第57話 それが証拠になり得ると?
更新が遅くなりまして申しわけありません。
第57話の更新です。
理香の話を聞いて、酒挽は思わず天を仰ぐ。
「何か問題なのです?」
キイナが尋ねてくる。
「キイナ。隣の部屋には誰がいたと思う?」
「テールさんではないのですか?」
理香の問いに、何当然なことを聞くのか、と言わんばかりの表情で、キイナは聞き返してくる。
「……いや、そうなんだが」
あっさりと正解を答えられたことに、理香の方が納得いかない顔をする。
「大体、理香自身が言っていたことではないですか」
文化庁サイドから呼び出しを受けたことを部活の後で理香に話した時、向こうがテールから情報を得ていたことに言及していた。そしてそれを理由に、理香は同席を見送る、という話になったはずだった。
「実のところ。ボクはそこまで想定していなかった。閑梨氏やその課長とやらが当利から聞いた話を一度まとめてから、幼女検事に話が行くのだと予想していたのだ」
理香にとっても直接話を盗み聞きされるとは思っていなかったらしい。
「別に問題があるとは思えないのです。いずれにせよ、テールさんには話が入るのですよね?」
「人から又聞きするのと、直接話を聞くのでは、情報の正確さが異なる」
「違うのです?」
理香が首肯する。
「人間は機械ではない。人格と自意識を持つ存在なわけだ」
「です」
「ということは、話を聞いた人間は、話をした人間の意図とは異なる解釈をして自分なりに理解をしてしまうものだ。実際、会合では一字一句正確なメモを取っていた節はないのだろう?」
「そうだな。閑梨さんが時々メモするぐらいで、話した言葉を完全に記録していることはなかったと思う」
もっとも、理香の推測が正しければ、隣からがっつりと盗聴されていたことになる。
万が一録音されていようものなら、正確な記録どころの話ではない。
「未整理で情報が錯綜している状況では、重要な情報とそうでもない情報とは、分け隔てることなく、等しく相手に届いてしまう。
人を介すと、介した人間が重要な情報とそうでない情報を自分なりに吟味するから、正しく完全な状態で報告先に伝わることはない。
理香が頭の後ろで手を組んで、天井を見やる。そして目線だけを酒挽へと向ける。
「で? うっかり口を滑らせて、何余計なことを話したのだ?」
「……思い当たる節があるのが、痛いな」
「はて? 問題発言はなかったように思うのですが」
「当たり前だろ!?」
「そうだぞ、キイナ。いくら当利が性欲を持て余している思春期真っただ中の男子だとしても、公的な場で不穏当な発言などしないぞ」
「お前も大概だな!」
「ならば、何を話した?」
冗談ぽく話していたところで、急に真顔になった理香の声音が変わる。
「……櫛の話だ」
今現在の休廷理由である、検察側に確認を依頼した、小人の家の確認。
櫛に塗布された毒は、小人の家に付着しているはずなのだ。白雪姫から櫛を抜き取った小人と、白雪姫の髪をその櫛で梳いた犯人と思しき者の指の跡が。
そして白雪姫は、その犯人は手袋をしていたと証言した。
小人の家から指紋のない毒の指先の跡が発見されれば、白雪姫の主張どおり、櫛を売った物売りの存在を間接的に立証できる。
そうすれば、検察側の主張と同じく「白雪姫に殺意を持つ王妃以外、白雪姫を殺そうとする者は考えられない」という理論が成立する。
思えば閑梨の「櫛は切り札になりそうなのか」という質問が、その答えを誘導したものだった。
「やはり、美人に見とれて緊張が緩んでいたのではないか」
理香にそう指摘されれば、反論のしようがなかった。
「やっぱり問題とは思えないのです」
しかし、キイナは不満そうだ。
「ほう……その理由を聞かせて貰えるか?」
「答えてもよいのですが……」
キイナは酒挽を横眼で見つめる。
「トーリがいちいち反論しそうなので、しばらく黙っていて欲しいのです」
「ふむ……というわけだ、当利。しばらく黙っていろ」
「異議は後でまとめて受け付けてあげるのです」
一抹の不安を覚えるが、やらかしている自覚のある酒挽に反論する術はなかった。
「まず、テールさんですが、理香に見せた写真のとおり、どこからどう見ても幼女なのです」
「確かに、紛うことなき幼女だったな」
キイナは頷く。
「可愛くはあるのですが、美人さんではないのです」
その言葉に、理香も頷く。
「トーリは、そんな、頑固おやじに怒鳴られたら泣きだしてしまいそうな外見の幼女に、辛辣な言葉を浴びせかけて裁判を進めているのです」
「ちょっと待てぃ!」
「そもそも! 閑梨さんより理香の方が美人さんなのです。トーリも絶対にそう思っているに違いないのです!」
キイナの力強い発言に、酒挽は言葉を失う。
突っ込みたい。反論したい。だが、それをすると藪蛇になりそうな気がした。
そもそも、理香が黙っているとは思えない。
酒挽の最善の一手は、沈黙しかありえなかった。
「……当利を黙らせるとは。やるなキイナ」
「お褒めにあずかり、光栄なのです」
キイナはわざとらしく「コホン」と咳払いをすると、続ける。
「それに、課長さんは『櫛の事件の審理が終わった』と検察側から聞いているのです」
確かに矛瀬はそんな事を言っていた。そして、閑梨に「それは検察側の認識だ」と窘められていた。
「そもそも、普通に考えて、テールさんがそんな発言をするのがおかしいのです」
理香は腕を組んで反論する。
「だが、検察側は弁護側の要請に従って櫛の解析や小人の家の現場検証をしているのだろう? 検察にとっては、主張すべきことはしたのだから、一旦棚上げしているに過ぎない、という認識なのではないか?」
「棚上げではないのです」
キイナは首を横に振る。
「テールさんは『櫛の事件の審理は終了した』と言い切ったの思うのですよ。それはつまり、こちらの想定していた物証が、何一つ出てこなかったからこその発言だと思うのですよ」
「なるほどな」
理香は納得の表情で頷くが、酒挽の頭の中は「絶望」の言葉で埋め尽くされていた。
櫛の事件で、櫛という物証はあっても、それは白雪姫を殺害しようとした凶器としてのものであって、白雪姫が王妃を殺害しようとしたについての反証にはなり得ない。
それを酒挽は理解していたからこそ「白雪姫を殺害するために小人の家を訪問した犯人」の存在を立証する点に絞ったのだ。
櫛に関わる第三者――この場合、王妃や物売りの存在を匂わせる証拠が揃わなければ、下手をすると白雪姫の狂言、と言われかねない。
しかし、理香は言い放った。
「これで、毒りんごの事件に全てを結び付けることができる」
酒挽は、その言葉を信じられない思いで聞いた。




