第15話 控訴趣意書
予告どおり、ようやく裁判開始です。いつもより長めになってしまいました。
2019/04/18 セリフ回しを少し変えました。
2022/05/11 誤字訂正(誤)頬付え (正)頬杖
「キイナさん。聞きたいことがあるんだけど」
「何です、改まって?」
沈み込んだ表情の酒挽とは正反対に、笑顔でキイナが応じる。
「ここはどこ……」「法廷なのです」
間髪いれずに、どころか食い気味に答えが返って来た。
確かに法廷だ。裁判のニュースでよく出てくるものに思いっきりそっくり。これで「法廷ではない」と言われたら、果たしてここはどこなのかで、酒挽の頭は大混乱に陥っていただろう。
改めて周囲を見回す。
部屋の中は、跨げば超えられそうな程度に低い柵のようなもので半分に仕切られ、その半分には、映画館のようなイスがいっぱい並んでいる。おそらく傍聴人席と言われる部分なのだろう。
「で、何で俺はここにいるんだ?」
酒挽がいるのは、傍聴席ではない方の空間。右手側に少し高い演台のような場所があり、正面にはテールが頬杖をついて座っている。
この状況を突きつけられれば、酒挽の言うことは愚問だろう。だが、聞かずにはいられなかった。
「これから裁判が始まるからなのです」
予想どおりの答えがキイナから返ってきて、「ああ、わかっていたともさ」と酒挽は心の中でだけ悪態をついてみる。
「痴話喧嘩ですか?」
幼女のジト目が正面から遠慮なしに突き付けられる。
「そんな色気のある話に聞こえるか?」
「男女の一方が剣呑で一方が柔和な言い争いなぞ、痴話喧嘩以外の何物でもないと愚考しますが?」
「テールさんの言うとおりなのです。初めての弁護で緊張しているかもしれないのですが、私に食ってかかっても何の解決にもならないのです」
いや、そういう問題じゃない。
裁判と言えば、検察と弁護士が、証拠やら証言やらを互いに付きつけ合って、異議ありを連発するものじゃないか。
事件の関係者にも、ほとんど会わず、証拠も証言も何一つ検討していない。
そんな状況下で、常勝検事を相手に無罪を勝ち取ることなど、正気の沙汰とは思えない。
「弁護人」
頬杖をついていたテールが気だるそうに頭を持ち上げて、正面から酒挽を見据えてくる。
年齢は酒挽と同じだという見た目幼女は、その外見に似合わず、目力だけで酒挽に圧をかけてくる。
「……何か?」
その雰囲気にのまれないよう、落ち着いた態度で応じる。
「本件は控訴審。すでに第一審で一度結論が出ている事件です。今さら弁護人が難癖をつけたところで、結論がひっくり返るようなヤワな立証を、こちらはしていません」
「そんなの、やってみないとわからないのです」
「無駄な足掻きですね」
余裕の笑みを浮かべて、テールは背もたれに上半身を預ける。
仰け反っているような体勢は、こちらを見下しているような態度なのだが、いかんせん外見が外見だけに、お子様が大人ぶっているようにしか見えない。
酒挽は、息を一つ吐く。
「無駄かどうかは、君が立証したという内容を見せてもらってからの話だ」
落ち着いた声音。決して大きくないが、よく通る声が法廷に響いた。
テールは肩をすくめて応じた。
「……ま、せいぜい頑張ってください。ここは童話裁判所。物語の存否を賭けて言葉と証拠を交わす場です。あなたが当職の立証を覆すことができるか、せいぜいその力量を図らせていただきます」
そう言うと、テールはつまらなそうな表情を浮かべて、再び頬杖の形に戻る。
「むぅ……理香の言ったとおりなのです」
「……何を?」
嫌な予感しかしない。
「『トーリは土壇場に強いから、ぶっつけ本番でやらせるべき』と。これはまぎれもない事実なのですね!」
何て事を吹き込むんだ、理香は。
思わず頭を抱えそうになったところで、
「起立!」
という号令が法廷内に反響した。
テールもキイナも起立したのに倣い、酒挽も慌てて立ち上がる。
演台のような場所に、黒いテルテル坊主のような出で立ちの服を着た人物が登場する。
その人物が座ると、周りは何も言われなくても座ったので、酒挽も合わせて座る。
黒のテルテル坊主が「カン」と木槌を叩く。
「それでは、審理を始めます」
ああ、これが裁判長なわけか、と酒挽は誰にも説明してもらえないことに自分で解釈をした。
一連の儀式のように裁判長が注意事項を説明する。
「本件は、第一審の有罪判決後に、弁護保佐人により控訴された事件です。そのことを踏まえた上で審理を行っていきます。それでは弁護人。控訴理由について述べてください」
裁判長が酒挽の方を見ながら指名してくる。
「は?」
「はい、台本なのです」
キイナが横から『控訴趣意書』と書いてある紙を差し出してくる。
「これを、19時に全国ニュースを担当するアナウンサーばりに落ち着いて読み上げてくれればいいのです」
なんで『童話世界』の人間が、日本の公共放送を例に挙げたのかは分からないが、イメージしやすい的確なアドバイスであった。
酒挽はキイナから紙を受け取り、立ち上がってから、それを開く。
「本件は、被告人白雪姫が王妃を殺害したとして原審で極刑判決を受けたものである。しかし、原判決で、白雪姫が王妃を殺害したと認定した事実そのものに誤認があるため、破棄を免れない。よって、被告人は原判決を不服とし、無罪を主張するため控訴に至ったものである」
キイナの指示どおり、一定の速度で抑揚もあまり付けず、淡々と字面だけを追いかけた。
どうやら本当に読み上げるだけでよかったようだ。
裁判長が話を進めた。
「では、検察側。控訴趣意書に対する答弁をお願いします」
酒挽が着席するのと交代で、テールが立ち上がる。
「被告人の無罪主張は間違っております。被告人白雪姫が王妃を死に至らしめた事は、曲げようのない事実であります。白雪姫は、王妃を自らの結婚式に招待し、その宴の余興として拷問の上殺害したものであります。殺害は衆人の前で行われ、数多の目撃情報もすべて一致しております。これほどの確たる証拠及び証言のある中で被告人が無罪を主張する理由は、一切見当たりません。よって、被告人には、極刑をもって当たる、という原判決の維持をお願いしたいものであります」
全く台本なしにスラスラと答えるテール。
相当な自信があるように見受けられる。
「気をつけるのです」
キイナが耳元で囁く。
「……え?」
「何も見ず、淀みなく語られることは、あたかも真実のように錯覚させられるのです。特にテールさんは、有罪にするためなら手段を選ばない人なのです。巧みに虚実織り交ぜ、虚を真に偽装することを厭わない人なのです」
なるほど、道理だ、と酒挽は納得した。
堂々としていれば、疑われる可能性はぐっと低くなる。
演劇も同じ。
セリフを間違えたり飛ばした役者が、動揺の一つも見せずに涼しい顔をしていれば、観客はそいつが間違えたとは思いもしない。
「それでは検察。第一審の事実関係について説明を行ってください。弁護人は、今回に限り、不明点をその都度挙手の上、質問して構いません」
裁判長の言葉に、テールが気だるそうに立ち上がる。
「本来なら、前回の裁判記録を見てから出直して来るように一喝するところですが、スムーズな審理のためのキイナさんの『お・ね・が・い』を受けた裁判長の命令とあらば仕方ありません」
「テール検事。不要な発言は慎むように」
「仰せのままに」
テールは裁判長に恭しく頭を下げた。
どうやらキイナが裁判長に前回裁判の復習を依頼したらしい。
テールは、酒挽の方を真っ直ぐ見据えて話始めた。
「事件は、白雪姫と王子の結婚式のパーティ会場で発生しました――」




