第114話 白雪姫は狡猾?
「……え?」
酒挽は、理香の疑問に即答できず、思案する。
白雪姫は自分が行方不明になった理由として「狩人に殺されそうになったから逃げた」と手紙に記した。
一方で、小人の家で保護されている間に、命を狙われたことには触れていない。
だからそのまま隣国で保護されて、その国の王子と結婚に至る、という流れになる。
そんな構成になったのは「王妃が自分を殺そうとしているとは考えられない」からだと、白雪姫は答えた。
――嘘は言っていない。仮にそこで話を止めても、成立はする。だけど……。
白雪姫は、狩人が自分の命を狙ったのは「王妃に命令されたから」と手紙に付け加えている。狩人のからの伝聞、という形で。
「行方不明になっていた理由を説明するのに必要なことなのです。白雪姫は自分で『城には戻らない』と宣言したのです。行方が分かってしまえば、城に連れ戻される可能性もあるのです」
「だから、王妃に命を狙われていることを匂わせる必要があった、と言いたい、と?」
「なのです」
理香の確認に、キイナはドヤ顔で応じる。が、理香は首を横に振る。
「姫が『城に戻らない』と言ったのは、狩人に命乞いをした時のはずだな? であれば、命乞いのシーンは絶対に省略はできまい?」
「う……」
キイナの言葉が詰まる。
そう。手紙の内容は中途半端なのだ。
白雪姫が言葉どおり、王妃が自分を殺そうとしたことが信じられないと言うのなら、狩人から「王妃の命令で殺されそうになった」と書き記した情報は蛇足以外の何物でもない。
よしんば単なる事実として狩人から教えられた言葉を書き記すとすれば、自分は母親を信じているが、事実命を狙う者がいるから「二度と城に戻らない」と告げて見逃してもらったことも説明するべきだった。
白雪姫は、自分が言うとおり王族だ。嫉妬で命を狙った王妃の他にも、命を狙われる理由はいくらでもある。本人が達観していたように「権力のためなら、身内の命を奪うことさえ厭わない」。そんな環境のど真ん中にいるのだから。
「……なるほど」
酒挽はため息交じりにそんな台詞を零す。理香はそれに視線だけを向けた。
「つまり理香は、白雪姫がワザと裁判に負けるように証言していると、言いたい訳だ」
理香は首を横に振る。
「それなら姫は王妃への殺意をもっと曖昧に否定しているはずだ」
白雪姫が裁かれている罪状は「殺人罪」。人を殺したことに対する罪ではあるが、殺意がなければ過失致死にとどまる可能性のある罪だ。
そして白雪姫は殺意を強く否定した。
裁判でワザと負けるつもりなら、あれほど強く否定はしないだろう。
よくわからない、という感情が、酒挽の表情に出たのだろう。
「だからボクは『姫まで怪しく思えるじゃないか』と言っているわけなのだが……」
理香はそこで言葉を切る。つまりそれは白雪姫を疑っていないのか、と酒挽は考える。
が、結論を出すのは、その先の言葉を聞いてからの方がよさそうだ。
理香は一呼吸置いて、話を続ける。
「それにしては姫が『未必の故意』を独白する内容がおかしいような気がしてな」
「内容が、おかしい?」
酒挽は思わず聞き返す。
「それはそうだろう? キイナ。君は確か、その証言の直前に『黙秘権』を主張したのだったよな?」
「なのです」
「にもかかわらず、姫は証言をした。それも、幼女検事が『王子に話したことが影響したと思わないか?』という質問に対して、だ。
対象は王子にもかかわらず、姫は、自分が王妃から狙われていることを、皆に話した、と証言した。そして実行犯は、王子ではなく『誰か』だと」
キイナが手を挙げる。
「正確には、『王子や身の回りの人に話した』から始まり、『みんなに話した』に至るのです。その結果を受けた『誰か』発言だと思うのですよ」
白雪姫の証言は、独白のように長かった。いつの間にか、そんな変遷をしていたらしい。
「幼女検事からすれば、実行犯に命令したのは『王子』で、姫は王子を唆した立場になる。一方、姫の証言だと、自分の周り――王子の周囲に王妃から命を狙われていると吹聴したから、『誰か』が王妃を殺してくれたことになる」
白雪姫が王妃の死を願っているとは思えない酒挽は、その言葉に同意できなかったが、敢えて反論せずに、理香の次の言葉を待った。
「姫は、幼女検事の質問に対して『誰か』と敢えて言及した。これが『王子』のままではいけない理由があると思わないか?」
その言葉を受けて、キイナが「あっ」と声を上げる。
「教唆、なのです」
「教唆?」
酒挽が聞き返す。
「他人を唆して、罪を犯させることなのです」
殺人における教唆の罪は、唆したことで実行犯が被害者に殺意を抱いたか否かが問題になる。
今回の場合、王子は隣国の王妃――白雪姫の母親には、最初特別な感情を抱いていなかったに違いないい。
ところが、死体をお持ち帰りするぐらい愛して止まない白雪姫を執拗に殺そうとした王妃に対して、話を聞いた王子が殺意を抱かないわけがない。
だから、テールは「王子」に限定して質問をしたのだろう。
白雪姫はそれに対して「誰かが」とわざわざ言及して回答している。
「もし、白雪姫が『誰かが』と言わなければ、テールさんは、白雪姫が王子に殺人を教唆したと理論構成をしてきたかもしれないのです」
「故に、姫の証言を聞いた幼女検事は、とっさに『未必の故意』に変更せざるを得なかった――そう考えると、姫は非常に狡猾に裁判をコントロールしているように思えてしまうわけだ」
理香は肩を竦める。
「これで、ボクが『姫まで怪しく思える』と言った理由が理解できたかな、当利」
「白雪姫にそんなリスクを背負う理由はないと思うが?」
だから、考え過ぎなのだろうと思える。
「だが、一歩間違えば殺人教唆。間違えなくても未必の故意を誘導する質問に、わざわざ姫が『誰かがやってくれたのかもしれない』『自分が母親を殺したと言われても仕方がない』とまで言及する理由はない。王子や周辺に、自分が話したという事実だけを告げて終わりにすればよかっただけだと思わないか?」
そうすれば、テールが自分の望む答えを引き出すために、あれこれと質問を浴びせることになる。その質問と回答が細切れになれば、酒挽達は、異議を差し挟む余地もでてきただろう。
なのに、白雪姫は、自分でテールが「未必の故意」を宣言する内容まで一気に独白した。
酒挽は、理香の推理に反論のしようがなかった。
「……それほど深く考えることもない。要は、姫の証言にも、細心の注意を払ってくれれば、済む話だ」
結局、理香は白雪姫すら、素直に信じられなくなったらしい。それが、酒挽が理香から読み取れる結論だった。




