第110話 白雪姫の殺意――空振りの証言と痛恨の一撃
「トーリ……本当にいいのです?」
隣に座るキイナは、不安そうな表情を浮かべて尋ねてくる。
童話裁判所の弁護側の席に座る酒挽が、フゥ、と息を吐き、
「いいの」
と、応じる。それに対してキイナは、
「なら、いいのですが……」
そういいながらも、少しへの字に結ばれた口元が、納得いっていない様を示していた。
とはいえ、正面には、いつものとおり気だるげに頬杖をついて座っているテールがいる以上、下手なことを話すわけにもいかない。
テールは、こちらの様子を窺ってはいるが、何もして来ない。今の会話が聞こえていれば、茶化してきてもおかしくはないのだが。
向こうも、こちらがどう出てくるか、読めないから押し黙っているのかもしれない。
物語の流れで言えば、次は王妃の殺害が審理されることになる。
だが、酒挽とテールの間で、王子とメイドに再証言を求める同意もされている。
どちらが先に来るか。テールはそんなことを考えているのではないだろうか、というのが、酒挽の予想だった。
「起立!」
号令が法廷に響き、全員が起立する。そんな中を、裁判長が入廷してきた。
裁判長の着席に合わせて、全員が座る。
木槌の音が響き渡り「審理を再開します」と、裁判長が宣言する。
「弁護側、立証を」
そう言われて、酒挽が立ち上がる。
「それでは、白雪姫の棺の運び手5人の1名に証言を求めます」
しかし、証言台には誰も現れなかった。
「テール検事」
「……何ですか?」
テールは訝し気に酒挽のことを見てくる。
「確認します。先の審理で、王子は白雪姫の棺の運び手4名を処刑した、と言いましたよね?」
「仰る通りです」
「そして運び手と一緒に白雪姫に付き従っていたメイドは、運び手5名でローテーションを組んでいたと証言しましたよね?」
「……そうですね」
テールは、何かを察したようにため息交じりで応じてくる。
「であれば、棺の運びでは1名存命のはずですが、検察側はその所在について確認しましたか?」
「いいえ。確認しておりませんが……調査しますか?」
「そうですね。一応念のために、お願いいたします」
そう言うと、酒挽は「以上です」と言って座ってしまう。
案の定、召喚されなかった。想定通りのことだ。
もう一人の棺の運搬人は、現場を直接見ていない。だから「白雪姫」の審理で証言を求められることはない――王子とメイドは、そんな想定を立てていたと、酒挽は推理した。
「これで一手を向こうに渡すことになったのです」
「だけど、メイドの王子の証言が食い違っている点を、もう一つ見つけることができた」
テールから再証言の確約を取り付けたネタは、りんごを食べた後の白雪姫の状況に対する認識の差異だ。
王子は、白雪姫が、意識がなかっただけと認識し、メイドは、死んだと認識していた。
しかしそれはある意味こじつけでしかない。王子は後で白雪姫が生き返ったから意識がなかっただけとも捉えられる証言をしている。
つまり、事後の事象を受けて、前提の認識を後から変えた、とも解釈可能だ。
テールのことだから、王子への反対尋問では、そんな質問をしてくることが想定できる。だから、もう一つ客観的に齟齬が生じている証言を確保したかったのだ。
「では、検察側の反対尋問を」
弁護側の証言がなくても、反対尋問だと裁判長は宣言した。
テールはゆっくりと立ち上がり、平坦な口調で告げた。
「被告人に証言を求めます」
証言台に光が差し、白雪姫が現れる。
裁判長がいつも通りの定型質問をし、主導権をテールへと譲渡する。
「さて被告人。あなたは7人の小人に対し『自分は王妃に命を狙われている』趣旨の話をしたと証言しました」
「……はい」
「王子は、あなたが意識を取り戻した後、境遇について話を聞いたと言っていましたが、何を話したのですか?」
白雪姫は、困ったような表情を見せて、弁護側の席に視線を向けて来た。それに対してキイナが頷いたので、白雪姫は少し俯いた状態で、答えを絞り出す。
「狩人から森に連れられて、命を奪われそうになったことと、見逃してもらったこと。小人さんたちの家に、命からがら逃げ込んだこと。物売りのおばあさんから買った胸ひもで殺されかけたこと、買った櫛で意識を失ったこと、りんごを食べて以降のことを覚えていないこと。全部をお話ししました」
「狩人から命を奪われそうになったのは、被害者――つまりあなたの母親の命令を受けたことも、話しましたか?」
「はい……話しました」
「胸ひもを売りに来た物売りは被害者の変装だという話は?」
「小人さんにそう言われた、という話はしました」
「櫛を売りに来た物売りが被害者の変装だという話は?」
「それも、小人さんに言われたことを話しました」
「りんごを売りに来た百姓の話は?」
「話しましたが、それがお母様の変装の可能性があることは、話していません」
何を問われているのかが理解できていたのだろう。白雪姫はそう証言した。
「それで、被害者の変装の件を、小人の憶測だと話をした点について、あなたは自分の見解を王子に伝えましたか?」
「……いいえ」
白雪姫は先の審理で、再三にわたり物売りが王妃と同一人物だと思ったかを問われ、別人だと思った、と証言している。
「まずいな……」
酒挽が呟く。
白雪姫自身が、物売りや百姓を王妃ではない、と認識していたにもかかわらず、小人が推理した「王妃の変装」という内容だけを王子に伝えたということは、白雪姫自身もそう認識していたと王子に思われている可能性が高くなる。
「さて、あなたからの話を受けて、王子は結婚式当日、真っ赤に熱した靴を用意し、被害者はそれを無理矢理履かされて死ぬまで踊り続ける羽目に陥ったわけですが、それはあなたが王子に伝えた内容に影響された結果だと思いませんか?」
酒挽が手を挙げる。
「異議あり。それは検察の推論でしかない」
「しかし、きわめて妥当性の高い推理だと思いますよ? もちろん、再尋問を控えている王子にも、同じ内容を確認するつもりでいます。ですから、ここで被告人の認識を確認する必要があります」
木槌が響く。
「弁護側の異議を却下します。被告人は質問に答えるように」
裁判長が促す。
「裁判長。被告人には黙秘権があるはずなのです」
キイナが手を挙げて、裁判長に異議を申し立てる。そういう意味では「質問に答えるように」という言い方は不適切だ。
「明確に黙秘権の行使の意思を告げることも、質問に答えるという意味で言っています。念のため申し添えます」
取ってつけたような理由を裁判長は述べる。童話裁判の記録が、基本的にすべて発言内容で占められていることが原因なのだろう。ただ、黙っているだけでは、黙秘権を行使しているのか、黙っているのかも分からない。
ちなみに、キイナ曰く「沈黙の時間が何秒間」という記録を記録係が行わないので、検察か弁護人がわざわざ「もう1分も黙ったままですか」等と発言しないといけないという。
白雪姫はしばらく俯いていたが、意を決したように顔を上げる。
「確かに私は、お母様から何度も命を狙われていたと、王子や身の回りの世話をしてくれている人に話しました。物売りや百姓は、お母様が変装していたと言ったことも間違いありません。でも、今冷静に考えてみれば、変装の証拠は何一つないのです。なのに私は、お母様に命を狙われたと、みんなに話してしまいました。もしかすると、私の命がこれ以上狙われることがないよう、誰かがやってくれたのかもしれません――だから、私が母親を殺したと言われても仕方がないのかも、しれません……」
場内が、シン、と静まり返る。酒挽もキイナも、言葉を発することはできなかった。ただ、呆然と白雪姫を見つめるだけ。
「未必の故意の自覚ありと捉えさせていただきます」
「密室の恋?」
酒挽が聞き返す。
「み・ひ・つ・の・こ・い!」
テールはわざわざ一音ずつ区切って言い直した。
「……未必の故意とは、結果の発生を積極的に意図してはいないのですが、その結果が『生じるかもしれない』と思いながら実行する心理状態なのです」
キイナが説明してくる。
「おわかりですか、弁護人? 確かに被告人は、被害者を殺そうという直接的な意図はなかったかもしれません。ですが、『誰かが自分の身を守るために、被害者が殺されてしまうかもしれないけど構わない』という意図で『被害者に命を何度も狙われた』と言いふらしたと認めているのですよ? そして、結果、被告人のそんな心理を忖度した何者かにより、被害者は殺害された。これは明確に殺意をもって行われた殺人です」
テールが勝ち誇った表情で最後に宣言する。
「検察側は以上です」
今度の日曜までに、あと2回更新予定です。
2019/10/31 01:40 誤字の訂正と、冒頭部分の言い回しを変えました。話の内容に大きな影響はありません。




