第21話 第一の殺人未遂--白雪姫の証言
そして、夕方。
一旦理香の家に集まり、酒挽はキイナとともに童話裁判の法廷へと立っていた。
作戦は既に、理香から伝授されている。
しかし、それはあくまでも概要だけ。実際にこなすのは、酒挽の双肩にかかっていた。
法廷に入ると、テールが既に所定の場所に座って、頬杖をついて退屈そうにしていた。
「暇なんだな、童話裁判の検事って」
「本案件など片手間ですから」
嫌味を言ったつもりが、あっさりと切り返されてしまった。
「起立!」
法廷内に声が響き、全員起立する。
裁判長が登場し、座ったことで全員が着席する。
裁判長が「カン」と木槌を叩く。
「それでは、審理を再開します」
事実関係の確認は、本来の手順では存在しないため、ここからが本当の控訴審となる。
「弁護側、立証を」
酒挽が立ち上がり、
「まずは、1番目の殺人未遂事件について、被害者である白雪姫に証言を求めたい」
そう言うと、スポットライトが当たったように一か所だけが明るくなる。その光が消えたかと思ったら、真ん中に白雪姫が立っていた。
一瞬驚いた酒挽だが、元々魔法超常現象何でもござれのメルヘン、童話世界である。これぐらいで驚く必要もないか、と思い直す。
裁判長が白雪姫に尋ねる。
「証人にお尋ねします。名前は?」
「白雪姫です」
「職業は?」
「王女です」
「所属世界は?」
「童話『白雪姫』で、主役をしています」
物語の登場人物が自分で自分の事を『主役』だと主張するのは不思議に思えた。だが、これがお決まりの手順なのだろう。
キイナがこっそり耳打ちをしてくる。
「裁判は記録されるので、証言者にはまず名前を言わせる必要があるのですよ」
誰に証言させたかを明確にするためらしい。
「それでは弁護人。尋問を」
裁判長が酒挽の方を見ながら指名してくる。
「それでは、白雪姫。あなたが狩人に森へと連れて行かれた件について、証言してください」
「わかりました……」
消え入りそうな声で応じた白雪姫は、少し俯き加減で証言を始めた。
「朝食後、狩人のおじ様から、森へと誘われました。
前日、お母様から『狩人に話をしてあるので、少し森で体を動かし、森林浴をしてきた方がいい』と言われておりましたので、ご一緒させていただくことになりました。
そして、薄暗い森の奥まで来たところで、馬から降りた私に、おじ様は刀を突き付けてきたのです。
私は必死になって訴えました。
『森の奥に行って、二度とお城には戻りませんから、お願いします』と。
おじ様は『お行きなさい』と言って、私を見逃してくれたのです」
狩人は、美少女から涙ながらに懇願されて、自ら手を下すことに躊躇したのだろう。
現場は、狩り場。猛獣だっている。狩人は、このまま逃しても、狼にでも襲われて殺されると思っていたに違いない。気分的には『お逝きなさい』だったはずだ。
「狩人が君に手をかけた理由を、狩人に尋ねましたか?」
「……お母さまから命じられた、と聞きました」
言いにくそうに小さな声でぽつりと白雪姫は答えた。
「どうして、お城にさえ戻らなければ命を狙われないと思ったのですか」
実際は、城に戻らなくても命の危険にさらされ続けることになるわけだ。
白雪姫は悲しそうな表情を浮かべながら答えた。
「私も王族の一人ですから」
「……具体的に答えてください」
「権力のためなら、身内の命を奪うことさえ厭わない。それが王族というものです」
白雪姫は、きっぱりと言い切った。
これが本当に8歳の少女なのか? 酒挽は背筋がゾクリとした。
世の中を達観しているというか、諦めているというか。
権力争い。
小さい時からずっと大人たちの争いの渦中に居続け、醜悪を見聞し、実体験してきたのだろう。
あまりにも切なすぎる。
でも、本当は違うのだ。白雪姫が命を狙われたのは、もっと私的なわがままだった。自分が国中で最も美しい女でいられるよう、自分より美しさが秀でていた白雪姫を殺害することで、王妃はその地位を確保しようとしたのだから。
「森に出かけることを誰かに話しましたか?」
「お母様が把握していましたし、それに行くことが大々的に広まると、護衛の者が大勢ついてきて、狩りの邪魔になると思って、誰にも言いませんでした。
ただ、狩人のおじ様の所に行った時、料理人のおじ様に会いました。狩人のおじ様に、夕食の材料をお願いしていたようです」
酒挽は、チラリとテールを見る。
しかし、頬杖をついたまま、つまらなそうにしている。証言を聞いているかどうかも怪しいものだ。
「弁護側からは以上です」
それが締めの言葉、ターンエンドを宣言する言葉だと、キイナに聞いていた。
「では、検察側からの反対尋問をお願いします」
テールが立ち上がり、白雪姫へと近づく。
「私が聞きたいのは一つだけです。あなたを殺そうとした狩人は、王妃に命令されたから、あなたを殺すと、確かにそう言ったのですね?」
「……っ」
白雪姫はひるんだように頷く。
「はいか、いいえでお答え願えますか?」
「は…い」
思わず立ち上がろうとした酒挽を、キイナが制する。
「情けはかけられないのです」
「どういうことだ?」
「童話裁判は全てが記録されますが、基本的に音声を記録します。今のような態度では、記録者の主観で、肯定、否定の印象を記録されてしまうので、回答を明確に引き出すしかないのです」
「検察側からは以上です」
テールは自席に戻りながら、言い放つ。
「弁護側。今の反対尋問に対する反証はありますか?」
酒挽が手を上げて立ち上がる。
「白雪姫。今の検察の質問に対する回答を正確にお願いしたい。狩人は『王妃に命令されたから、あなたを殺す』と言ったのか。それとも、あなたが狩人に尋ねたから『王妃に命令された』と答えたのか」
「異議あり。そんなのは、些細な表現の相違に過ぎません」
テールの異議に、酒挽は反論する。
「証言は、できる限り正確であるべきだ」
裁判長が木槌を叩く。
「検察側の異議を却下します。証人、狩人はあなたにどう言ったのですか?」
「私が聞いたから、お母様に命令されたと、答えてくれました」
「分かりました。以上で、白雪姫への尋問を終了します」
裁判長が木槌を叩くと、白雪姫が登場した時と同じように、証言台に一筋の明かりが差し込む。
光が消えた時、白雪姫の姿は消えてしまっていた。
「弁護側、立証を続けますか?」
裁判長の言葉を、酒挽は肯定する。
「続けて、料理人の証言を求めたい」




