第1話 真夜中の呼び出し
キイナの名前表記をカタカナに変更しました。
「当利、つかぬことを聞くのだが、君、裸のバニーガールに知り合いはいるか?」
真夜中、枕元で何度も振動を繰り返すスマホに出た洒挽当利が問われた質問がこれである。
電話がかかってくる時間としてはあまりにも遅すぎる。
相手もそれをわきまえていたようで、冒頭「こんな夜分に事前の承諾もなく電話をしてすまない」ときちんと謝罪をしてきた。だから、やむにやまれずかけてきた電話なのだろうと酒挽は思っていたのだが、内容が意味不明だった。
季節は夏。しかも連日熱帯夜が続いていた。酒挽は寝苦しさのあまり何度も寝返りを打ち、ようやく眠りに落ちかけたところだった。この仕打ちはさすがにあり得ない。
「えっと……」
夢か現か幻か。酒挽は耳に当てていたスマホを一旦外す。
煌々と光るディスプレイには『通話中』の文字と、通話相手『平理香』の名前、それと正確にカウントアップされている通話時間が映し出されていた。
「当利? 起きているか?」
理香の声がスマホから聞こえる。再び耳に当てた。
「あ、うん。起きている、と思う」
酒挽はベッドから起き出して、部屋の電気をつける。一気に部屋の中が明るくなり、酒挽は思わず目を瞑る。
……眩しい。やっぱり、夢とは思えない。
「それで、どうなのだ、知り合いなのか?」
理香がもう一度問いかけてくる。
当然、そんな知り合いはいないし、そんな格好をしそうな人物にも心当たりはない。目をこすりながら酒挽は聞き返した。
「……何だよ、裸のバニーガールって」
「一般的にウサギの尻尾飾りのついたレオタードとウサ耳ヘアバンド、網タイツを着用し……」
「バニーガールについて説明してどうする!」
反射的に突っ込む。そんな切り返しが来るとは思っていなかった。
「一糸まとわぬ、服を着ていない状態のことだ」
「裸の意味を聞いてるわけでもねぇ!」
まさかの二段攻撃だった。
「『何だよ、裸のバニーガールって』と聞いてきたのは当利ではないか」
「そういう意味で言ったわけじゃねぇよ」
酒挽は、片手で顔の半分を覆ってため息をついた。
「当利。申し訳ないが君が何に疑問を抱いているのかが良くわからない。先に裸のバニーガールと知り合いなのかの答えを教えてもらえないだろうか」
「いねぇよ! そんな知り合い!」
随分と食い下がってくる。タチの悪い冗談はやめて欲しかった。
「そうか。だが、彼女は当利を探しているようなのだ」
「彼女?」
「ああ。今ボクの目の前にいる」
……裸のバニーガールが目の前に? ありえない。理香がそんな夢を見たのだろう。寝ぼけているに決まってる。
酒挽が指摘しようとしたとき、
「あの、初めましてなのです。私、キイナと言います」
突然電話口の声が変わった。
「は?」
「あなたに会いたいのです」
聞いたことのない声だった。
何度かの突っ込みですっかり眠気が吹き飛んでいる頭を回転させ、酒挽は必死に考える。
理香は案外イタズラ好きだ。七つ坂高校演劇部部長。折り紙つきの演技力を持つ理香なら、電話の向こうで声音を変え、一人何役もこなすことも不可能ではないだろう。
だが、その一方で理香は「今から電話をかけてもいいか?」と事前にメールで尋ねるほどの律儀者でもある。こんな真夜中に、事前メールもなく、イタズラ目的で電話をしてきたとは考えづらい。
再び電話口の声が理香に変わった。
「いろいろ事情が立て込んでいて電話で説明するのは難しい。すまないが、今から家に来てくれないか? 着いたら電話をくれ。すぐに玄関を開ける」
「ちょ、ちょっと待った」
「何だろうか?」
理香は淡々とした口調で尋ねる。
たとえ一人称が「ボク」で男っぽい口調で話しているとしても、平理香は、れっきとした女子高生だ。真夜中に「家に来い」と言われて、「はい、行きます」という訳にはいかないだろう。いくら幼なじみの間柄であっても、二人は年頃の男と女である。
「家の者なら心配ない。完全に熟睡している。多少の物音で起きる様なヤワな神経はしていない」
それは別の意味で問題があるような気がする。
「いまいち状況が掴めないんだけど」
「一連の中で説明済みだが、もう一度説明しよう。まぁ、聞くだけ無駄だと思うが」
「そんなの聞いてみなくちゃ分からないじゃないか」
理香がフゥと一つ息を吐いたのが聞こえる。
「ボクの部屋に突然現れた裸のバニーガールが、当利に会いたいと言っている。だからここに来て欲しい」
理香は淀みなく端的に話してきた。
「……何だ、それ?」
意味は、わかる。だが、理解はできなかった。
「だから、聞くだけ無駄だと言ったのだ」
理香はもう一つため息をつくと、言葉を続ける。
「百聞は一見にしかずとしか言いようがない。とにかく来てくれないか。こんな真夜中に申し訳ないのだが、正直ボク自身少し混乱していて、どう説明していいのか良くわからない。当利が傍にいてくれると助かるのだが」
別に深い意味があっての発言ではないのだろう。だが、酒挽はドキリとした。深夜という時間帯がそう感じさせたのかもしれない。
「わかった。すぐに行くから」
酒挽は電話を切った。
理香の家まで歩いても5分程度の距離。
酒挽はジャージに着替えて、家族にバレないようそっと家を抜け出した。
芝居の台本から起こしているので、セリフが多い……




