第23話 証言者不在
2020/02/24 キイナのセリフ上の「白雪姫」を「姫」に統一(当て字部分を除く)
「なるほど。やりたい放題だな」
検察側の異議が却下されたところで、審理は休廷に入った。
一旦人間界に戻った酒挽とキイナは、理香の部屋に腰を落ち着けていた。
「や、やりたい放題なのは、理香なのです」
「そうは言っても、ここは……」
「そこはダメなのですっ!」
「何してるんだよ!?」
酒挽は、理香たちに背をむけてイスに座っていた。
後ろから「自分で……っく、できるのですぅ」と消え入りそうな訴えや、「やぁ……っ」と艶っぽい吐息を漏らすキイナの声が時折聞こえてくる。
「キイナを着替えさせている」
「なぜ!?」
「奇妙なことを聞くものだな、当利は。キイナは可愛い乙女だぞ? いつまでも制服を身に纏っているのはもったいないだろう。折角の美人なのだし」
理由らしきことを告げる理香だったが、要はキイナで着せ替えを楽しみたいらしい。
時折衣擦れの音が聞こえてくるのだから、確かに着替えていることは事実だろう。
「私より、理香が服を着るべきなのです……」
キイナの反論が聞こえる。
「まだ暑い」
理香はそう言って取り合わない。
童話世界から戻ってきた二人を出迎えた理香は、バスタオル1枚を体に巻き付けただけの姿だった。髪も濡れ、頬も上気している様を見れば、風呂上がりのタイミングだったのだろうことは一目瞭然だった。
理香は平然としていたものの、酒挽の心中は穏やかではいられない。部屋に入った直後、酒挽は背を向けた。
その後、ベッドに座った音がして、「キイナ」と呼びながらポムポムという布団を叩く音が聞こえた。キイナがそこに座ったであろうことまで、酒挽は気配で判断ができた。
経緯の説明を求められ、酒挽は背中を向けたまま説明をしたが、その途中ぐらいから後ろで二人が動き始めたのを察知したのだ。
「ふむ……随分きついものだな。ならこれで……」
「やめ……っ、あっ……」
「単なる着替えでそんな声が出るかぁっ!」
振り返るわけにはいかない。だが、いちいち突っ込まなければ、悶々とした気分でどうにもならなくなってしまう。
「よし」
理香の声が聞こえる。
「……終わり、なのですか?」
「ああ。おい、当利。キイナを見てやってくれないか」
どうやら着替えとやらが終わったらしい。ホッとして酒挽は振り向いた。
「あ、駄目なのです!!」
だが、キイナの叫びは遅すぎた。
酒挽が視界に捉えたのは、浴衣姿のキイナだった。薄桃色の生地に、金魚がところどころにあしらわれている。帯は固いものではなく、フワフワとした長いリボンのようなものだった。ウサ耳はそのままだが、銀髪はアップに結われている。
しっかりと似合っていた。
「キイナは胸が大きいから私のパジャマではどれも小さくてな」
理香は満足そうにキイナを見ているが、彼女自身、まだバスタオルを巻いただけの姿だった。
「お前が服を着ろ!!」
酒挽はそう叫ぶと、すぐに背中を向けた。
「むぅ……まだ暑いのだがな」
文句を言いながらも、理香は服に袖を通した。
「改めて言うが、検察側はやりたい放題だな」
ようやく3人が顔を見合わせる形になり、理香はベッドで呟いた。
ちなみに理香は、空色の甚兵衛で、浴衣姿のキイナと並ぶと、非常に絵になっていた。
「つーか、お前が一番やりたい放題だろうが」
「そりゃそうだろう。何一つ自制しているつもりがないのだからな」
そう言いながら、隣に座るキイナの首に腕をかけ、手の先は浴衣の合わせに伸ばそうとしていた。
「タチ悪いな!」
「理香は、もう少し自制して欲しいのです」
キイナはそう言いながら、理香の手首を抑えていた。
「自制などしたら、自由な発想など生まれぬよ。正直、行き詰っているところだ」
キイナから手を引いた理香は、頭をバリバリと掻く。
「もっとも、第一の姫殺人未遂の件で、検察側にミソを付けられたのは大きいがな」
第一審で検察側は『王妃が白雪姫を殺そうとしている、というのは、白雪姫の思い込みであり、そのことを逆恨みして、王妃を殺害した』。
あろうことかこれが立証されたとして、白雪姫は有罪。それも極刑の判決を受ける羽目となった。
「しかし、どれだけ無能だったのだ、王子とやらは? 推定無罪が原則の法廷だぞ? ほぼ難癖に近いあの検察側の立証で、どうやったら極刑の判決が下るというのだ」
逆恨みで殺す、というのは単純だが、殺意の立証としてはアリなのだと思う。
しかし、その割には用意が周到に過ぎる殺人なのだ。
わざわざ結婚式の招待状を出して現場まで呼び出し、真っ赤になるまで温めた靴を無理矢理履かせ、熱さで踊るように飛び跳ねることを死ぬまで繰り返させた、なんて、計画殺人の何物でもないだろう。
「まぁ、ここから先の事件を検証する方が問題なのだがな」
第二の殺人未遂は、服の胸ひもを、息ができなくなるほどきつく縛りあげられ、意識を失った。
第三の殺人未遂は、毒の塗布された櫛が頭に刺さったせいで、意識を失った。
第四の殺人未遂は、白雪姫が毒のりんごを食べて倒れた件。
「何が問題なのです?」
キイナは首を傾げるが、当利には理香の言わんとすることは分かっていた。
「白雪姫が被害に遭った、つまり、殺されかけたことについて、証言をしてくれる人が誰もいないんだ」
当利の答えに、理香は首肯する。
「七人の小人がいるのです。彼らはきちんと証言してくれるはずなのです」
右も左もわからない森の奥で匿ってくれた、心優しき7人の小人。
白雪姫に有利な証言をしてくれるのは、火を見るより明らかだろう。
しかし、理香は頭を左右に振って否定する。
「確かに、意識を失って倒れていた姫の発見者としては、証言可能だろう。だが、姫が誰かの手によって意識を失わされたことを証言してくれる者は、誰一人としていないのだ」
唯一証言可能だったのは、犯行に及んだ犯人である王妃自身。
「王妃は既に死んでいる」
第一の殺人未遂の審理でも同じことが起きている。
実行犯である狩人は、第一審で証言をしていない。
童話裁判では、その世界に存在する以上、証人として法廷に召喚し、証言を聞くことができるはずなのに、それが行われていない。
だから理香は『狩人が死んでいる』という結論を出した。しかも、王妃に殺されて、という理由で。
「結果、姫が被害に遭った瞬間のことは、被害者である姫だけが証言可能だ」
そこに検察側の雑な理論を正当化する隙が生まれる。
白雪姫が、王妃に殺意を抱くほどの恨みを持っている、という推論。
仏の顔も三度まで。4度も殺されかければ、反撃の一つや二つしたくもなるだろう。
もっともそれを検察側は『殺してしまうほどの恨み』として理論構築をしているわけなのだが。
「まるで誰が白雪姫を殺したか、という裁判だな」
ぽつりと酒挽が呟く。
「そう。そして白雪姫と王妃の立場が逆転させられる」
そう言うと、理香は隣に座るキイナに寄りかかり、キイナの懐にするりと手を滑り込ませる。
「ひぅ……!」
真面目な話をしているせいで、完全に油断していたキイナは、あっさりと理香の手の侵入を許していしまう。
「姫の逆恨みという理論によってな」
「何をドヤ顔で解説しながら、キイナにセクハラしているんだ!?」
随分器用なマネをしてくれる。
「いや。少し確認をだな」
「何の!?」
「ひゃあっ! やめ……んくっ」
キイナが顔を真っ赤にして体をよじると、理香はあっさり手を引いた。
「ふむ……なるほど」
理香はじっと手を見ると、手を軽く開いたり閉じたりする。
「何に納得した!?」
「キイナ。君には明日の部活、『森の姫君』で、『姫』を演じてもらう」
次回の更新は恐らく明後日になる予定です。




