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第60話 第三の殺人未遂――証拠品『櫛』の証拠能力

1日開いてしまいました。第60話です。

2019/06/13 19:40頃 誤字を訂正しました。

2019/06/15 17:40頃 文章中にあった不要な空白を削除しました。

 櫛は小人の家で押収された。

 「押収」という言葉を捉えれば、捜査員が手袋を装着し、事件があった当時の状況を保存すべく慎重に扱われるもの、という印象を抱く。

 しかし今回の場合、小人(最年長者)が、捜査機関の求めに応じて櫛を証拠として提出したに過ぎない。しかも、素手で触って渡したものだから、当然その時、小人の指紋が付いてしまう。

 さらにテールの説明によれば、小人の指紋は1度分だけ。

 押収の下りが露見しなければ、問題はなかった。

 小人の証言では「白雪姫の髪から櫛を抜いた後は、持ち変えることなく棚に置いた」のだから、指紋はこの時に付着した、と考えられる。それなら何ら矛盾はない。

 が、小人は証拠として提出する際に素手で触っている。

 であれば、指紋は、白雪姫の髪から引き抜いた時と、証拠として提出する際の2回分付いていなければ辻褄が合わなくなってしまう。


「裁判長」


 テールが手を上げる。


「検察側、どうぞ」


 裁判長の許可が出たところで、テールが立ち上がる。


「事ここに至っては、この櫛に何ら証拠能力がないものと断じる他ありません。よって検察側は、この証拠物品の取り下げ……」


「異議あり」


 酒挽(さかびき)が、静かな口調で唱える。


「今の説明を聞いていましたか、弁護人は? その小人の証言から、この櫛には何の証拠能力もない事は明白なんですよ」


「確かに、この櫛自体には証拠能力はないだろうな」


 証人が躊躇なしに証拠に直に触れてしまっている。結果的に、現場に存在した時点から手を加えられている状況である以上、証拠能力がないとテールが主張するのは正論だ。


「だったら、こんな証拠として価値のないものに審理の時間を費やす意味はありません」


 だが、表面に見えるものだけが証拠ではない。


「まだ審理すべき点は2つある」


 酒挽は、証人席にいる小人のそばを離れ、検察側の席に近づいていく。


「一つは、今証言台に立っている小人の指紋が1回分しかついていないこと」


 検察は、証拠品の鑑定、分析の結果、小人の最年長者の指紋だけが付着していることを証言。そしてそれは1度だけのもので、複数回触れている形跡はないと言った。


「二つ目は、櫛の歯の部分が雑な仕上げになっていること」


 ざらつきが見えるため、髪を梳いた時に多少の引っかかりを感じる、とまで検察に言わしめた出来栄えの悪さ。


「証拠品の櫛は、蜂毒がまんべんなく塗られている。雑な仕上げの歯の部分にも例外なく綺麗に、だ」


 酒挽が指折り数えながら問題点を挙げていく。


「それのどこに審理を行う価値がある言うのですか?」


「というか、審理すべき価値しかないと思うが?」


 疑問に疑問を投げ返した酒挽は、証言台の小人のところに取って返す。


「さて、証人にお尋ねします。あなたは白雪姫から櫛を抜き取った後、一度も持ち変えることなく、櫛を棚の上に置いたんですよね?」


「そうじゃ」


「そして、その時には、布を敷き、その上に櫛を置いた」


 結果、櫛は直接棚に触れることがなくなり、小人の家から蜂毒は検出されなかった。

 敷物として利用した布はどこに行った? という点も問題だが、敢えて指摘しない。

 本来なら櫛と一緒に証拠品として提出されていて当たり前のことが行われていない以上、拙速に指摘するメリットはない。


「あなたは、検察が証拠品の押収に来た時、証拠品である櫛に素手で触ってしまったことになりますが、自覚はありますか?」


「櫛に直に触れてはいかんのか?」


「少なくとも、童話裁判の証拠品として押収したのですから、できる限り犯行当日の状況のまま検証したかったんですよ。特に今回は、あなたの指紋……あなたが証拠品の櫛を現場で手に取った、という点を議論していますから、後から触った痕跡があると検証のしようがなくなってしまうんです」


 童話「白雪姫」の登場人物が「指紋」という言葉を理解しているか分からなかったため、酒挽は少し言葉を言い直した。が、酒挽の主張としても「指紋」より「痕跡」の方が説明しやすかったことも少なからず影響しているだろう。


「むぅ……そうなのか」


 小人は少し暗い表情を見せ、俯き加減になるが、すぐに笑みを浮かべて顔を真っすぐに向ける。


「ま、起きてしまったものは仕方あるまい。今さらどうこう言ったところで時間が巻き戻るわけでもあるまいし」


「……やらかした当人が言ったらいけないと思うのです」


 キイナがぽつりと呟く。彼女の言うとおりだ。

 失敗したことを周囲の人間がフォローするなら、まだ分からなくもない。

 しかし、失敗した本人が言うと、単なる開き直りにしか思えない。


「さて、証拠品の櫛には、この時点で証人の指紋が付いています。証拠品である櫛を、保管した場所に移動する時の指紋が1つ。

 そして、検察官に証拠品として提出する際に、証人が素手で触った時の指紋が1つ」


「む……? つまり、ワシが櫛に触った痕跡は2度ついていなければならないというわけか?」

 

 なのに、櫛からは小人(最年長者)の指紋が1度きりだけ。これは問題である。


「櫛の歯の部分が雑に作られているのも問題です」


「弁護人にかかれば、全ての事が問題点になってしまうのではありませんか?」


 テールが鼻で笑い飛ばしながらそんな事を言い出す。


「検察側は、この雑な仕上がりのせいで、髪を梳く時に多少の引っかかりを覚えることもあると指摘をしています。

 にもかかわらず、歯の部分にも()()()毒が塗布されている、とのことでした」


「別に問題点には思えませんが?」


「じゃのう」


 テールと証人が反論してくるが、酒挽は首を横に振ってから、テールと証人の顔を交互に見やる。


「白雪姫の髪に引っかかっていた櫛ですが、白雪姫が倒れた際も髪にくっついたままだったわけです。

 歯の部分は白雪姫の髪に引っかり、塗られていた毒が剥がれたり、薄くなったりしてもおかしくないはずなのに、毒は綺麗に塗られたままであると、検察側から説明されています。

 摩擦抵抗が極めて高い櫛に塗られていた毒が、綺麗なまま検察に押収されたわけですよ」


 酒挽は、そこでゆっくりと息を吸い込む。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、櫛に塗布された毒。

 まるで、現場に残っていた櫛が、白雪姫が襲われる前の状態に戻ったように思えるのですが。さて、その点について、検察側がどのようにお考えなのか、見解をお聞かせ願いたい」

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