第50話 認知外文明管理課課長
すみません、遅くなりました。第50話です。
「……ここ?」
「です」
酒挽の目の前にあるその店には、ターミナル駅近くにある、食べ物も飲み物も均一料金を謳う、大手チェーンが展開する居酒屋だった。
18時30分に店集合と言うことで、キイナに連れて来られるがままに辿り着いた場所である。
店に入って出てきた店員に、キイナが、
「閑梨の名前で予約が入っていると思うのです」
と告げると、席へと案内してくれる。
「キイナさんや」
「何です?」
「ここ、居酒屋、だよな?」
「です」
「本当にこんなところで?」
「なのです。言われた予約名で案内されているので、間違っていないのですよ。
制服姿の高校生2人だけで居酒屋に入るのは、随分とハードルが高い気がするが、見れば子供連れもそこそこ多い。
「トーリは考えすぎなのです。こんなのアルコールも出す飲食店だというだけなのですよ」
キイナが酒挽にそう言い放った時、店員が振り返って告げる。
「こちらのお部屋になります」
木製の引戸が開かれると、掘り炬燵の6人席がそこにはあった。一人座っていたスーツ姿の女性が立ち上がる。
「お待ちしておりました」
そう言いながら、手の動きで奥へと誘導してくる。
それほど広くはない個室。壁が背もたれにできてしまう。奥の席はどん詰まりで、一度座ると出ることも容易ではなさそうだ。
入口近くに立っていたキイナが少し横にずれ、
「トーリが奥に座った方がいいと思うのです」
そう小声で提案してくる。
女性はさっき、入口側の席に座っていた。キイナと二人、向かい合って座る方がいいのかもしれない。
酒挽が先に中へと入ったところで、女性が名刺を差し出してきた。
「私、文化庁の閑梨琴と申します」
シンプルな自己紹介とは真逆の、やたら長い部署の書いてある名刺だった。そこには「文化部認知外文明管理課民間伝承係」と書かれている。昼休みにキイナが酒挽に見せたものと全く同じものだった。
「あ、酒挽当利です」
「ご足労いただきまして、ありがとうございます」
そう言いながら頭を下げた閑梨は、「お座りください」と言って二人に着席を促す。
言われたとおり座るが、閑梨は座らない。
「お会いいただく予定の、課長の矛瀬が遅れているようでして……確認してまいりますので、少しお待ちください」
そう言い残して、部屋を出ていく。
酒挽は周囲を見回す。
個室ではある。窓がないため、周りからは見えない。
しかし、完全個室、というわけではない。天井部分までは完全に仕切られておらず、外の声が漏れ聞こえてくる。安いからだろうか、結構な人数の客がいるように思える。
こんなところで異世界の話をして問題ないものなのだろうか、と心配になってしまう程だ。
閑梨はすぐに戻って来た。手には折りたたみ式の携帯電話を持っている。いわゆるガラケーというやつだ。
「お待たせして申し訳ありません。間もなく到着の予定なので、今しばらくお待ちください」
そう言うと、通路側のすぐ横に座る。掘り炬燵に足を下ろすのではなく、立ち膝の状態でだ。
「それにしても、随分と大胆なところをセッティングしてきたのですね?」
キイナが天井を見ながら閑梨に尋ねる。防音が皆無で会話が外に筒抜けになるようにしか思えないことについてだろう。
「問題ありません。周囲が多少騒々しいので詳細を聞かれることはほぼありませんし、そもそもこの界隈は映画館、小劇場、アニメ及び同人誌の販売店が軒を連ねています。多少異次元な会話が行われても、鑑賞後の懇談や、その手の関係者の話だと思われるだけで、内容を気にする者などいないでしょう」
確かに、外からは笑い声や雑多な音が聞こえてくるが、意味のある会話として捉えられる内容は聞き取れない。逆に外でこの部屋の会話がしっかりと聞きとられることはないという考えのようだ。
その時、スッと戸が開かれる。同時に閑梨が立ち上がった。
「いやいや、お待たせして申し訳ない。ああ、そのままでいいですよ」
半袖シャツにノーネクタイ。クールビズでその男は部屋に一人で入って来た。
閑梨を通り過ぎ、酒挽の正面に座る。閑梨はそれを確認してから、扉を閉めて、自分はキイナの正面に腰を下ろした。今度は、掘り炬燵に足を下ろして、腰を落ち着けた。
「文化庁の文化部認知外文明管理課の課長をしています、矛瀬貴人です。今日はよろしくお願いします」
矛瀬は名刺を出すことなく、口頭で挨拶してきた。
「こちらが、童話裁判で弁護人をしていただいている酒挽当利さんです」
閑梨が手で差し示しながら、酒挽の事を紹介する。
「酒挽です。よろしくお願いします」
「はい、よろしく」
「こちらが、童話世界からお見えになっている弁護保佐人、キイナさんです」
「よろしくなのです」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
簡単な自己紹介が終わったところで、閑梨が二人にメニューを差し出してくる。
「まず、飲み物を一つ。それと、お好きな食べ物を選んでください」
「何だ、コースじゃないのか?」
矛瀬が閑梨に尋ねる口調は、少し責めているように聞こえる。
「ええ。酒のつまみになるようなコース料理しかなかったものですから、未成年のお二人には好きなものをご注文いただいた方がよろしいかと思いまして」
テーブルには、宴会用コース料理の広告も置いてあった。見ると必ず時間制限の飲み放題が付いているものばかりだ。生ビールを飲み放題に追加するには、料金に5百円を追加しなければならないらしい。食べ物も飲み物も均一料金なのに、飲み放題になった途端に別料金がかかるのも、何とも不思議な話だ。
「それに、ここのコースは量が多めですから、私も課長も食べきれません」
「それもそうか」
安価な居酒屋にありがちな、炭水化物と揚げ物に偏ったメニューではあった。
「課長は、生でよろしいですか?」
「そうだな」
「お二人は?」
「では……ウーロン茶で」
元より、ソフトドリンクにそれほどの選択肢はなかった。
酒挽とキイナも注文が決まったことを伝えると、閑梨がボタンを押して店員を呼ぶ。
「話は、乾杯の後、ということで」
矛瀬は軽い口調で提案してくる。飲みたいのだろうな、生ビールを、というのがよくわかる。
閑梨は二人と同じく、ウーロン茶を頼んでいた。
「何だ、君らしくないな」
「まだ仕事中ですので」
閑梨はそう返していた。矛瀬は違うのだろうか、と酒挽は気持ちの中だけで首を傾げておいた。
程なく飲み物とお通しが運ばれてくる。
「では、今日は、懇親会、ということで。乾杯!」
「「「乾杯」」」
ジョッキをぶつけ合って、一まず全員が飲み物を口にする。
閑梨とキイナがジョッキを置いて小さく拍手をするので、酒挽もそれに倣った。
「さて、今の童話裁判の状況について、教えていただけますか?」
矛瀬が真顔で二人に向き合っている横で、閑梨が店員に料理を注文していた。
この微妙な空気感の中で真面目に説明するのが少しバカバカしく思う酒挽だったが、キイナが真顔で説明を始める。
「童話『白雪姫』の主人公である『白雪姫』に関する裁判なのです。『白雪姫』は母親である『王妃』を殺害した罪で起訴され、第一審で極刑の判決を下されたのです」
「実の母親を、童話の主人公が殺したの?」
「いえ、私たちはそうは思っていないのです。だから控訴して……」
「だって、検察が起訴して、有罪、それも極刑なんだよね? それ弁護する必要ある?」
キイナが説明し終わる前に、矛瀬が自分の発言を被せてくる。
恐らく、課長本人は的確なアドバイスをしてあげているつもりなのだろうが、具体性の欠片もない、単なる感想に過ぎない。なるほど、これがキイナの言っていたことか、と思わず納得してしまう。
「弁護人は被告人を弁護するから弁護人なのです。補佐人である私も同じ立場なのです。そして、私は白雪姫が無実だと信じているからこそ、控訴したのです」
「ふむふむ、なるほど」
矛瀬がビールジョッキの持ち手に手をかけて呟く。
「しかしねぇ、童話は子供が読むものだろう? 親を殺して称賛されるのは、子供の情操教育に悪影響を与えかねないと思うんだよ」
「称賛などしていないのです」
キイナの声に怒気が少しだけ籠る。酒挽は、相手に見えないテーブルの下で、キイナに落ち着くようサインを送る。
「今は『王妃』が『白雪姫』を4度殺そうとした件について、審理をしているところです」
酒挽が説明する。しかし矛瀬は首を傾げてしまう。
「ん? 『白雪姫』が『王妃』を殺そうとしたことについて、裁判しているんだよね?」
「そうです。その『白雪姫』が『王妃』に殺意を抱く原因として、検察側は4件の『王妃による白雪姫殺人未遂』の報復として殺害に及んだ、と主張しているわけです」
矛瀬が額に手を当てて考え始めてしまう。
「子が親を殺しただけじゃなくて、親が子を殺そうとしたってこと? それ、本当に復活させるに値するような童話なの? このまま消えちゃってた方がよくない?」
矛瀬はそう結論付けようとする。確かにそういう一面は否定できないかもしれない。
だが、キイナはまだ『白雪姫が王妃を殺したという嫌疑をかけられて一審で負けた』ことしか説明していない。その後酒挽が、矛瀬の疑問に答えるべく、王妃が白雪姫を執拗に狙った件を補足しただけで、具体的な4回の殺人未遂事件や、王妃が殺害された状況については一切説明していない。
「検察は、王妃が殺害された現場で王妃に殺意を抱くのは白雪姫以外あり得ないから、白雪姫が犯人だと断定しています。白雪姫が王妃を殺害したという直接的な証拠は一切ありません」
酒挽が概要を説明すると、矛瀬が反論してくる。
「直接王妃に手をかけなくても、誰かにやるよう命じれば、それは立派な殺人だと思うよ?」
その言葉で、酒挽は確信した。説明していない事件の内容を、矛瀬は知っている。
それはつまり、別のところから白雪姫の裁判の情報を得ているに他ならない。
問題はそれが誰なのか。それを上手く引き出すのが、今日の酒挽のミッションであった。




