第45話 理香絶賛苦労中?
遅くなりました。45話です。
「偽物……なのです?」
呆けたような瞳で理香を見つめるキイナは、呟くように問い返す。
それに対して理香はため息交じりで返答する。
「ボクはそう睨んでいるがね」
「でも、なら、何故証拠として採用されているのです!?」
「簡単な話だ。あの櫛の証拠能力を、誰も否定していないはずだからな」
理香は淡々と答える。
「……否定していないのです?」
「それはそうだろう。裁判記録を確認してみるといいが、十中八九、あの櫛は弁護側の証拠として提出された。当然だろうな。姫が誰かに殺されかけたという主張をするための証拠に利用できるのだから。
だから、ボクは言ったはずだぞ?『櫛が残っていなければ、事故死で処理できる』と」
櫛には、スズメバチの毒が塗られていた。そして、歯が髪に引っかかりやすい雑な作りで、おまけに葉の先端が尖っていて、頭皮に傷を付ける可能性がある代物だった。
理香は白雪姫が櫛により意識を失った時の証言で述べた症状から、殺害方法は「アナフィラキシーショック」を利用したものだと推定した。
蜂毒によるアレルギーを利用した殺害方法。
だが、それなら櫛を現場に残す理由がない。そのせいで、ハチに刺されてショック死という事故に見せかける千載一遇のチャンスを、みすみす潰してしまっているのだから。
「弁護側は『姫が誰かに殺されかけたから床に倒れていた』と主張するために、『凶器』としての櫛を証拠に採用させたがる。
一方の検察側は、犯人と思しき者の指紋の付着がないことと、常識的に考えて櫛が凶器になり得ないから弁護側の意見はおかしい、と主張するため、証拠として採用を迫る」
つまり、目的は違うが、どちらも櫛を『証拠』として利用したかったわけだ。
「結果、第一審では、晴れて偽物の櫛に証拠能力が与えられた、というわけだ」
「それ、駄目なヤツなのです!」
「まぁ、駄目だな」
キイナが頭を抱えてしまう。
証拠能力を与えられてしまえば、裁判では物申す物証になれるのだ――言葉ではなく、その存在感で。
「理香の言っていることはメチャクチャなのです! 偽物の証拠が採用されたら……っ」
「だから、今まさに、ボクが絶賛苦労中なわけだ」
そう言いながら理香は、腕を組んで天井を見上げる。
「そんな呑気な事を言っている場合ではないのです! すぐに裁判長に掛け合って……」
「それができれば、苦労していないのだよ」
溜息を一つついてから、理香が言葉を続ける。
「一旦、証拠能力が認められた以上、それは証拠だ。それを否定するためには、裁判のルールに則り、証拠能力が存在しないことを立証しなければならない」
「それは……そうなのです」
証拠品も証言も同じだ。法廷で裁判長に対し、正しい内容だから判決に生かして欲しい、誤った情報だから判決には影響させないで欲しい、という相互の主張をぶつけ合うのが審理だ。
そして櫛は、第一審での審理の結果、証拠として採用されるに至ったわけだ。
「全く……表に出てきた事象だけを捉えるから、検察側にいいように押し込まれるのだ」
理香の矛先は、第一審で白雪姫の弁護を担当した王子に向いている。最初の頃から「無能」呼ばわりしていたのを目の当たりにしていたキイナは、苦笑いを浮かべるしかない。
「おかげで、ボクも当利も大分苦労させられている。元々あるはずのない証拠能力を否認するなんていう無駄な労力を投入させられるこちらの身にもなって欲しいものだ」
そのセリフに、キイナは違和感を覚える。
「トーリも苦労しているのです?」
「ボクなんかよりずっとな。ボクは方針を教えれば済むだけだが、実際現場でその方針どおりに運用しているのは当利だ。きちんとボクの『少し注意深く証言を確認した方がいいかもしれない』という忠告どおり、ボクが欲しがっている情報を確認してくれた。
――もっとも、意図的なのか偶然なのかは知る由もないが、こういう時の当利は、ボクの期待を絶対に裏切らないからな」
理香は虚空を見つめながら微笑む。キイナはその様子を見つめて呟く。
「羨ましい限りなのです」
二人の中に流れる絶対的な信頼感を、キイナはそう評した。
「まぁ、ボクが上手い事、掌で踊らせているとも言えるが」
当の本人が聞いたら「俺の感動を返せ!」と突っ込みが入りそうなところだが、残念ながらその本人はいない。代わりにキイナが妙に納得した様子で大きく頷いていた。
そして首を捻る。
「一つ分からないことがあるのです」
「何だ?」
「結局のところ、なぜ理香は、証拠品の『櫛』が、すり替えられたと思ったのです?」
「姫が倒れた本当の原因を隠したいはずだからな。ついでに言えば、その原因は、発覚しない方が検察は立証が容易になる」
いつも拙作をお読みいただきありがとうございます。
大変申し訳ありませんが、諸事情でネット環境が容易に使用できない場所へと赴かなければならないため、次回の更新は日曜日(2019/5/19)頃になりそうです。
少し間が空いてしまいますが、更新まで少々お待ちください。
ただ、上手く時間が確保できれば、それより前に更新できるよう頑張りたいと思います。




