第35話 選択した衣装に対する理香の言い分
「アイデア料なのです!」
「……よく撮らせてくれたものだ」
理香が写真を転送されたスマホの画面を見ながら呟く。画面には幼女検事の顔が表示されていた。
理香の感想は酒挽にもよくわかる。キイナはテールに向かって話しかけながら、最終的には冷たい視線を飛ばす表情を見事にゲットしていたのだから。
しばらくスマホを凝視していた理香が、視線を上げる。
「それで、今日はどうだったのだ?」
「むぅ……反応が薄いのです」
口を尖らせるキイナ。理香がもっと喜ぶものと期待していたのだろう。
酒挽も、もう少し軽口が出るものだと思っていたのだが、肩透かしを食らった気分だった。
「なんというか、思いの外幼女だったのでな。可愛いは可愛いのだが、想像していたほど大人びていないというか、背伸びして大人ぶっている感が否めないというか」
珍しく歯切れの悪い物言いだ。期待していたほどギャップがなかったと言いたいのだろう。
だが、彼女の纏う雰囲気は、大人だと、間近で接している酒挽は理解している。
「写真だけじゃ見えない部分もあるからな」
もっとも、理香のアイデアを話した時の食いつきっぷりは、まるっきり見た目どおりの子供にも思えたが。
「そうかもな。また会えば違う思いを抱くかもしれないな」
何故か憂いを含んだ表情で呟いた理香だったが、「パン」と手を叩く。
「では、今日の状況を教えてくれ」
酒挽は、裁判でテール相手に実験を行ったことを詳細に説明する。
理香は黙って報告を聞いていたが、途中から理香の視線が冷たくなっていったように思えた。
そしてそれは気のせいではなかったようだった。
「……本気で幼女検事にその衣装を着せたのか?」
最後まで話を聞き終わった理香は信じられないようなものを見る目線を浴びせる。
「いや、理香がテールに体験させた方がいいって……」
酒挽の言葉にキイナも頷く。
「いや『体験させろ』とは言ったが、その衣装を『着せろ』とは一言も言ってないぞ?」
「同じことだろうが!」
実験では、キイナにボンデージの衣装を着させた。同じことをしようと思ったら、当然あの衣装を着せるのが当然に思える。
「同じわけないだろう。言わなかったか? 一定条件を揃えた状況下で胸部を圧迫すれば、意識を失うと。
こちらの実験は、あくまでも芝居『森の姫君』の一シーンとして行う必要があったから、様々な言い訳とボクの趣味を総動員してあの衣装を選択したのだ。
裁判では、単に胸を締めあげて、同じ状況が再現できれば、事が足りたはずだ」
「う……確かにそのとおりなのです」
衣装から紐を解いて、それでテールの胸を締め上げても、再現可能だったであろうことは想像に難くない。
「でも、服の上から直接では、テールさんの体に傷がつく可能性だってあったと思うのです」
「タオルの数枚でも重ねれば、解決する話だと思うが?」
「……そのとおりなのです」
キイナのしょげた表情を見た理香は「分かったか?」と満足げに頷く。
だが、酒挽は聞き逃さなかった。
「お前、今『ボクの趣味を総動員して』と言わなかったか?」
「言った」
断定しやがった。
「……どういうことなのです?」
不意にキイナの背後に不穏なオーラが湧きあがる。
「あれは必要なことだと、理香は言ったのですよね?」
「言った」
「それが、なぜ趣味の話になるのです?」
理香はため息を一つつく。
「……さっきも言ったが、部活での検証は、あくまでも『森の姫君』のワンシーンとして行った。当然、それなりの衣装を準備の上行う必要があった。それは、理解できるな?」
キイナは頷く。酒挽も、そこまでは異論がない。
「そして実験に当たっては、童話世界の住人であるキイナが被験者にならなければならない、という点も説明したはずだ」
これにも異論はない。
本物の人間であれば、死んでしまう可能性のある事象を引き起こす実験。
その点、童話世界の人間であれば、死ぬことはない。
「そこで問題が一つ。既存の演劇部員ではなく、キイナを姫役として担ぎあげるためには、それなりの理由が求められる。しかし、キイナは、部員の前で演技の実力を見せたことはない」
確かに言い分は正しい。キイナは転校当日、酒挽に連れられて演劇部に来た。入部扱いとなり、それから数日間行われている基礎練習には参加しているが、演技は披露していない。せいぜいが本読み程度だ。
「ボクはもっともらしい理由として、キイナのスタイルを挙げた。ボクとしては、キイナは美少女だと思うし、それだけで姫役に推薦したいところだ。しかし、生憎美醜に関する評価というものは、評価者の主観でしかなく、部員全員を納得させる要素としては弱い。加えて、舞台ではステージメイクをするので、素地としての良し悪しに加え、化粧映えするか否か、というのがポイントになる。
だから、ボクは客観的に誰が見ても納得できるであろう『もっとも胸の大きさと腰のくびれの格差がある』という理由を以って、推薦理由とした」
色々突っ込みどころはあるが、今のところ、理論の破綻はない。
酒挽は黙って話を聞き続ける。
キイナも何も言わずに聞いている。若干、落ち着いて見えるところを見ると、少しずつ理香の理屈に納得しているのだろう。
「さて、結論が初めからキイナと決まっている中で、さすがに彼女に合わせた衣装が用意されていては、どう考えても出来レースの疑いが拭えなくなる。よって、些細な突っ込みどころを吹き飛ばすほどのインパクトを兼ね備えた衣装として、かねてよりボクが趣味で準備していた衣装の中から、競泳水着と例の際どい衣装を採用するに至った、ということだ。
故に『様々な言い訳とボクの趣味を総動員してあの衣装を選択した』ことに、ボクは何一つ疚しく感じるものはない」
「……わかったのです。理香はきちんとした考えで、あの衣装を選んだのですね」
「分かればいいんだよ、キイナ」
理香はキイナに近づくと、そっと頭を撫でる。
キイナは満足げに目を細めたが、少し頬を赤く染めて、上目使いに理香を見つめる。
「でも、恥ずかしかったのは恥ずかしかったのです」
「だが、それを排しても必要だということは、分かってもらえただろう?」
キイナは頷く。
そして、酒挽は黙っていた。
程なくして、キイナは童話世界へと戻って行った。
理香から「第三の白雪姫殺人未遂事件」について、裁判記録の確認という宿題を与えられて。
相変わらず絶望的な表情を見せていたが、理香がポイントを指定したので「まぁ、その程度なら」と了承していた。
「さて、本音を聞かせてもらおうか?」
童話世界の扉が消えたところで、酒挽が尋ねる。
「……やはり、気づいていたか」
理香は頭を掻く。
「何年の付き合いだと思っているんだ?」
「……そうだったな」
諦めたような溜息をついた理香は、ベッドに転がり込んで体を弛緩する。
「一応申し開きをするが、必要だったのは事実だし、キイナでなければならない理由も言ったとおりだ」
「それは、わかっている」
「あのボンデージの衣装を選んだのは、キイナの胸のサイズではあれしかなかったので致し方ないのだ。あとはサラシぐらいでしか実現が不可能だった」
「……ん?」
「芝居によっては、胸を盛ることもあり得るから、様々なサイズを取り揃えているつもりだったのだが、キイナの胸に合うサイズは、ボクの持つ衣装の中ではあれしか存在しなかった。それが事実だ。あれを快く着てもらうために、強度だの何だのと色々理由はつけてみたがな」
理香は淡々と答える。
「ちょっと待った」
「何だ?」
「ボンデージが選択肢として仕方なかった?」
予想外の話だった。
酒挽としては、てっきりボンデージ衣装の方が理香の趣味で着せられたものかとばかり思っていたのだ。
理香は、目を瞬かせてから、布団から跳ね起きる。
「失礼な奴だな、当利は。ボクが嬉々としてSM的な衣装を集める趣味があると思っていたのか?」
「いや、キイナに着せてみたかったのかと」
「まだまだボクを理解しきれていないようだな。ボクがキイナに着せたかったのは、競泳水着の方だ」
「ドヤ顔で言うことかっ!」
しかし、それが理香の本音なのかどうかは、実のところ分からない。
酒挽が知っているのは、理香がまるでアドリブ芝居のように流暢なセリフを吐き、相手に別のセリフをさし挟む余地を与えない時は、隠したい何かがある時だということだけだ。
時折それにカマをかけ、真相を引き出すことに成功することもある。
しかし、今回はどうやら違ったようだ。
それは、理香の表情が物語っていた。
してやったり、と言わんばかりの、白い歯を見せた悪戯っぽい笑みを浮かべていたのだから。
「ふぅ……」
理香は、部屋でらしくもなくため息をつく自分に、思わず苦笑いを漏らした。
――まさか、実在していたとは、な。
見つめるスマホの画面には、テールの画像が映し出されていた。
実在、という言葉が正しくないことは、理香もわかってた。しかし、他に的確な言葉が見つからない。
写真を見た瞬間。
今思えば、動揺のせいで余りにも不自然に振舞った気がしてならない。が、その後を上手く処理したおかげで、酒挽の目は誤魔化せたようだった。それで今は満足するべきだろう。
――こうなると、ボクは認識を改めるべきなのかもしれない。
ずっと夢だと思っていた幼いころの曖昧な記憶。
時折夢に現れる現実離れした光景。
その登場人物の中に、画像の幼女は、確かにいた。
それが、今認識できる確かな現実だった。




