第44話 検察がしなかった反論
「さて、キイナ。少し面白い話をしよう」
酒挽が帰った後、理香の部屋には二人だけが残っている。
「面白い話なのですか?」
怪訝そうな面持ちで、理香のベッドに腰掛けて居住まいを正すキイナに相対し、理香はイスに座る。
「当利が要求した証拠だが、どれぐらいで結果が出ると見る?」
キイナは人差し指を顎に当てて、目線だけを天井に向けて思案する。
「むー……2日ほどかかると思うのです」
酒挽が要求したのは3つ。
白雪姫の蜂毒アレルギー検査。
小人の家の毒の付着状況。
櫛の構造。
「結論だけ先に言っておこうか。
白雪姫の蜂毒アレルギーはともかく、小人の家の毒については付着の痕跡がない。
櫛も構造上何ら変哲のないものだと結論が出る。
つまり、当利の要求は空振りに終わる」
キイナが目を見開いて言葉を失う。何かを言わんとして口をパクパクさせるだけだった。
「外れれば、戦略を練り直す必要があるが、恐らくその可能性は極めて低い」
理香は自信満々に言い切る。
「……どうして、そんなことが、言えるのです?」
絞り出すようにキイナが尋ねる。
「向こうがボクの想定した質問を証人にしなかったからだ」
キイナは首を横に振って「わからないのです」と呟く。
「今までボクが想定した犯行は、第二の殺人未遂事件で、胸ひもによる胸部圧迫に伴う脳への酸素供給強制停止、第三の殺人未遂事件で、櫛に塗られた蜂毒に伴うアナフィラキシーショックだった。
検察はそれらを『根拠なし』と断じて、結果、姫の王妃に対する逆恨みだと結論付けている」
検察は、白雪姫が小人の家で倒れていたことは事実として認めているが、それを王妃の犯行によって引き起こされたとは認めていない。
王妃は変装しており、白雪姫はそれを王妃の変装だとは思っていなかった上に、面と向かって会ったのは白雪姫だけで、彼女の証言だけで事実であることを証明はできない。
だからこそ、理香は白雪姫の狂言ではないという可能性を提示する材料を検証し、酒挽は可能な限り物証を求めるために検察側に追加の証拠を要求した。
「にもかかわらず、検察は何故か当たり前の反論をしてこなかった」
「当たり前の反論?」
キイナがオウム返しに尋ねる。
何度か膨大な裁判記録を見返しているが、特に不審な内容は見出せなかったはずだった。
「姫は、初日、狩人に森へと連れていかれ、殺されそうになったが、命乞いをして助かった。狩人は、姫を殺害した証拠として、猪の肺と肝を城に持ち帰り、姫のものだと偽って王妃に提供した」
白雪姫は、狩人に『城には二度と戻らない』という約束で、見逃してもらい、小人の家へと転がり込むことになる。
「さて、キイナ。胸ひもの事件が起きたのは、いつの話だ?」
「……狩人の事件の翌日の話なのです」
「では、櫛の事件は?」
「胸ひもの事件の翌日なのです」
「そう。死んだと思っているはずの姫が生きていると、王妃は知った。だから、連日にわたり殺そうとしたわけだが?」
「……別に不自然だとは思わないのです」
キイナは首を傾げる。これは、魔法の鏡のせい。王妃が尋ねて、魔法の鏡が馬鹿正直に答えたために、白雪姫の生存が発覚したわけで、何も不自然だとは思えない。
それは、理香の書いた「森の姫君」でも同じだ。
「では聞こう。姫が毎日家で倒れていることについて、小人は『王妃が殺しに来たに違いない』という主張をするが、それに対し検察は、殺したはずの相手を何故毎日殺しに来るのかということを一切尋問していないのだが、その理由は何だ?」
「……え?」
キイナは答えられなかった。理香に指摘されて、初めて気がついたのだ。その不自然な状況を。
王妃は白雪姫を殺したと思って引き上げている。そして、魔法の鏡に問いかけて、白雪姫を殺し損ねたと知る。
だからまた殺しに来る。
そう考えれば、不自然には思わない。
だがそれは、王妃の視点に立った場合の話だ。
「ボクが検察なら、小人に『王妃は姫を殺したと思って引き上げたはずなのに、なぜ翌日また殺しに来るのか?』と尋問する。当然、小人は答えられまい。普通に考えれば、小人の主張は明らかに矛盾しているのだからな」
小人や白雪姫は、魔法の鏡の存在を知らない。だから、この尋問に反論する術を持たない。
「一方で検察は、姫を非難するような尋問はする。
ここまで説明すれば分かるだろう? 姫が警戒しない理由も。
何せ小人によれば『王妃が殺しに来た』はずなのだから、その手にかかって倒れた以上、また翌日に自分を殺しに来るなんて思いもよらないだろうからな」
通信手段もろくにない世界で、殺したはずの人間が生きていると知って、翌日に犯行を繰り返す。それがどれだけ現実離れしている話なのか。
「……そこまではわかったのです。でも、だからと言って、トーリの言った証拠が空振りになると理香が断言する理由がわからないのです」
今までの理香の説明は、キイナにも納得できた。
しかし、それと酒挽の要求した証拠が空振りに終わる理由が結びつかない。
「第二の殺人未遂では、胸ひもで胸を圧迫された姫は気を失い、小人がその紐を切断することで程なく意識を取り戻した。
第三の殺人未遂では、櫛を髪から抜きとったらすぐに息を吹き返した。
小人の証言では、いずれも救命措置等は取られていないわけだが……いずれも姫は原因と思われる物品を排除しただけで回復している」
胸ひもの一件はともかく、アナフィラキシーショックの症状であれば、そんな事はあり得ない。しかるべき処置を施し、適切な治療を受けなければならないものだ。毒の要素を取り除けばすぐに回復するような代物ではない。
「つまり姫は、櫛に塗られていた毒で意識を失ったわけではない。とすれば、毒が塗られていること自体が虚偽ということになる」
「……まさか」
信じられるような内容ではなかった。
しかし、理香が言っている内容を否定できるほどの材料を、キイナは持ち合わせていない。
理香は一息ついてから、言葉を続ける。
「証拠品である櫛は、事件の発生から押収までの間にすり替えられた偽物だ。
そして、検察側もそれを承知している可能性が高い」




