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第38話 第三の殺人未遂--白雪姫への反対尋問

2019/06/08 16:30頃 以下の誤記を修正しました。

地の文の「テール」を1か所を「キイナ」に。

裁判長のセリフ「弁護人の異議」を「弁護保佐人の異議」に。

「では、検察側の反対尋問を」


 裁判長の言葉に、テールが立ち上がる。


「被告人。あなたは、小人の家に来てから、髪の手入れをしていなかったのですか?」


 白雪姫の体がビクリと強張る。


「い、いえ……全く、というわけではなかったのですが、その……櫛がなかったので、手で梳いていただけだったものですから、少し痛んでいたのではないかと、思います」


「なるほど。それで櫛が欲しくなってしまった、と?」


「そう、ですね」


 突然森へと放り出されて、命からがら森を逃げ走り、たどり着いた小人の家。

 当然そこには、今まで白雪姫が使えていた道具も何もなかっただろう。

 ましてや小人は全員男だった。女の子が使う道具が家にあるとは、到底思えない。

 胸ひもや櫛が欲しくなるのも道理ではある。


「裁判長。証拠品『櫛』を使用します」


 テールが宣言すると、係官がお盆に証拠品を載せて登場する。物はファスナー付のビニール袋に入ったままだ。よく食品を保存するために使うやつで、その名前を聞けば誰でも「ああ、あれか」と思い至るのだが、残念ながら、その固有名詞はきちんと商標登録されているので、ここでは明かせない。


「さて、これは小人の家で押収した櫛ですが……」


 袋ごと持ち上げたテールは、白雪姫の前にそれを差し出す。


「あなたが欲しがったのは、この櫛ですね?」


「は、はい。そうです」


「つまりあなたは、これが欲しいと、自分の物欲を満たすためだけに、小人との約束を破り、物売りを家に入れてしまったわけですね?」


「……そうなります」


 いちいち物云いが引っかかるが、テールの言っていることは、恐らく事実なのだろう。白雪姫が認めている以上、異議の申し立てようもない。

 が、もう少し言い方ってものがあるのではないか、と酒挽は思う。


「被告人は、この櫛を物売りから購入したと仰いましたね?」


「は、はい」


「そして、その物売りが何を売っていたか分からないほど、他の商品に見向きもしなかった」


 さっきの証言では、そういう解釈になっても仕方がないだろう。


「それでは質問です。なぜ被告人は、この商品を買い入れるのに、わざわざ物売りを家に入れたのですか? 私には、必要性が全く見いだせないのですが?」


「それは……」


 白雪姫が言い淀む。

 たかが小物の購入なのだ。しかも、商品を物色するわけでもなく、たった一品の入手が目的。


「小人からは『誰も家に入れてはならない』と言われていたあなたは、物売りを家に入れずとも、窓越しにやり取りするだけで、この櫛を入手することができたはずです。なぜ、敢えて鍵を開けて家に招き入れたんですか?」


「あの、どうしても欲しくて、なので……」


「2日前は狩人に殺されかけ、前日は別の物売りのおばあさんに殺されかけて、普通は警戒心を抱くべき場面ですよね?」


「……はい」


 責め立てるような口調で畳みかけてくるテールの言葉に、消え入りそうな声で白雪姫が答えたのを見て、酒挽が手を挙げる。


「異議、というか。圧迫面接のような口調で尋問するのは、いかがなものかと思うんだが?」


 白雪姫よりもさらに幼く見えるのがテールである。内容は非常に高度なのだが、傍目からは子供の喧嘩にも見える。それも、頭のいい童女が、気の弱い幼女に噛み付いている、という図式だ。


「……失礼。少し熱くなりすぎました」


 テールは一つ咳払いすると、言葉を続ける。


「入れる必要のない物売りのおばあさんを家に招き入れたあなたは、そのおばあさんに髪を梳いてもらった、と言いましたね?」


「は、はい」


「あなたは現場にうつ伏せになって倒れていました。近くにはイス。正面には鏡があるという位置関係でしたが、覚えていますか?」


 白雪姫は少し考えてから答える。


「イスに座って、背後でおばあさんが髪を梳いてくれました。確かに鏡を見ながらでした」


「奇しくも、胸ひもの圧迫であなたが倒れた時と同じレイアウトなのですが?」


「あ……はい。そう、ですね」


「私が分からないのは、2度ともイスから転げ落ちているシチュエーションであるにもかかわらず、あなたは頭を打っている形跡がないことです……偶然でしょうか?」


「えっと、仰っている意味がよくわからないのですが……?」


 白雪姫は戸惑いの表情を見せて、テールとこちらを交互に見比べるが、酒挽には、テールが何を意図しているかが理解できてしまった。


「具体的に言いましょう。あなたは2度ともうつ伏せ――もっと言えば、イスより前方に倒れていた。その前方には鏡が配されていたわけですが、どういう訳か、イスの位置と鏡の位置関係が、あなたが倒れてもぶつからない距離だったのです。2度ともですよ?

 胸ひもを結んでもらうにしても、櫛で髪を梳いてもらうにしても、普通考えられる距離より相当離れているようですが、どのような意図があったのか、お聞かせ願えますか?」


「異議ありなのです! 白雪姫は、意識を失って倒れたのです。どの方向に倒れるかなんて、分かるはずもないのです!」


 キイナが異議を申し立てるが、テールはにやりと笑みを浮かべる。


「そう、弁護保佐人のおっしゃるとおりです。倒れる方向は分からない。だから距離を取った――それは、その後、倒れることが分かっているからこその話だったのではないか? だからこそ、聞いているのですよ、被告人」


 カン、という裁判長の木槌の音が響く。


「弁護保佐人の異議を却下します」


 そう言われてしまえば、これ以上反論をするのは得策ではない。

 検察側は、昏倒した状況が不自然だと主張してきたことになる。

 つまり、意識を失って倒れたのはいい。だが、状況的に頭から落ちている可能性が2度あったのに、2度ともぶつけた形跡がないことに疑問を持っているのだ。


「被告人、質問に答えてください」


「え……と。小人さんの家にあった鏡は、小人さんに合わせた大きさだったので、小さく、低い位置にありました。角度は調整できたので、後は、自分の体が映る場所まで動いたら、自然と距離が離れてしまったのです」


「だから、距離がある、と?」


「はい」


 一応、理屈の通っている説明ではある。


「おかしくありませんか? 胸ひもなら上半身を確認するのに、全部が映るよう後ろに下がるのはわかります。しかし、髪を梳くのであれば、むしろ鏡に近づくのではありませんか?」


 髪の毛に手を加えるのだから、頭が鏡面に映ればそれで事足りる。ましてや首を少し動かせば部分的に確認したい場所を見ることだって容易だ。近づかない殊更の理由はない。


 白雪姫は困ったように首を左右に振る。


「……わかりません。私は、おばあさんにお任せしただけなので」


 テールはやれやれ、と言った具合に首を振る。


「ではもう一つ。倒れた瞬間ですが、あなたの体は床に衝突したはずです。とっさに体を支えたり、手をついて衝撃を抑えたりしましたか?」


「覚えていません」


「どこかをぶつけた、という痛みや感覚は?」


「よくわかりません。あの時は、苦しいってことばかりで、自分でも座っているのか立っているのかも全然わからなかったんです」


「分かりました。では次に、髪を梳いてもらった時の話ですが、どこからどのように梳いてもらったか、覚えていますか?」


 白雪姫の目線が暫し宙を彷徨う。


「えっと……よく覚えていないのですが……後ろの首のところからだったと思います」


「あなたは先程の証言で『頭をチクリ』と言われましたが、どこにその感覚を覚えましたか?」


「この辺、だったと思います」


 白雪姫は、後頭部の中央よりやや上部分を指さした。

 テールが近づき、その場所を確認する。


「第一審の記録との照合をお願いします」


 テールの要請で記録の照合が行われる……と言葉で書くのは簡単なのだが、係官は大変なようだった。

 途中でテールが「お茶ぐらい飲む時間はありますよね」と、裁判長の制止を聞くこともなくどこかに行って戻って来ても、係官は、前回の裁判記録を前へ後ろへと捲っている状況だった。

 さすがに痺れを切らしたらしいテールが「630冊目から640冊目の間だと思います」とアドバイスしたことで、該当箇所を特定。ようやく記録を確認し「相違ありません」となった。

 ちなみに記録は「634冊目」だったらしいから、大したものである。それでもそんな数字を聞くと、一体全部で何冊分の記録があるのか想像もできない。

 記録を確認するキイナも大変だと思わずにいられない酒挽だった。


「検察側は以上です」


「弁護側。反証は?」


 酒挽は、テールを見つめながら答えた。


「当然、させていただきます」

童話「白雪姫」とこの作品の裁判(審理)上の対応は、、「童話裁判(まとめ)」にて、まとめさせていただいております。

下記URLをご参照ください。

https://ncode.syosetu.com/n4528fm/

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