第2話 童話裁判弁護保佐人
理香の家の前に着いて電話をすると、すぐに平家の玄関が開かれた。
「すまないな。こんな時間に」
玄関から出てきた理香は、薄水色の半袖短パンのパジャマ姿だった。
夏らしいと言えば夏らしい格好である。普段ポニーテールに結っている髪は、二つのお下げとなり、両肩越しに前へと垂らしていた。
酒挽が子供の頃から何度も来たことのある場所。
同じ日に同じ病院で生まれた縁が今でもずっと続いている。兄妹、姉弟のような関係の二人は、頻繁にお互いの部屋を往来していた。
だが、それも日中の話だ。本人公認とはいえ、夜中にこっそりと部屋を訪問するのは初めてである。
窓から差し込む月明かりだけが頼りの薄暗い階段を昇り、2階へと上がる。普段なら気にもならないスリッパの足音や廊下の軋む音が、妙に大きく感じた。
理香は部屋の前に到着すると扉を開けずに振り返る。
「ちょっと待っていてくれ。一応確認する」
何を? と酒挽が聞く前に理香一人中に入り、扉を閉めてしまった。
急に心細くなる。
部屋に入る前に確認するなんてことは今まで一度もなかった。その上、真っ暗な他人の家の廊下。それも家人に「お邪魔します」の挨拶すらしていない。見つかったりしないだろうかと、不安を抱く。
扉が開く。
「大丈夫だ」
「何を確認したのさ」
「当利の身の安全だ。血の海を見ないとも限らんからな」
「血?」
命を狙われる心当たりなど微塵もない。何を言っているんだろう、と思いながら、酒挽は部屋へ足を踏み入れた。
「……あ」
酒挽は思わず凝視した。
入口の正面に確かにいた。ウサギの耳を頭に乗せた女の子が一人、裾の長いTシャツを1枚着て、床にペタリと座った状態で。
だが、特徴は耳だけではない。床まで届く長い髪の色は銀だった。
「当利は意外と初心なところがあるからな。女性の全裸など目撃しようものなら、大量の鼻血を吹き出しかねん」
いくらなんでもそこまでひどくはない、と酒挽は反論しなかった。実際女性の裸にそれほど免疫があるわけでもないし、第一、自ら初心ではないと主張する理由もない。
「そう言えば、電話じゃ『全裸のバニーガール』って言ってたな」
「暑い夏とはいえ、さすがに全裸で放置するわけにもいかないだろう。服はボクのを貸して着てもらった」
理香は、扉を閉めて鍵をかけてから酒挽の横に立つ。そして、右腕を真っ直ぐ伸ばしてウサ耳女を指した。
「彼女が、さっき電話で話した裸のバニーガールだ」
ウサ耳女は、おもむろに立ち上がる。
Tシャツの裾がまるでワンピースのように膝上まで伸びている。首回りが大きく開いているせいで、片方の肩が露わになっていた。
彼女は無言のまま、一歩、二歩と二人に近づく。
最後の三歩目。彼女は、酒挽に飛びつくように抱きついてきた。
「会いたかったのです!!」
酒挽はウサ耳女を正面から受け止める羽目になった。
少しバランスを崩す程度の勢いだったが、倒れるほどのものではない。が、彼女は正面から体を密着させてくるので、自然と胸のふくらみが酒挽に押し付けられる。妙に柔らかい圧迫感。その上、生々しいぬくもりが薄い布越しに伝わってくる。
本当にこの下、何も着ていないのかよ!
思わずドギマギする。
「やはり知り合いなのではないか」
二人の様子を眺めていた理香が尋ねた。
「イヤイヤイヤ!」
咄嗟に否定しながらも、酒挽は必死に脳内データーベースで検索を試みる。
だが、ウサ耳銀髪娘に該当する者などヒットしない。そもそも、こんな特徴的な女が知り合いだったら、覚えていないわけがない。
「トーリとは初対面なのです」
ウサ耳女も、そう言い出す始末だった。
初対面なのに下の名前を呼び捨て。酒挽の頭はますます混乱する。
ここまで親しげにされた上に、会いたかったなんて言われる覚えは全くない。
それに加えて、拘束から逃れようとする酒挽を逃すまいと彼女は密着度合いを増加させてくるので、酒挽の混乱に拍車がかかる。
「初対面なら、自己紹介をしたらどうだ」
理香は、ベッドに腰を下ろしながら進言する。
「あ、そうですね」
彼女は、異様なほど体を密着させてきていた割に、あっさりとゼロ距離から一歩後ろに引いた。
「私は、キイナと言うのです。『童話世界』からやって来た、童話裁判弁護保佐人なのです」
そう言いながら、勢いよくお辞儀をする。
「……はい?」
何を言っているのか意味不明だ。酒挽は助けを求めるように、平然と座っている理香を見る。
「簡単に言うと、彼女は異世界からやってきた異世界人だ」




