第56話 理香はまるで見てきたように
2019/6/3 0:49頃 理香のセリフを一部修正しました。言い回しについての変更です。
一部、セリフが消えていた部分を追加しました。申し訳ありません。
「チッ……酔っていないのか」
聞こえるか聞こえないかの小さな声で、理香は呟いた。
「聞こえてるぞ~」
耳ざとく聞きとった酒挽は、それに反応する。
キイナは身の危険を感じているのか、酒挽の後ろに身を隠している。
「ま、上がるがいい。キイナは靴を持ってな」
既に夜も遅い。本来なら酒挽はこんな時間に同い年の女子の家を訪問すべきではないのだろうが、会合を終えたキイナから「送って欲しいのです」と言われて、取りあえず理香の家の前まで来た。
そこから服の裾をつままれ「後生なのです。私の貞操を守るため、是非にお付き合い願いたいのです」と涙目で訴えられては、断るに断れなかった。
「家人はいつもどおり熟睡中だ。遠慮は不要だが、大きな音だけは避けてくれ」
理香はそう言って廊下を先導する。
夜遅く、と言っても、真夜中と言う訳ではない。相変わらず平家は随分と就寝時間が早いようだ。
部屋に入ると、理香は椅子に座る。キイナはベッドへと腰掛ける。
「トーリはここなのです」
キイナに隣に座るよう促される。
「それで、何故キイナは飲んでいないのだ?」
一番の質問がそれである。
「文化庁の話じゃないのかよ!?」
「そんなもの、キイナが酔っていないのなら些末な話だ」
「飲ませてもらえなかったのです」
学校の制服姿で、どう見ても高校生。学生証は持参しているが、成人しているという証明書は皆無。
元々異世界人なのだから当然と言えば当然なのだが、本人は齢3桁に到達前後だと自己申告しているため、本来なら飲酒は可能らしい。
「ってか、飲みたかったの!?」
酒挽が突っ込む。
「当然なのです。あんなストレスまみれの会合、素面で愛想よくあの課長に酌していたのを、褒め称えて欲しいのです! ていうかトーリに褒めて欲しいのです!」
かつらを脱ぎ去って、ウサミミを晒したキイナが、ズイと肩に頭を預けてくる。
「あー、はいはい。よく頑張ったな」
察した酒挽が、テールの頭を軽く撫でてやる。
「ふふぅ……気持ちいいのです……」
目を細めるキイナに、理香がため息交じりに呟く。
「安上がりだな、キイナ」
「安い女で結構なのです」
「いや、そこまで言っていないのだが……褒美を要求する程苛烈な環境に置かれていたのなら、当利に肩をもませるとか腰を揉ませるとか胸を揉ませるとか要求をしても誰も咎めないぞ?」
「俺が咎めるわ!」
「確かにそれくらい要求してもいい気がするのです」
「キイナさんっ!?」
「少し肩が凝ったのです。それに掘り炬燵のせいか、腰が痛いのですよ」
肩をぐるぐると回して、腰にも手を当てる。
「それはいけない。キイナ。ベッドにうつ伏せに寝るがいい。ボクが解してあげよう」
腰を浮かせる理香に、キイナは自分の体を酒挽の後ろへと隠す。完全にベッドの上に乗っていた。
「駄目なのです! 理香はテクニシャンが過ぎて、変な声が出るから恥ずかしいのです!」
「そりゃ、そういう声を聞きたいから極めたわけだし」
「とにかく、理香はやたら胸を触りたがるから却下なのです!」
「触っているんじゃない。揉んでいるんだ」
「余計性質が悪いわ!」
一体酒挽のいないところで二人は何をしているのか、という疑問と、キイナが懇願した理由が垣間見えた気がした。
「まぁ、冗談はその程度にして」
「目が本気だったのです」
キイナの突っ込みに酒挽も同意するが、理香は華麗にスルーした。
「文化庁の役人たちとの話はどうだったのだ? 聞かせて欲しい」
真面目な表情を浮かべて、理香が尋ねてくると、キイナもベッドに座りなおして居住まいを正す。
「時間どおりに店に行ったら、6人用の個室へと案内された」
「閑梨さんが待ち構えていたのです」
「閑梨……?」
「理香に電話をかけた人なのです」
「ああ、あの女の人か……」
キイナが七つ坂高校に転校してきた時に、理香宛に文化庁の役人から電話がかかって来たと言っていた。
それが閑梨だったらしい。
「美人だったか?」
理香に急に話を振られ、
「まぁ、そうだな」
酒挽はそう答えた。
「ふむ……ということは、当利は随分見落としたことがあるな」
「いや、待て待て。その理屈はおかしい」
「別におかしくはないだろう? 美人に心奪われて警戒すべきところを集中力を欠き、必要な情報を漏らす。いかにも当利がやりそうなことだ」
「そうなのです?」
クイクイと袖を引っ張るキイナ。
「そんなことないから!」
「では聞くが、その部屋には恐らく閑梨氏だけがいただろう? 呼び出した課長とやらは不在だったのではないか?」
「まぁ、そうだな」
確かに個室には彼女一人だけが待っていた。課長の矛瀬は少し遅れる、とその時は告げられた。
「で、確認してくると言って、閑梨氏は席を外す……戻って来た時には、どうせこれ見よがしに携帯を手に入って来たのだろう?」
「そうだな」
実際、閑梨が戻って来た時、彼女の手には折り畳み式の携帯があった。
「さらに言えば『すぐに来る』と言って、自分はきちんと座らずに待機した……違うか?」
「……違わない」
「まさか、理香、監視カメラか何かを仕込んだのです?」
まるで見ていたかのような正確な推察。隠しカメラで覗いていたと疑われても仕方のない内容だった。
「何ということはない。キイナ。こちらからは何人が出向くか、伝えていなかったのだろう?」
「です」
「向こうはこちらの人数を最大3名と見積もった。キイナ、当利、そしてボクだ。だから6人部屋。向かい合って我々を3人横に並べるためのものだろう」
実際はこちらの人数は2名。6人部屋で十分賄えた。
「人数と構成が不明なので、まずは様子を見ようと考えた文化庁側は、閑梨氏だけで様子を見る。課長が遅れていると言うのは嘘で、実際は店の別の場所に待機していたのだろうな」
「何でそんな事が分かるんだ?」
「部屋を出た時に携帯を見せなかった閑梨氏が、携帯をわざわざ手に持って戻って来たからだ」
「え? でも、課長さんに連絡を取ったのだから、手に持って帰って来るのは当然なのですよね?」
理香は首を横に振ってそれを否定した。
「実際にはどこにもかけてはいないんだ。部屋の外で電話をするように見せかけて、実際は別のところで待機している課長に直に報告に行き、部屋へと戻る。電話をかけたフリをしたいがために、わざわざ手に携帯を持ってな」
「そうか……アピールか」
酒挽の呟きに、理香は頷く。
「そう。遅れてくる課長から連絡が来るかもしれないのに、すぐ応答しやすい手元に携帯を置いていないにもかかわらず、連絡が取れた後、もう連絡が来る見込がないのに、外に出したまま戻って来る理由はない」
芝居なら、携帯を使って連絡したと言う情報を観客にアピールする必要があるから、わざわざ手に持って部屋に戻って来るシーンを敢えて作ることもある。本来不自然な演出が、芝居だから許される面も少なくはない。
「でも、部屋から出る時は、取り出しやすいから手に持って出なかったのではないのです?」
「なら、部屋に戻る時に元の場所にしまえばいいだけの事だ。取り出しやすいなら、しまいにくいことはないだろう?」
キイナの反論をあっさりと却下する理香。
「で、課長は一人で登場しただろう?」
「まぁ、そうだな」
「店の外から来たのなら、店員に誘導されてきたと思うが、その店員はいたか?」
「……いなかった」
酒挽とキイナが店に入った時は、店員に部屋へと誘導された。戸を開けたのも店員。
だが、矛瀬の時は、一人で来ていた。
「もちろん、携帯の件はボクの憶測でしかない。だが、店員に誘導されずに予約の個室に自力で来れたことは、あらかじめその場所を知っていなければ可能な芸当ではない」
理香にそう言われると、酒挽も黙るしかなかった。
後から指摘されれば「確かに」と思えることだ。見落としていた、と言われても反論のしようがない。
――気付く理香がおかしいという理論もあるが、言わぬが花だろう。
「でも、そうすると、課長さんはどこにいたのです?」
「隣の個室だよ」
「だろうな」
「隣なのです?」
キイナが聞き返す。
「その居酒屋、個室とはいえ、天井付近は空いていたのではないか?」
確かに完全な間仕切りではない個室だった。酒挽きは首肯する。
「何故分かったのです?」
「完全に封鎖してしまうと、各部屋に1つ消防施設を設置しなければならないが、部屋が完全密閉されていなければ、部屋とは認識されず、消防設備の設置数を減らすことが可能となる。だから、他人の眼には触れないよう、下部分は仕切り、上は消防法対策で空間を開ける。これで法律上の個室ではなくなる」
「そんな理由が……」
「ま、天井が開いていれば、盗聴のし放題だ。当然、会話が聞こえるよう隣に陣取るだろう。果たして何人隣にいたのか、想像もできないがね」
断水は継続中なので、不定期なのは相変わらずです。




