キイナの長い銀髪は頭と小人の腕に挟まれていて、首のあたりから下へと落ちている。
小人が証言した櫛の位置は「後頭部の中央部分」。首より上の位置になる。
右腕で白雪姫の頭を支えている状況では、絶対に取ることができない位置関係にある。
「白雪姫の体中を確認しているうちに、上半身をもっと起こして、座らせる形にしたんじゃ。そうしたら、ワシの目の前に櫛が刺さっておったので、それを取った、という訳じゃ」
そう言いながら、実演して見せる。
両足を前に投げ出しているキイナは、少しずつ上半身を起こされ、やがて背中が直立する。
小人の目線がちょうど後頭部と同じ高さになった。
小人はそこで、キイナの頭から櫛を抜くような仕草をして見せる。親指が下、小指以外の指が上で櫛を挟んだようだ。小指が立っているのは御愛嬌だろう。
「ありがとう、キイナ」
そう言うと、キイナは立ち上がり、制服の方々を叩いて埃を落としてから、弁護側の席に戻って行く。
「さて、あなたはその櫛をそのまま棚のあるところまで持って言って、布を敷いた棚の上に置いた、と」
「そうじゃ」
「その布と、あと、櫛の上から被せていたという布は、どうしましたか?」
「燃やしたが?」
思わずテールを見る。
「証拠として押収しておりません」
視線を感じ取って、彼女はそう答えた。
「おかしくないですか?」
思わず証言台の小人に詰め寄る。
「何がじゃ?」
「櫛は、毒が塗ってあったから燃やさなかったんですよね?」
以前の証言で、酒挽が小人に一喝された証言だった。毒が含まれているものを燃やすと、自分たちや周囲にどのような影響が出るか分からないから燃やせない、と。
「そうじゃ」
「じゃあ、なぜ布は燃やしたんですか? 櫛の毒が付いているわけでしょう?」
棚に毒が付着することを避けるために布を敷いた。さらに誰かに触れられないよう、布を上から被せた。小人はそう証言していた。
それはつまり、布に毒が付くことを想定しての行為のはずだ。
「そりゃそうじゃろう。櫛には毒が大量に含まれている可能性があった。じゃが、布は付いても少量。燃やしても問題はないものと判断したんじゃ」
こうして、安易な考えで証拠品が世の中から抹消されていく。
ここまで続くと、どうにも不自然なような気がしてならない。
「検察側に聞きたいんだが」
「何でしょう?」
「櫛を押収した際、検察側は保管場所に行ったわけだよな?」
「ええ。私ではありませんでしたが」
「なぜその時に一緒にあった布も押収しなかったんだ?」
「それは私にもわかりかねます。私が受けている報告は、被告人が主張している櫛により意識不明になった件について、櫛が現存しているから証拠として押収した、という事実だけです。そもそも、櫛が凶器になるなどという眉つばな話を、まともに検証する価値があるとは思えませんでしたから、それ以上の追及はしませんでした。今思えば、当職の怠慢と言われても仕方のないことですが」
「全くだな」
酒挽は、そう言ってため息を盛大に吐き出して見せた。




