第3話 キイナ
「簡単に言うと、彼女は異世界からやってきた異世界人だ」
理香は真顔で説明した。しかし、唐突にそんなことを言われても簡単に納得できるはずもない。
「信じられないようだな」
理香は軽く微笑んで、キイナに視線を移した。
「キイナ。さっきと同じように当利にも見せてやってくれ」
「あ、はいです」
キイナは一つ頷くと、おもむろに両手で横髪をかき上げる。ちょうど、ポニーテールの形になった。
何のことはないはずの行為。だが、酒挽は、大きく目を見開いてそこを見つめる。
「耳が……」
顔の横から髪が排除されたというのに、そこには耳がなかった。
「耳は、こっちです」
キイナがそう言うと、頭上のウサギ耳が動き始める。本物か?
「あの……どうぞ」
キイナは、おもむろに頭を下げる。
「さっき、理香に『人間界には、大人男子夜の社交場で給仕をするため主に女子が着用する疑似的なウサギ耳が存在する』と言われてしまったのです」
「理香! 何を吹き込んだ!?」
「事実ではないか」
「余計な情報だろ!?」
「だが、彼女は納得したぞ。バニーガールの存在も知っていた」
キイナはその言葉を聞いて頷いた。
「だから、私の耳が本物だという証明が必要なのです。触って、確認をして欲しいのです」
そう言うと、酒挽の方へと頭を近づけてきた。
酒挽はキイナの頭の上を確認する。だが、髪の毛が邪魔をして本当に耳が頭のてっぺんから生えているかどうかは良く見えない。
「ん……」
酒挽がウサ耳に手を触れると、キイナはピクリと体をこわばらせる。
だが、酒挽は、キイナが下を向いているせいで、彼女が口を手で押さえて声が出ないように我慢していることには気づかなかった。
酒挽は耳を少し上に持ち上げ、その根元付近の髪の毛を撫でて耳の生え際を確認する。
本物だった。
耳は地肌から直接生えていた。その付近にウサ耳を固定するようなヘアバンドのようなものも見つけられない。
酒挽の手がキイナから離れる。
「も、もういいですか?」
「あ、うん」
酒挽の事を見上げて来たキイナの目が妙に潤んでいた。顔も真っ赤だ。困ったような表情で真っ直ぐ見つめられては、ドキリとしてしまう。
「キイナ」
理香は名前を呼びながら、自分の隣に座れと主張するようにポンポンとベッドを叩く。キイナはその言葉に素直に従い、理香の隣に腰を下ろす。
「当利。君はあのイスを使ってくれ」
理香は、指で部屋の隅にあるパソコンが乗った学習デスクのイスを指す。
「俺は床でも構わないけど」
「言っていなかったか。彼女に下着は貸していない」
キイナは全裸で登場したと理香は言った。着ているTシャツは大きいとはいえ、丈は膝上までしかない。キイナがベッドに座り、酒挽が床に座ってお互い向き合えば、酒挽の目線は微妙な高さになる。
即座に言葉の意味を理解した酒挽は、心が動揺することを自覚しながら、理香の言うとおりイスに座った。
「正直、彼女が突然現れた時は夢だと思った。熟睡しているところを、名前を呼ばれながら大音量のノックで叩き起こされて体を起こしてみれば、部屋のど真ん中にあるはずのない木の扉があり、開けたらウサ耳をつけた素っ裸の彼女が立っていた。それも、ボクの部屋でだ」
理香はスラスラと説明してきた。しかし、現実と認識するには、あり得ない状況が多すぎる。理香が夢と判断するのも無理はないだろう。
「でも、現実だと認識したわけか」
そうでなければ、真夜中に酒挽を呼び出すわけもない。
理香は、おもむろにキイナの背中から肩を抱くように腕を回し、その手の先をキイナの胸の膨らみへと到達させる。
「ひゃ……」
ピクリと体を硬直させたキイナだが、顔を真っ赤にして少し俯き加減でキュッと唇を結ぶ。
「この存在感は本物だ」
理香は無遠慮に胸を揉み始める。
「って、違うだろ!? 普通は頬をつねるとか!」
「生憎と、ボクは当利と違って、好んで痛みを求める性癖は持ち合わせていない」
「そういう理由で頬をつねるわけじゃねぇ!」
「現実だと認識する目的が達成できれば、どのような手段であっても構わないではないか」
理香はしれっと言い放つ。確かに理香の主張はわからなくもない。
「彼女、嫌がってるだろ?」
あからさまに隣でキイナが我慢をしている様子を見せられては、どう考えてもやり過ぎだろうとしか思えない。
「そこがわからん。全裸を晒すのが平気で、服の上から揉まれるのは嫌だというのはな」
そう言いながら理香は腕を組む。結果的には、キイナから手を離した形になった。
「あの、私も裸は嫌なのです。でも『人間界』には『童話世界』の物を持ち込んじゃいけない決まりになっているのです」
「服も?」
「はいなのです」
いくらなんでもそれはやり過ぎだろうと酒挽は思った。
「『童話世界』は、物語の世界なのです。『人間界』ではあり得ない物も存在するのです」
だから、一切の物を持ち込んではならない。キイナはそう説明した。
「私も恥ずかしいのです。でも理香は『黙って胸を揉ませてくれたら信じてやる』って言うから、恥ずかしいのを我慢したのです」
キイナは少し俯く。
「理香、お前って奴は……」
「だから約束通り現実だと認めているではないか」
悪びれた様子の気配すら見せない。
「キイナの胸がすさまじい存在感を持っていることは認識した」
「彼女の存在全部を認めろよ!」
理香は呆れたような表情を浮かべて「他愛のない冗談ではないか」と言ってくる。
酒挽は「真顔で突っ込まれるようなことをいうからだろ」と反論するのを堪えた。これ以上ボケと突っ込みを繰り返していたら、話が終わる前に夜が明けてしまいそうだ。
「キイナが本物のウサ耳を持っていることはわかった。だが、それだけで彼女が『童話世界』――つまり異世界から来た、という証明にはならない」
冷静な分析だった。
ウサギの耳を持つ人間の女の子など存在しない。その本人が「異世界から来た」といえば普通はその言葉をそのまま信じる。
だが、理香は不足だという。
「キイナが異世界から来たのなら、その異世界が存在しなければならない」




