第58話 第三の殺人未遂――鑑定結果
遅くなりました。第58話です。
3日ぶりに童話裁判が再開される。
酒挽とキイナが弁護側の席に着いた時には、テールはいつものとおり検察側の席に座って頬杖をついていた。
ちらりとこちらに目線を飛ばしたテールの口元に笑みが浮かんでいるのが見て取れた。
――検察側は勝ち誇っているだろう。
理香はそう言っていた。確かにそう見えなくもない。いつもなら気だるそうにして、今にも欠伸をしそうな感じなのに、今日はウキウキしているように見えるのは、先入観によるものかもしれない。
理香の予想では、小人の家から毒の痕跡は発見されないという。
居酒屋で盗聴されたであろう、こちらの裁判方針が根底から覆ってしまうのだ。こちらが慌てふためく様でも想像しているのだろうか。
だが、理香はその場合の戦術を、きちんと立てていた。そしてそれのレクチャーは受けている。
もし、毒が検出された場合も、理香と打ち合わせ済みだ。
裁判長が登場する。
木槌を打つ音とともに、審理の再開が宣言される。
「では、検察側から、鑑定等の結果を」
「はい」
テールが立ち上がり、検察側の席から動くことなく説明を始める。
「まず、弁護側が要求した被告人の蜂毒アレルギー検査ですが、擬陽性という結果が出ました」
「擬陽性、ですか?」
「全くアレルギーが出ないわけではないものの、可能性は限りなく低い、というもののようです」
つまり、可能性は零ではないが、弁護側の主張を後押しできるような内容ではないということになる。
「次に、櫛の構造ですが、極一般的なものでした。歯が二重になっていて鋭利な針が飛び出すこともありません」
「櫛の表面以外、内部に空洞があって毒を入れておける構造になっているということは……?」
「ありませんでした。櫛自体が内部に毒を含むこともなく、表面にまんべんなく塗ってあった以上のことはありません」
酒挽の確認に、テールは答える。
「それはつまり、片面だけではなく両面とも毒が塗られていた、ということで間違いないか?」
「ええ」
「歯の部分も?」
「綺麗に毒が付着していました」
テールはきっぱりと言い切る。
酒挽は少し俯いて顎に手を当てる。
「先に進めてよろしいですか? 弁護人」
「ああ、すまない。続けてくれ」
テールは、フッと息を軽く吐くと、机の上に置いてある紙を1枚捲る。どうやらそこに鑑定結果が書いてあるようだ。
「小人の家の毒の検査ですが、屋内外問わず、一切の毒の痕跡は発見できませんでした」
「……一切?」
「ええ」
「全く検出されなかったと?」
「間違いなく」
酒挽は腕を組んで天を仰ぐ。
「さて、弁護人。以上の結果から、櫛を用いた殺害という理論は破綻しているものと当職は愚考いたします。これは被告人が被害者から殺意を向けられていたということを強調する目的で作られた狂言の可能性も否定できないのではないでしょうか?」
櫛に塗布された蜂毒を利用し、白雪姫をアナフィラキシーショックで殺害を試みる。
可能不可能を検討すれば、可能性は零ではないにしても、限りなく不可能に近い。
ましてや白雪姫は蜂毒にアレルギー反応を示す可能性も低い。
さらに言えば、櫛は全く白雪姫の肌を傷つけている形跡はない。となれば、毒が体内へと侵入していることもあり得なくなる。
「……今一度聞くが、小人の家から蜂毒――つまり、櫛に塗られていた毒は全く検出されなかったということで間違いないんだな?」
酒挽が念押しで確認する。
「何度も申し上げているように、一切検出されませんでした」
酒挽はその言葉を聞いて、ニヤリと笑う。
「では、今の検察側の証拠に矛盾した証言をしている小人の最年長者に、再度証言を求めたい」
「何を言っているのですか? 証言に矛盾などありませんよ?」
フンと鼻で笑った後、テールは笑みを浮かべながら尋ねてくる。
「では検察に聞くが、小人が証拠品の櫛を置いていた場所から、なぜ毒が検出されていないんだ?」
「……はい?」
「小人の家で押収した櫛には、蜂毒が塗られていた。その櫛は、小人が『隔離して置いていた』と証言した。そして、検察側も小人の証言を肯定する形で『それだけが棚の上に置いてあった』と認定した。
では、両面とも毒が塗られていた櫛が置いてあったはずの隔離されたも同然の棚から毒が検出されなかったのは、おかしいと思わないか?」
「そ、れは……っ」
テールの言葉が詰まる。有効な反論のしようがないのは明白だった。
「裁判長。弁護側は再度小人の最年長者から証言をしてもらう必要があるものと考えます。本当に櫛を検察が発見した場所に置いていたのか、指紋が付着した指で家のどこにも触っていないのか、そもそも本当にその櫛が犯行時と同一のものなのか――以上の証言を求める必要性があるものと主張致します」
裁判長はテールを一瞬だけ見た。
テールは、ギリと奥歯を噛みしめる様子を見せるだけで、異議を申し立ててこない。
法廷に木槌の音が響く。
「当法廷は、再度小人の最年長者からの証言が必要と判断します」




