第43話 当事者と読者
「温いな、当利」
休廷に入ったので、人間界に戻って来た酒挽とキイナだったが、その報告を聞いた理香が放った一言がこれである。
「温い?」
「当然だろう? 折角検察側がネタを提供してくれたというのに、そこを尋問しないでどうするのだ?」
酒挽は首を傾げる。検察側の話の中で、突っ込みどころがあるような内容など思いつかない。
それを見て、理香がため息をつきながら首を横に振る。
「閨の話だ。姫は小人7人と寝床を共にしたのだろう? ならば、当然そこに体の関係があったか否か、確認するのが筋だろうが?」
「いや、待て待て!? 白雪姫は8歳だぞ? そんなことがあるわけが……」
「小人は彼女を評して何と言った? 『あんなに可愛くて器量の良い娘』だろう? ならば当然異性として意識はしていると考えるべきだ」
ごく真面目な表情で理香は力説する。
確かにそうかもしれないと、酒挽も思い至るが、その前に理香がそれをぶち壊した。
「そんなネタを受けて、なぜ根掘り葉掘り聞かないんだ?」
「やっぱり興味本位かよ!?」
「当然だろう? 7対1だぞ? しかも相手は人外の小人だ。興味がないと言う方がどうかしている」
「あり得ないのです」
キイナが冷静に言い放つ。
酒挽が一瞬ホッとしたのも束の間、とんでもない言葉が続く。
「証言を暗喩として解釈すると、白雪姫は1時間で一人を相手にしていることになるのです。合計7時間。8歳の幼女がそれ系の企画ビデオのように7時間耐久なんて不可能なのです」
「いや、姫は森の中を走り回るだけの体力を誇る。7人を同時に相手すれば時間の短縮も可能だ」
「それでも短縮できて2時間なのです。彼女が5時間相手をし続けるのは不可能だと断言するのです。少なくとも体力面では、絶対に不可能なのです」
「待て待てっ!? 何の話だっ!」
「「ここでは言えない」のです」
女性陣二人の声がハモった。
「というわけで、少し真面目な話をしよう」
理香は宣言する。最初からやってくれ、という苦情は、酒挽の心の中に押しとどめておく。
「王位継承権の話だが、仮に小人の証言が事実だとしても、何の問題もない」
理香は断言した。
白雪姫の国では、代々男子だけが王位を継承しているため、白雪姫が継承問題に巻き込まれることはあり得ない、という小人の証言。
白雪姫が、自分の命が狙われる理由として上げた話と矛盾している。
「権力者が権力を行使する際に、誰の意見を参考にするのか。王妃と姫の意見が対立した場合、王はどちらの意見を採用するか。だからこそ、王の寵愛を誰が受けるかが問題になる。
自らが権力を持っていなくても、権力を行使する人間に対して影響力を持っていれば、それは権力を掌握することと同義だ」
だから、王位継承とは関係ない、という。
「王妃は、姫が成長していく中、次第に王が自分への愛情を失っていくのを感じた。それはすなわち、王に自分の我がままを聞いて貰えない、ということだ。
代わりに、姫がその地位に到達しようとした。
だから王妃は、その影響力を除外しようとして犯行に及んだ」
本質は、美貌に対する嫉妬ではなく、自らの影響力の保持のために行った犯行。
なるほど、白雪姫の『権力のためなら、身内の命を奪うことさえ厭わない』という証言も頷ける。
ということは、白雪姫は城内の噂は知っていたわけだ。『白雪姫が王の寵愛を一身に受けているため、王妃が白雪姫の事を殺したいほど憎んでいるという』噂を。
「もっとも、小人は思い込みが激しい証人だ。姫が国の制度について誤った証言をするとも思えん。おそらく、全く王位継承権がないわけではないのだろう」
代々男子が王位を継承していることが事実だとしても、だからと言って女子に継承権が全く認められていないとは限らない、と理香は言う。
もっともこれは、白雪姫や王に確認すれば済む話ではある。何も小人の証言だけを信じる理由はない。
「さて、城に戻らないという姫だが、その発言は、実のところ王妃には伝わっていないと推察される」
白雪姫は森の中で狩人に殺されかけた時「二度と城に戻らない」と約束をして見逃してもらった。
しかし、狩人は白雪姫を殺害した証拠として、偽物を用意した。猪の肺と肝。
つまり、王妃は白雪姫が死んだと思っていたのだから、白雪姫の命乞いを王妃が知るわけがない。
だから、生きている白雪姫を執拗に殺そうとしたわけだ。
「取りあえず、第三の殺人未遂事件で、犯人が家を出る時に付けたであろう毒物の痕跡が出てくれば、犯行の実行者である第三者が存在したことを主張できる可能性がある」
理香の言い回しは慎重だった。
確かにそのとおりだろう。理香もそれを分かっていて、言葉に出してきた。
「ただ……それを王妃と結び付けるのは、至難だろうがな」
王妃が実行犯であるという証拠は一切ない。
狩人に殺人依頼をした以降は、実際は誰が犯行に及んだのかは誰も知らないのだ。『白雪姫』を知っている酒挽さえも。
酒挽が知っているのは、狩人の事件と、毒りんごの事件。
間の胸ひもと櫛の事件は知らなかった。
「今さら確認するのもなんだけど……俺は本当に白雪姫を知っていることになるのか?」
テールと初めて童話世界で会った時、言われた言葉を思い出す。「この方は正確に『白雪姫』を知っているのですか?」と。
今にして思えば、正確に白雪姫を知っていないことが明白だ。
「問題ないのです。童話裁判所もちゃんとトーリを弁護人と認めたのです」
白雪姫を知らなければ、童話裁判所は弁護人として認めてくれないという。
「当利は『白雪姫』をグリム童話、と言ったな?」
「ああ」
「グリム童話は、初版から何度か改訂されている。内容もその都度書き換えられているのだ。そもそも、初版からして各地に伝承されていた話を基に編纂されたもの、とも言われている。審理の対象となっているストーリーが、どの時点の物語なのかによって、知っている内容に齟齬があっても致し方ないと思うが」
結局、『白雪姫』というタイトルとある程度のストーリーを知っていれば、弁護人になる資格はあるらしい。
それでも心情は複雑だ。
正確に知っていれば、もっと楽に審理を進められるのではないか。そんな思いが去来する。
「検察側としては、当利が『白雪姫』を正確に知らないことの方が嫌だろうよ」
理香が酒挽の考えと真逆の事を言い出す。
「……どういうことだ?」
「読者として物語を知っているということは、登場人物が知り得ない内情まで全てを知っていることになる。
ボクの書いた『森の姫君』であればだ、姫を毒りんごで殺そうとしたのは、百姓に化けた王妃だと知っているが、姫の立場で言えば、来たのは百姓の婆でしかない。しかも、百姓に接触したのは姫だけ。
一方で、王妃が姫を殺害に来た証拠は示されていない。役名に『王妃』と書かれていること、ト書に『百姓に扮した王妃』と書かれている以外に、証拠はないのだ」
理香は『森の姫君』の台本を捲りながら言った。そのページには至るところに付箋が貼られ、何かが書き込まれているのが見て取れる。
「事は裁判だ。証拠と証言を基に立証をしていかなければならない。もし、当利が第二、第三の殺人未遂事件を知っていたなら、王妃の犯行だというト書が見えている以上、それ以外の可能性をすべて排除してしまう可能性もある……所謂『思い込み』という奴だ」
「そう言えばトーリは、『王妃の変装』の可能性の他に、『王妃が差し向けた刺客』の可能性を指摘していたのです」
「つまり、そういうことだ。知っていれば『王妃が犯人』だという固定観念に囚われてしまう。そうでない可能性をなかなか見い出せないものだ」
そして、理香は微笑んだ。
「よくやっているよ、当利は。だから、ボクも様々な可能性を検討して、サポートができるんだ」
二人の思い出を取り戻すための戦い。それが二人の間にある共通の目標だ。
「さて、もうこんな時間だ。当利、続きは明日にしよう」
理香がそう促す。
時間はすでに夜の7時に差し掛かるところだった。




