第111話 白雪姫の殺意――反証(その1)
すみません。予定時間より20分近く遅れてしまいました。
次の日曜日までに3話投稿する、の2話目です。
火曜日に第110話を投稿していますので、まだご覧になっていない方はそちらからお読みください。
2019/11/01 02:15頃
・『テール』と書くべきところを『キイナ』と誤記していたところを訂正
・酒挽のセリフ中の『被害者』を『王妃』に修正
・長台詞中の引用部分を『 』で囲み、見やすさを改善
・言葉が足りないと思われた部分に説明文を補足
「トーリ……」
真っ青な顔で泣きそうな表情を浮かべて、キイナが酒挽を見つめてくる。
「殺人罪の成立には『殺すつもりだった』という故意――いわゆる『殺意』が必要なのです。第一審では、直接殺意を立証する証拠はなかったのですが、白雪姫が王妃に直接的に3回、間接的に1回殺されかけていることを傍証として、殺意が認定されてしまったのですよ」
4日連続で自分を殺そうとした人間に対し結婚式の招待状を出しておびき出し、のこのことやって来たところで殺害する、というのが、第一審でテールが裁判所に認めさせた事実だった。
「王子は、白雪姫の『自分を殺そうとした人物が王妃だとは思わなかった』という証言を立証しきれなかったのです」
第一審は、今行っている第二審とは異なり、検察側の立証からスタートする。主導権を握っていた検事テールは、4つの白雪姫殺人未遂事件の犯人が同一人物だろうとなかろうと、「白雪姫が王妃に殺されかけたと思っている事実だけがあれば逆恨みして当然」という理論構成で、極刑の判決を勝ち取った。
「王妃に招待状を出したのが、白雪姫自身だったのも決め手にされてしまったのです」
白雪姫の命を執拗に狙っていた王妃なら、生きていることを知れば間違いなく殺しに来る。
しかし、小人の家と違い簡単に入り込むことのできない隣国の王城。
そこへ渡りに船とばかりに結婚式の招待状が届く。招待状を提示すれば、簡単に内部へと侵入可能。おまけに「お祝いの品」という名目で、殺すための道具の持ち込みも可能になる――だから王妃はまんまと結婚式の会場へと足を運び――処刑された。
「つまり、テール曰く『白雪姫が王妃に出した招待状は、王妃をおびき出すための道具だった』というわけか」
酒挽の言葉を、キイナは首肯する。
「これで白雪姫が『未必の故意』を認めてしまえば、『殺意があった』ことになって、逆転無罪の目は完全に潰されてしまうのです」
だからこそ、テールはあれほどまでに勝ち誇った笑みを浮かべているのだろう。キイナは、その表情を見ることができないのか、俯いてしまった。
「弁護側、反証しますか?」
裁判長の声が法廷に響く。
「はい」
間髪入れない返答。と同時に席を立ち上がる。酒挽は無言でキイナの頭を軽くポンと叩いてから、証言台に立つ白雪姫へと近づいていく。
「……トーリ?」
顔を上げたキイナが一瞬だけ見えた酒挽の横顔が、不敵に笑っているように見えた。
白雪姫の横に立った酒挽は、微笑を浮かべて優しく問う。
「あなたは、王妃――自分の母親を殺そうと思ったことがあるのですか?」
白雪姫は、目を見開く。
「そんなことは、決して!」
大声で否定してきたことに対し、酒挽の口調はあまり変わらない。むしろ、白雪姫に言い聞かせるようにゆっくりと語りかけるようにして尋ねる。
「つまり、あなたには、王妃に対する殺意はなかった、という認識でよろしいですか?」
「……はい」
酒挽の話し方に引っ張られたのか、落ち着いた声音で白雪姫は断定する。
「では次に、あなたは『自分の母親が殺されても構わない』と思いながら、『何度も命を狙われた』と周囲に吹聴していたのですか?」
「そんなつもりは……ありませんでした。ただ、今にして思えば、それが原因なのではないかと……」
「なるほど。つまりあなたは、王妃が殺害されたことを顧みて、自分が『王妃に殺されかけた』と説明したことが原因ではないかと考えたわけですね?」
「はい、そうです」
酒挽はその答えを聞いて、証人席を離れる。
「おわかりでしょうか? 白雪姫は『王妃に命を何度も狙われた』と王子に説明した時、『誰かが自分を守るために、王妃が殺されてしまうかもしれない』という想定をしていません。王妃が殺害されたという結果が生じた後、過去を振り返ってみたら、自分の発言が原因の可能性があると考えたに過ぎません」
視線をテールに固定して、酒挽は宣言する。
「『王妃を殺害しよう』『誰かが殺してくれるかも』という意思がない状態で『変装した王妃がやったに違いない』という小人の推理を披露するだけでは、『未必の故意』は成立しません」
「異議あり!」
テールは手を挙げてゆっくりと立ち上がる。
「生じてしまった『被害者の死亡』という重大な結果からすれば、『そんなつもりはなかった』と弁護側が主張するのは当然のことでしょう。直接手を下した場合でもよく聞く言い訳です。ナイフを相手の体に突き刺して『殺すつもりはなかった』――そんな詭弁が通らないのは、おわかりになるでしょう?」
「果たして詭弁かな?」
「詭弁でしょう? 重大な結果が生じる可能性がある――『まさかそれが相手が死ぬことになるとは思わなかった』というだけの話ですよね。そもそも被告人は、長きにわたり棺に入っていなければならなかった理由だけを語れば事足りるのに、当日中に意識を取り戻した2つの事件までも説明しているのですよ? それも『小人によれば被害者に違いない』なんて根拠のない推論と一緒に」
「確かにな」
酒挽が、あっさりとテールの主張に同意する。キイナはそれを聞いて青かった顔が、血色の失われた白いものへと変わる。
「だとすると、検察側の主張は、王子の証言と矛盾することになるんだが?」
「――はい?」
不機嫌な顔を見せて、テールが聞き返す。
「そもそも、なぜ王子は、王妃が死ぬ原因となった真っ赤に熱せられた鉄の靴を用意したんでしたっけ?」
「っ!?」
酒挽の言わんとすることが、テールにもわかったのだろう。今度は向こうが顔面蒼白となる。
「おわかりいただけましたか? 王子はあの靴を、白雪姫に不敬を働いた棺の運搬人4名を公開処刑するために用意したんです。それも、白雪姫の母国との戦争を回避するために。『あれは国の意思ではなく、棺の運搬人が個人として暴行に及んだものだ』と主張するために。
にもかかわらず、隣国のトップである王の妃を処刑しようものなら、確実に戦争突入ですよ。
もし白雪姫に『未必の故意』があるとするなら、それは王妃の殺害なんて生ぬるい目的ではなく、母国との戦争を引き起こすという結果を待ち望んでいたことになるはずです」
「そんなこと、考えたこともありません!」
白雪姫の大きな声が響き渡る。
「そう。事は『王妃の殺害』なんてところで留まる話ではないんですよ。白雪姫の嫁ぎ先と生まれ故郷の間での戦争――それが起きなかったということは、白雪姫の与り知らないところで、王妃の殺害という事件が起きた可能性があると言えるんです」
次回は日曜日夜投稿予定です。




