第37話 第三の殺人未遂--白雪姫の証言
「それでは、審理を再開します」
酒挽の正面には、いつもどおり幼女検事、テールが座っている。
実に退屈そうだが、彼女は第一審でも検事を務めているのだから、同じ話が繰り返される状況では、退屈に思うのも致し方ないのだろう。
「では、3番目の殺人未遂事件について、被害者である白雪姫に証言を求めたい」
証言台に一条の光が差し、白雪姫が現れる。
裁判長がいつもの質問をして「尋問を」と話を振ってくる。
「検察官に確認したいのだが?」
「冒頭から何ですか?」
頬杖をついたまま、テールが応じる。
「前回の審理の時は『殺人未遂事件』について異議を出したのに、今回は異議を申し立てないんだな?」
思えば、前も『2番目の殺人未遂事件』と言ったことに文句をつけてこなかった。
「私が証言していないからです。被告人サイドの認識が『殺人未遂事件』であるのなら、それでよろしいのではないでしょうか?」
つまり、自分が証言の中で『殺人未遂事件』だと認めたくないから、あの時は異議を申し立てた、と。
なるほど、全てが裁判記録に残る以上、その内容を直接自分で黙認した、ということを避けた、といったところか。
「失礼。尋問を始めます」
酒挽は証言台に立つ白雪姫の横まで移動する。
「あなたが、櫛で気を失ったと証言した事件について、証言してください」
「は、はい。あれは、胸ひもの一件の明くる日に、小人さんたちがお仕事へと出掛けた後です。
前の日に、小人さんとの約束を破り、おばあさんを家へと入れてしまった私は、『絶対に誰も家に入れちゃ駄目だ』ときつく言われました。なので、前日と同じく、玄関に鍵をかけて、家事をやっていました。
ひと段落したところで、玄関をノックする音と『いい品物があるよ』という声が聞こえたのです
窓から覗くと、おばあさんが立っていました。私は『いりません。家に誰も入れてはいけないのです』と答えたのですが、おばあさんは『見るだけなら構わないじゃないか』と言って、櫛を見せてくれました。
それが、奇麗でキラリと光ったものですから、私、どうしても欲しくなってしまって、それで……約束を破って、鍵を開けて、おばあさんを家に招き入れてしまったんです。
お金をお支払いし、櫛を買ったところで、おばあさんが『梳いてあげよう』と言ってくれたので、その……断るのも申し訳なくってお願いしたら、急に息苦しくなって、めまいがして……後は、覚えていません。気が付いたら、小人さんたちが私を介抱してくれていました」
「今の証言に出てきた櫛については、証拠品として提出させていただいています」
テールが補足してくる。確かに物証があるようだ。
白雪姫の症状は、理香の推測のとおりアナフィラキシーショックで出るものと同じようだ。
「あなたは、なぜその日もおばあさんを家に入れてしまったのか、教えてください」
「あの……そのおばあさんが、見たことのない人だったので、大丈夫だろうと思って……」
「前の人は違うおばあさんだったと?」
「はい」
そりゃそうだろう。相手は殺しに来ているのだ。わざわざ警戒されるような同じ格好で来ることはないに決まっている。
だが、それにしても疑問が起る。
「小人からは、前のおばあさんは『王妃の変装だ』と言われていたと思うけど、変装の可能性は考えなかったんですか?」
胸ひもの時は、警戒心がなくても仕方がない部分もあるかもしれない。
だが、今度は小人から警告されている上に、またしても『物売りのおばあさん』だ。普通は警戒するだろう。
「あの、小人さんの家には、食べ物も私一人が増えても十分な程ありましたし、毎日商人さんが来ているのかとばかり……」
「つまり、そういった商人の一人だと思ったと?」
「は、はい」
白雪姫は姫だ。望むものは城に用意されていて、不足していれば、商人が城に持ってきてくれるのが当たり前だったのだろう。
庶民のように、食材の仕入れのため、市場に行く、という発想はなかったのかもしれない。
思えば、白雪姫は思ったほど小人の家のことを把握していないのだろう。
家に転がり込んだ翌日に胸ひもで殺されかけ、その翌日にはこの事件だ。まだ城を離れて3日しか経過していないのだ。
「王妃の変装だとは思わなかったんですか?」
「あの……小人さんのお家は、隣の国になりますし、王族が許可なく国境を超えていることが知れると大変な騒ぎになりますから、お母様がくるとはとても思えないのですが……」
「そういうあなたも、王族ですよね?」
なのに国境を超えているわけなのだが。
「私は……お城に戻らないと約束していましたし、実際狩人のおじ様に一度命を狙われた身です。国を追われたも同然の私とは、立場が違います」
まぁ、状況的に『亡命』と主張はできなくもないが。
「では、王妃が差し向けた刺客だとは考えなかったのですか?」
「あの……すでに私は家を捨てた身でしたので、王位の継承権も失っていますし、命を狙われることはないと思っていたのですが……」
違うのですか、と言いたげに首を傾げる白雪姫。純粋なのかバカなのか、よくわからなくなってくるが、お人よしなのは間違いなさそうだ。
「まぁいいです。それで、その物売りは何を売っていたんですか?」
「わかりません」
「……? どういうことですか?」
「私、窓から覗いた時に見せられた櫛がどうしても欲しくなってしまって、それで我慢ができなくって、なので、その……鍵を開けて家におばあさんを入れたんです」
つまり、見せられた櫛だけしか見てなかったから、他に何を売っていたかは全く確認しなかったと、こういうわけか。
欲しいものを我慢できない。まぁ、8歳ぐらいの子供なら、そういうのもあるのかもしれない。
「おばあさんに『梳いてあげよう』と言われたんですよね?」
「はい。それで最初頭でチクリとしたと思ったんです。小人さんの家には、櫛がなかったものですから、お手入れが上手にできていなかったので、上手く梳けずに髪が引っ張られたのかと思ったんです。でも、急に呼吸が苦しくなってしまって、めまいがして……後は、覚えていません」
今の話からすると、頭皮に櫛が刺さって、そこから毒が入りこんだ、と見るのが妥当だろう。
「白雪姫。あなたは何かアレルギー症状はありますか?」
「……アレルギー?」
白雪姫は小首を傾げてしまう。
「例えば、何かを食べると全身が痒くなったり、蕁麻疹が出たりは?」
「いいえ。今までそう言った症状は出たことがありません」
「蜂に刺されたことはありますか?」
その問いに、少し考えるしぐさを見せた白雪姫だったが、
「記憶にありません」
この辺は何とも言えない。蜂に刺されたことがないからと言って、アナフィラキシーショックが起こらないとも限らないからだ。
引き出せる証言としてはこの程度だろう、と酒挽は判断する。
「弁護側は以上です」
「童話裁判(まとめ)」を作りました。
事件の概要や登場人物一覧表をまとめています。
参考までにご覧ください。
https://ncode.syosetu.com/n4528fm/




