第113話 白雪姫の疑わしい証言
「当利、君は少し自重するべきじゃないか?」
童話世界から戻った酒挽とキイナは、いつものとおり、理香の部屋にあるベッドに並んで腰を下ろしていた。対峙する理香は、パソコンの乗る机の前にあるイスに座ってる。
その状態で裁判の説明を受けた理香が、眉間に皺を寄せてそんなことを言い出した。
「……何を自重しろと?」
言われている内容が理解できず、酒挽も、眉間に皺を寄せながら応じる。
「怪しげな証言を引き出し過ぎなんだよ、君は。姫まで怪しく思えるじゃないか」
「元より被告人なのです」
キイナが余計な合いの手を入れてくる。
「いやいや、弁護側のキイナがそれを言ったら終わっちゃうじゃないか」
酒挽は半ば悲鳴を上げるがごとく主張する。弁護側である以上、白雪姫の無罪を信じる立場が前提のはずだ。
「一般論なのです」
確かに肩書は容疑者よりも一段上ではある。理屈では推定無罪が働いているとはいえ、第一審で極刑の判決を受けた立場だ。心情的には、犯人だと考えられても仕方がないだろう。その有罪を立証した検察に至っては、白雪姫を犯人だと決めつけていることだろう。
「だからこそ、そこがわからんのだよ」
理香は腕組みをして天井を見上げる。
1学期終業式の後、程なくして童話世界に旅立った二人は制服姿のままだったが、理香は私服――ラフな部屋着に着替えていた。
組んだ腕の上に、それなりに豊かな双丘が乗り、その存在感を主張している。
「そこ?」
理香の指示代名詞の意味するところが、酒挽には理解できない。
「キイナの言うとおり、姫は被告人だ。進行中の裁判では、無罪を主張する立場にある」
先の審理で酒挽が確認したとおり、白雪姫は明確に母親への殺意を否定している。であれば、殺意の存在が前提となる殺人罪については、白雪姫は当然無罪を主張することになる。
「にもかかわらず、姫は自ら『未必の故意』と捉えられる可能性のある発言をした。検察側からすれば、自白してくれたようなものだ。これを、裁判記録が残される法廷でわざわざ行った……何か意図があると思いたくもなるだろう?」
「考え過ぎだと思うのですよ」
キイナが手を頬に添えて首を傾げながら、言葉を続ける。
「だって、即座にトーリが論破したのです」
「ていうか、あれじゃ『未必の故意』とやらは成立しないだろう?」
発生した結果を見てから、過去を振り返って「そういえば……」なんてことで未必の故意を成立させていたら、いくらでもこじつけて、結び付けられる。
あくまでも、その行動を取った時に、意図があったかどうかが問われるはずだ。
「にもかかわらず、幼女検事は『未必の故意』の成立を宣言した」
口元に手を添えて、少し俯き加減になりながら、理香は呟く。
「そういえば『未必の故意』の話が出た時、顔真っ青だったな、キイナ」
それは、キイナも「未必の故意」の成立を覚悟したことの表れとも言える。
「当然なのです! 『私が母親を殺したと言われても仕方がない』という発言が、裁判記録に残るのですよ!? 事実上の自白だと言われたって仕方がないのです!」
「……今何と言った?」
理香の鋭く光る眼光が、キイナを捉える。
「え? 事実上の自白だと言われたって仕方がない……」
「その前だ」
「『私が母親を殺したと言われても仕方がない』という発言が、裁判記録に残るのです……?」
額を抑える仕草をしながら、理香は尋ねる。
「間違いなく、その発言を姫はしたわけだな?」
「なのです……何か問題なのです?」
小首を傾げながら、キイナは尋ねる。
酒挽には、何となく理香の懸念が理解できた。確かに白雪姫の発言は、被告人の立場では絶対に言わせてはいけない類のものだ。
「今回の審理は、第一審の結果を踏まえた控訴審だというのが問題だ。キイナ、控訴趣意書には何と書いた?」
「『本件は、被告人白雪姫が王妃を殺害したとして原審で極刑判決を受けたものである。しかし、原判決で、白雪姫が王妃を殺害したと認定した事実そのものに誤認があるため、破棄を免れない。よって、被告人は原判決を不服とし、無罪を主張するため控訴に至ったものである』……なのです」
こんなのコピペなのです! と主張しただけのことはあって、キイナは淀みなく内容を復唱する。
「そう。『王妃を殺害したと認定した事実そのものに誤認があるため、破棄を免れない』から『原判決を不服とし、無罪を主張するため控訴に至った』わけだ」
理香がまるで舞台台詞のように、ゆっくりと、大切な部分を強調するように語った。
「あ……っ」
キイナが小さく叫ぶ。
第一審で白雪姫は、王妃を殺害したと認定され、極刑の判決を受けた。
今行っている第二審は、その第一審で認定された内容に事実と異なる部分があり、それらの内容を基に下された判決に影響を及ぼすことを、控訴人――弁護側が立証して見せる、と啖呵を切っている状況だ。
「にもかかわらず、被告人自身が、あたかも自分にかけられている容疑を容認したかのごとき趣旨の発言をしたことになる」
その発言自身が、問題だと理香は言う。
「……まぁ、言ったものは仕方がないんじゃないか? 白雪姫が不用意な発言をした、程度で考えるしかないだろう」
「それで幼女検事が納得してくれれば、な」
理香は、何かをあきらめたかのように、遠い目をしながらため息を一つ。
「でも、だからって『白雪姫自身が怪しい』なんてところに結びつくとは思えないんだが」
腕組みをして酒挽が疑問を呈する。白雪姫の「未必の故意」発言は、うっかり口を滑らせた、程度のインパクトしか感じられない。
「当利の言うとおり、姫の『未必の故意』発言だけならば、口を滑らせただけだと考えることも不可能ではないのだがな……」
一拍間を取って、理香は目線だけを酒挽に向ける。
「姫は狩人に命乞いをしたことを手紙には書かなかった。結果的に、姫は自発的に狩人の魔の手から逃れたように見える手紙を書いたことになった」
その点は、白雪姫が証言していたことだ。
「なぁ、当利。ボクに教えてくれないか? 『王妃が自分を殺すとは思えない』から、そのような手紙の書き方をしている姫が、敢えて『狩人から聞いた話』という体で、『王妃に命を狙われている』と手紙に書く理由を」




