第22話 第一の殺人未遂--料理人の証言
脇役も脇役。セリフのない登場人物に証言を求めます。
白雪姫が現れた時と同じように、光の中から白い服にコック帽を被った男が登場した。これが料理人らしい。
手には長い棒。パスタとかの生地を伸ばすためのモノのようだ。状況からすると、いかにも料理中に連れてこられましたといった風体だ。しかし、この場所に突然現れたことに対しての驚きや戸惑いは見られない。こういう事態に慣れているのだろうか。
裁判長が尋ねる。
「証人にお尋ねします。名前は?」
「名前はありません。ただの『料理人』です」
「職業は?」
「料理人として城で王族専用の料理を出しています」
「所属世界は?」
「童話『白雪姫』です」
料理人。白雪姫がお城からいなくなった日に狩人が持ち帰った食材を料理し、王妃に提供した人物である。
「まったく……名前もセリフもない登場人物の証言なんて、前代未聞です」
正面で頬杖をつきながら赤い表紙の書類をめくり返しつつ、テールが憮然とした表情を浮かべ愚痴る。
「私語は謹んでください、テール検事」
「……仰せのままに」
裁判長にたしなめられたテールは、反省しているようには見えない程大袈裟に深々と頭を下げてみせた。
酒挽は料理人と向き合う。
「料理人。白雪姫が城内から行方不明になった日、王妃に出した食事についてお聞きしたい」
「ええ。どうぞ」
「何を出しましたか?」
「肺と肝の塩ゆでです。王妃様から直接渡され『塩ゆでにせよ』と申し付かりましたので、仰せのままに調理いたしました。何でも狩人が取ってきた極上の活きのいい肺と肝とかで、私としても腕の振るいでがありました」
「何の肺と肝だったんですか?」
「猪です。いや、実のところ王妃様に『これは何の肺と肝ですか?』とお尋ねしたのですが、『お前が知る必要はない』と言われてしまいましてね、仕方なく狩人から聞きだしました。そう言えば、狩人のヤツ、猪だって王妃には黙ってろって言っていましたっけね。王妃様は一体何の肺と肝のつもりだったんでしょうね」
まさか「白雪姫の」と言う訳にもいかず、酒挽は曖昧に笑ってごまかす。
「もう一つお尋ねしたい」
「どうぞ」
「その日の朝、あなたは狩人と会ったと思いますが、白雪姫の姿を目撃しましたか?」
「ええ。私と狩人が話しているところに、白雪姫がお見えになられまして、これから一緒に森に行くと仰ってました」
ここは白雪姫の証言と一致する。
「その後、白雪姫の姿は見ましたか?」
「いいえ」
料理人は首を横に振った。
「狩人と白雪姫が一緒に出かけたのを見たのが最後です」
二人が城から出て行くところは目撃された。
だが、その後料理人は狩人と会っているものの、白雪姫とは会っていない。
では、いつの時点で白雪姫の行方不明が判明したのか。そこが酒挽たちの証明ポイントだった。
「あなたは、王族に料理を出す担当でしたね?」
「ええ」
「白雪姫が行方不明になった日の料理は、何人分作りましたか?」
「えっと、朝食が王様、王妃様、白雪姫の3人分で、昼食が王様と王妃様、夕食は王様だけです」
「毎食数が違った理由を教えてください」
「白雪姫の分については、王妃様から不要と仰せつかりましたので、お出ししませんでした。
王妃様は、先程お話しした、肺と肝の塩ゆでで満足されたようで、夕食は不要と仰せつかりましたので、王様の分だけお出ししました」
王妃の指示で、白雪姫の食事は昼食以降作られていない。
それはつまり、王妃は白雪姫が戻って来ないことを知っていたからに他ならない。
「あなたは、いつ白雪姫が行方不明になったことを知りましたか?」
「夕食の準備をしている時でした。王妃様に、肺と肝の塩ゆでをお出しした後だったと思います」
それより前に白雪姫分の食事不要の指示を出した王妃。
少なくとも第1の殺人未遂に、王妃の関与があったことを立証できる。
その確証を得て、酒挽は、
「弁護側は以上です」
と言って着席した。
「それでは、検察側の反対尋問を」
裁判長の言葉に、テールが立ち上がる。
「王妃の指示について確認します。王妃は、いつ、白雪姫の食事は不要と言ったのですか?」
「昼食の準備前です」
「それは、あなたが狩人と白雪姫に会う前ですか? 後ですか?」
「後です」
「あなたはその指示を聞いて『昼食だけがいらない』と判断したのではありませんか?」
「異議ありなのです! 今のは証人に対する誘導尋問なのです!」
キイナによる立ち上がっての異議に、テールは涼しい顔で応じる。
「先程、証人は食事をお出ししなかったと証言しています。私は、食事は作ったが、提供していない、そう捉えました。だから確認をしているのです。白雪姫の食事を作らなかったのは昼食、夕食の一方だけか、両方なのか、あるいは全て作ったのか」
「弁護保佐人の異議を却下します」
木槌の音と共に、裁判長が冷淡に告げる。
そう言われてしまっては、引き下がるしかない。
キイナは、拳を強く握りしめて、ゆっくりと椅子に座る。
質問が、作ったか否かだったので、当然回答もそれに応じたものだという完全なる思い込みだ。
「私がちゃんと気づいていれば……」
キイナが険しい表情を浮かべながら呟く。
「いや、どのみち料理人の証言は変わらない。検察側も、こっちが料理人に証言を求めるとは思っていなかったはずだ。取りあえず食いつけそうな部分に食いついただけだ」
酒挽は、自分に言い聞かせるように言った。
「改めてお尋ねします。証人は白雪姫の食事を作りましたか?」
「作ったと言えば、作ったことになるのでしょうか……」
困惑したような表情で料理人が証言する。
「どういうことですか?」
テールが問い質す。
「いえ、お戻りがいつになるか皆目見当がつかなかったので、軽食を用意したんです。必要であれば、軽く食べていただいている間に、きちんとした料理を準備しようと思っていたもので」
なるほど、よくできた料理人だと、酒挽は感心した。
空腹で帰って来ても、すぐにつまめるものを用意して、昼食や夕食提供までの時間を稼ぐと。
証言自体は、白雪姫の不利に繋がるようには思えない。問題はなさそうだ。
テールの尋問は続く。
「ところで証人。結局、白雪姫に食事を出さなくなったことについて、どう思いましたか?」
「え? ええと……そうですね……、今にして思えば、王妃様は、白雪姫がお戻りにならないことを分かって、料理の準備は不要、と言ったように感じます」
料理人は言いにくそうに答えた。
「なぜそう思いましたか?」
「実は……城内では、王妃様が白雪姫の事を殺したいほど憎んでいるというのがもっぱらの噂でして。白雪姫が王様の寵愛を一身に受けているためなのではと……」
「異議ありなのです!」
キイナが大声を出して立ち上がる。
「料理人の証言は、今回の事件とは関係のない単なる噂話なのです!」
対してテールは冷笑を浮かべながら応じる。
「そうはいきません。城内にこのような噂が流れているということは、当然白雪姫本人の耳にも入っているはずです。大体さっき白雪姫も証言していたではありませんか。『城に戻らなければ殺されることはないと思った』と。何の根拠もなく、そのような思いに至るとは、到底思えませんが」
カン! と木槌の音が場に響き渡る。
「弁護保佐人の異議を却下します」
「異議あり」
酒挽が立ち上がり、キイナの肩に軽く手を添える。
「……トーリ?」
「弁護人。どう言うつもりですか?」
裁判長が眉間にしわを寄せて酒挽を見つめながら問う。
「俺の異議は、裁判長が異議を却下する直前の検察側の発言に対してです。『噂が白雪姫本人の耳に入っているはず』という以上、今の発言は検察側の憶測でしかない。検察はこちら側の異議に反論する機会を利用して、自らの推論を披露しているに過ぎないと思いますが?」
カン! という音が法廷に響く。
「弁護人の異議を認めます」
「チッ」
テールの舌打ちが、酒挽の耳にも届く。
「では、証人。王妃と白雪姫に関する噂話について証言してください」
「は、はい」
料理人は、一呼吸置くと、証言を始めた。
「実のところ、王妃様は白雪姫の事を殺したいほど憎んでいるという噂がまことしやかに囁かれておりまして。王様は白雪姫の事を大層可愛がっているものですから、寵愛を受けられなくなってしまった王妃様が嫉妬していらっしゃると……」
証言が止まる。間ができたことで、テールは質問をぶつける。
「その噂は、城内の者であれば、誰でも知っている内容ですか?」
「おそらくは」
テールを窺うような上目使いで、何かを探るように料理人は、そう証言した。
「以上で反対尋問を終わります」
テールは満足そうな笑みを浮かべて、自席へと戻る。
「トーリ……」
現状では、4度の白雪姫殺人未遂は、王妃が引き起こしたと白雪姫が思い込んでいるため、逆恨みにより白雪姫は王妃を殺害した、という検察側の主張が認定されている状況にある。
そこに、王妃が白雪姫を殺したいほど憎んでいる、という城内の噂話が加われば、白雪姫が王妃から殺意を向けられているから自分を殺しに来たのだ、と思い込むのは当然という話になりかねない。
「弁護側、反証しますか?」
裁判長の問いに、酒挽は、
「します」
と答えて、料理人の前に移動する。
「さて、ここまでの話を聞いた、あなたに質問します。白雪姫が狩人と二人だけで森に向かったことについて、どう思いますか?」
「何を質問しているのだか……」
フン、と鼻で笑うテール。
しかし、
「あ~……そう、ですね。今にして思えば、色々と不可解なことが多かったように思います。白雪姫が狩人と二人っきりで森に出かけるのも……一人の護衛も付いていませんでしたし。それに、肺と肝。私に直接渡すのではなく、一度王妃様に渡してから、というのも解せません。しかも、猪というのは王妃様に内緒だと念を押されましたし……あ、まさか、あの肺と肝。王妃様は、白雪姫の物だと思って……」
「異議あり! それは、証人の思いつきでしかありません!」
テールは慌てたように異議を唱えるが、酒挽は反論する。
「だから、証人がどう思ったかを聞いているんだよ。感想を求めているのだから、証人の思いつきで問題ないだろう?」
「そんなめちゃくちゃな理論がありますか!! 裁判長! 異議を認めなさい!」
「裁判長。検察側は第一審で『王妃が第一の白雪姫殺人未遂事件を起こしたというのは白雪姫の思い込み』と主張しました。ですが、今の証人の証言から、当事者である白雪姫以外の第三者であっても、王妃が当該事件を引き起こしたと想定可能であることを立証しました。
また、証人の証言により、白雪姫の行方不明が発覚する前から『王妃が白雪姫の食事の準備は不要』と指示していることも分かりました。
以上により、第一の白雪姫殺人未遂事件において、王妃が関与した可能性が否定できません。
よって、第一審における有罪の根拠である、白雪姫の王妃に対する殺意の一つが崩れたと、弁護側は主張いたします」
木槌が鳴る。
「検察側の異議を却下します」
童話裁判は、こんな感じで進みます。
さて、酒挽たちの裁判戦略は、果たしてどの方向に向かっているのでしょうか。




