第59話 第三の殺人未遂――再びの小人(最年長者)の証言
証言台に一条の光が差し込み、明るさが失われたそこに、小人が姿を現わす。
以前召喚した、最年長の小人だ。
「なんじゃ。またワシの話を聞きたいのか?」
酒挽に目線を飛ばして、小人は笑う。
「そうですね。どうしてもお話を聞かせていただかなければならなくなりました」
対して酒挽は真顔のまま応じた。それをどうとらえたのか、最年長の小人は肩を竦める。
「お手柔らかに頼むぞ?」
「あの、進めて宜しいですか?」
裁判長が伺いを立ててくる。
「おお。すまんのぅ。若いのと話すと思うと気持ちが昂ぶっていかん」
「小人さん、会話に飢えているのでしょうか?」
ポツリと零すようにキイナが呟く。
「お仲間が7人もいるんだ。会話に困ることはないだろう」
キイナは首を横に振る。
「ずっと同じ環境で育ち続け、ずっと一緒に生活してきた7人なのです。当然、似たような思考に陥ることになるのですよ。おそらく、自分と会話しているように錯覚してしまうのではないかと思うのです」
「なるほど……」
キイナの言っていることも理解できなくもない。
一時とはいえ、証言台に7人全員が立った時、大同小異の証言が乱発された。恐らく、他人とは違う自分というものを目指そうとするものの、結局大本の思考過程に差異がほとんどないため、似たような証言を言葉を変えて繰り返すという事態に陥ったのだろう。
「……なんだか、反抗期の子供みたいに思うのは気のせいか?」
「トーリも年齢的には、そんな年代ではないですか」
「俺が小人と同じだとでも?」
「トーリの場合は、単に自分とは異なる価値観の者と会話するのを楽しんでいるように見えるのです」
「物は言いようだな」
とはいえ、悪い気分はしなかった。
「では弁護人。立証を」
裁判長がいつもの人定質問を終了したところで、話を振って来る。
酒挽は立ち上がると、小人に近づく。
「あなたをもう一度召喚したのは、櫛について、もう一度確認したい点ができたためです」
「櫛? 白雪姫の髪に刺さっていたヤツか?」
「そうです」
酒挽はテールの方に向き直る。
「確認しますが、櫛には小人の指紋が付いていましたよね?」
「ええ。正確には、今証言台に立っている小人の指紋だけが付いていました」
テールは不機嫌そうに答える。
それでも回答を拒否しないところは、さすがプロと言ってもいいだろう……見た目、我がままっぽい幼女だが。
「さて、証人。櫛にあなたの指紋だけが付いていたとなると、逆に言えば、この櫛は、あなたしか触っていないということになる」
「まぁ、そうじゃな。白雪姫の髪からワシが取り除いた後は、これを置くまでワシがずっと持っておった」
「櫛を持ちかえたりしなかったのですか?」
小人は一瞬だけ考えて、すぐに答える。
「白雪姫の意識を奪う毒が含まれておったからのぅ。下手に櫛に触れて他の者の意識も奪われてはたまらんのでな。ずっと同じ手で持っておったぞ。他の者に近づけることもなかったわい」
「そして、独りでそのまま櫛を置く場所まで移動したわけですか」
「そのとおりじゃ」
テールが怪訝な表情を浮かべて酒挽の方を見てくる。
恐らく意図が分からず困惑しているのだろう。
なぜなら、今酒挽が尋ねている内容は、櫛を持った小人が毒に触れた手ではどこにも触っていないことを確認しているようにしか聞こえないのだから。
「あなたは、手に持っていた櫛を棚の上に置いたと思いますが、どのように置きましたか?」
「どのように? 普通に置いたぞ?」
「いえ、そうではなく。棚の上に櫛を直に置いたのですか?」
「いや。誰かが触れたりするとまずいと思っての。棚の上に布を敷いてもらい、その上に載せたんじゃ。その後、上から布を被せた」
「……つまり、櫛は一見すると櫛が置いてあると分からない状態であったということですか?」
「そういうことになるかの」
毒が塗布されている櫛は、棚に直に置かれず、布の上に置かれた。そしてその上から布を被せている。
見た目は棚の上に盛り上がった布が置いてあるようにしか見えかった、ということになる。
「検察が証拠保全のために、お宅にお邪魔して櫛を差し押さえたわけですが、その時の状況は、あなたが最初置いた時と全く同じ状況だったのですか?」
「変わっておらんかった」
小人は断定した。
「では、検察が櫛を押収した際の状況について説明してください」
小人は腕を組んで少しの間だけ考えるような仕草をする。
そして首を傾けたまま証言を始める。
「確か……童話裁判の検察官が来て『櫛を証拠として押収する』と言われたんで、保管場所に案内したんじゃ。で『どれだ』と聞かれたもんじゃから渡したぞ」
「布で覆ったままの状態で渡したんですか?」
「いや。ワシはあの櫛で意識がなくなることがないのは実証ずみじゃったからな。直接触れても問題なかったから、ワシが自ら櫛を手に取り、検察官に渡したぞ」
テールが検察席で顔を両手で覆っている。背中からあふれ出る雰囲気は、見た目の幼さからは到底想像もできない、強烈な虚脱感だった。
「申し訳ありません。私も今その事実を初めて知りました……」
酒挽も頭を抱えざるを得なかった。
実のところ、理香からは「小人の家から毒が全く検出されなかった場合は、考え得る全ての原因を徹底的に排除するよう確認せよ」と指示が飛んでいた。
だから、棚の上に置いた櫛は、直置きだったのかを尋ね、何かの上に載せられていた可能性を排除しようと考えていたのだが、よもや副産物で小人の指紋が事後に付けられた可能性が出てくるとは、全くの予想外なのだ。
先の審理でドヤ顔見せて「小人以外の指紋は、一切付着しておりませんでした」と説明していたテールの姿が哀れというか、滑稽というか……そんなふうに思えてしまう。
「……まさかとは思うが、検事。櫛から検出された小人の指紋っていうのは……」
テールは深いため息を一つ吐く。
「ご想像のとおりです。小人の指紋は、1度分しか付いていませんでした」




