第55話 第一審における弁護側の理論
遅くなりました。第55話です。
「いや、でも……」
テールの言い分に、閑梨は納得いかなかった。
裁判で有罪、それも極刑を勝ち取った検察官である。きちんとした理論構成が行われて当然のはず。
なのに、テールはそれを否定した。
「検察側としては別の方法で立証しようと準備していたのですが、弁護側がそのような思いもよらない反論をしてきたものですから、乗らせていただいたのです」
そして肩を竦めてみせる。
「そちらの方が、簡単でしたから」
「簡単、ですか?」
今度は神里が聞き返す。
普通に考えて、相手が用意した裁判戦略を、利用することなど考えられない。
弁護側は被告人を無罪にすることを、検察側は有罪にすることが目的にしている。完全に真逆な理論構成のはずだと言うのに、幼女検事は、それを「簡単」と言ってのける。
「ええ」
言い切ったテールは、飲み物を口にする。
「第一審の弁護人は、国の要人、つまり王子の妻たる被告人への度重なる暗殺行為に対する報復措置であると主張しました。だから王妃の殺害は正当であり、被告人は無罪だと」
4度の殺人未遂を暗殺だと定義すれば、可能な理論付けかもしれない。
王子の妻、つまり弁護人の妻に直接手をかけたと聞けば、怒りも倍増だろう。
「だから切り返せばよかっただけです。本当に王妃が被告人を殺害しようとした証拠はあるのか、と」
閑梨は頭を抱えるしかなかった。
弁護側の理屈は、王妃が白雪姫に殺意を抱いていることが前提になる。
しかし、王妃は死亡済。本人に意思を確認できない。
間接的に殺意を立証するには、相当に直接的な証拠が必要になるはずだ。
第一、時間軸が矛盾している。
白雪姫が王妃に殺されかけたのは、王子と結婚する前の話だ。確かに結婚したことで『自国の要人』にはなっただろうが、『暗殺行為』は結婚前の話である。それを理由に報復措置に打って出るという理論自体が無茶苦茶ではないか。
「というか、そもそも白雪姫が王妃を殺したって話ですよね……弁護側は何を立証しようとしていたんですか……」
「一所懸命に王妃の殺意を立証しようとしていましたが、程なく弁護側もその裁判戦略の愚策に気付きました……もっとも、気付いたのは、粗方証人の尋問が終わった後でしたけれども」
「それでも自分で間違いに気づいたんですね……」
そっちの方が奇跡のような気がしてならない。
「結果的に、私は何一つ立証しなかったのも同然です。弁護側が王妃の殺意を立証し続けてくれたおかげで、私は『弁護側が立証した王妃が白雪姫に殺意を抱いて執拗に殺害行為を繰り返していたのなら、白雪姫は王妃に対して逆に殺意を抱くのではないでしょうか?』とだけ反論しただけなのですから」
「それが判決に採用された、と?」
「少なくとも第一審の裁判長は、そのような印象を抱いたのでしょうね」
ため息交じりにテールが説明して、飲み物を煽る。
グラスが空になったのを見た神里が、メニューを差し出そうとするのを制し「同じものを」とだけ返した。
「元より、童話裁判は制度的に検察側有利に作られていますから」
「そうなんですか?」
「童話裁判の第一審は、検察側が最初に立証、次に弁護側が反対尋問。最後にもう一度検察側が反証をして1ターン。次も検察側の立証から始まります。
つまり、弁護側は1ターンで1回しか手順が回って来ないにもかかわらず、検察側は立証と反証の2回可能です。
さらに言えば、同じ証人の召喚は原則1回のみです。検察側は証人の召喚が先にできますから、結果弁護側は受け身にならざるを得ないでしょう。
出し抜いて別の証人を召喚することも不可能ではありませんが、相当なリスクが伴うでしょうね」
それは一種の賭けだ。
同一証人を1回しか召喚できない制度を利用し、段階を踏まえて立証しているところに、順番を狂わせるような証人召喚を行うことができれば、裁判戦略を崩壊させることも不可能ではない。
しかし、元より検察は起訴に足る理由を十分に吟味しており、何を立証すべきかも明確になっている。
多少順番が狂わされたとしても、誰に何を聞くべきか、きちんと整理されていれば、必要な証言をしてもらうだけで事足りる。
後は、裁判記録を利用すればいいだけなのだから。
「あれ? でも、今って控訴審だよね? 最初に立証するのは弁護側からだよね?」
チビチビと酒を飲みながら話を聞いていた矛瀬が口を挟んで来る。
「そうですね。童話裁判において、控訴は弁護保佐人だけが可能です。控訴した側から立証することになるので、弁護側の立証、検察側の反対尋問、弁護側の反証で1ターンです」
テールがそう説明したところで、飲み物のお代りがやって来た。早速テールは喉を潤す。
「じゃあ、控訴審は弁護側が有利ってことになるじゃない」
「課長、残念ながら、それほど単純ではないと思いますよ?」
閑梨の言葉に、神里も頷く。
「どういうこと?」
この場で一人理解が及んでいない様子の矛瀬に、神里が説明する。
「控訴審で弁護側が立証すべきは、第一審の判決が事実誤認に基づき下されたという点です。つまり、弁護側は、第一審で検察側が構築した裁判理論を崩さなければならないんです」
「でも、真実はいつも一つなわけだからさ。どうやって立証してもいいわけだよね?」
「確かにそうですが……」
神里はちらりと閑梨を見やる。
それを受けて、溜息を一つついて、彼女はテールへと目くばせする。
テールはそれに頷いた。
「本件の第一審で裁判所が認定した事実は、『白雪姫が王妃に殺意を抱いていたため、犯行に及んだ』です。第一審の弁護人が立証した『王妃が白雪姫に殺意を抱くほど憎んでいた』ことを踏まえて、第二審の弁護人は理論構成を行う必要に駆られるわけです」
「そんなの『第一審の立証は間違っていました』で済む話じゃない。現に間違ってるんだから」
矛瀬の言葉に、テールは首を横に振る。
「裁判を受けるのはあくまでも被告人であって、弁護人ではないのです。被告人の代弁者たる弁護人が『第一審でこの理論が通用しなかったから、あれは無しにして別の理論を使います』となった時、果たして裁判長は弁護側の言葉を信じるでしょうか?」
――被告人の無罪を勝ち取るために、形振り構っていないだけでは。
そんなふうに解釈されてしまったら、その立証がたとえ真実であったとしても、すんなりと受け入れない可能性も否定できない。
「……だからこそ、今回の弁護人が怖いのです」
テールは呟く。
「怖い、ですか?」
閑梨が意外そうな表情を浮かべて聞き返す。
「ええ。第一審の弁護人は、王妃が白雪姫にいかほどの殺意を抱いていたかだけを立証しようとしましたが、今回の彼は、その犯行が王妃によりどう実行されたかを立証しようとしているのですから」
つまりそれは、第一審の理論を土台に、不足している事実を補完しようとすること。
そして困ったことに、弁護側は着実にその点を補完しつつある、という認識をテールに植え付けているのであった。
裁判外の話が長くなってしまいますが、次回もまだ休廷中のお話です。




