第109話 漏れた情報の中身
少し遅くなりました。
先週日曜日から、火曜日(107話)、土曜日(108話)を投稿しています。
お読みになっていない方は、そちらからお願いします。
「わからなんな。それと、漏洩がどう結びつく?」
「おそらく理香は、童話のエピソードを拾い集めて再構築した結果として、『森の姫君』を書いたのです。エピソード同士を結びつけたのは、おそらく夢の中。もしかすると理香は、無意識のうちに童話世界にアクセスして、エピソードの欠片を収集していたのかもしれないのです。
そして、夢の中でそれらをある程度結びつけ、意識のある時に、しっかりと物語として組み立てたと考えられるのです。
その時に、テールさんが、何らかの方法で理香の夢を覗き見たのです。
理香は、それをテールさんに直接指摘されたのでは、ないですか?」
ここまで具体的に指摘されれば、認めざるを得ない。
だが、可能性を二つ潰す必要性がある。
「だが、それなら当利にも可能性があるだろう? 当利は『白雪姫』を知っているのだ。そっちで夢に干渉して情報を抜くことは、不可能ではないと思うが?」
「その二択で理香だと断定したのが、追試の問題を閑梨から受け取った後の、理香の不自然さなのです。理香はその時、テールさんに直接会って、そのからくりを告げられたのではないですか?」
「ああ……」
結局そこに行き着くのか、と理香は痛感する。キイナの推論は、理香の不自然な態度に端を発していると言っているに等しい。
「理香は、トーリとの思い出を取り戻すのに必死だったのです。なのに、テールさんからその話を告げられたから、自分がトーリの足を引っ張っていると思って、だから動揺したのでは、ないのですか?」
図星を突かれた。
思い出が消える――それは嫌なことではある。が、もしかしたら、酒挽を傷つけた発言も、なかったことになるのではないか――酒挽がどれだけ大切にしていたかもわからない「白雪姫」という物語に対する思い出を踏みにじった、あの発言が。
そんな狭間で気持ちが揺れ動き、負けた方がいいのではないかとすら考えたこともあった。
今思えば、相当精神的に追い詰められていたのだろう。
「あの時の理香は――ベッドで何かに怯えるように震えていて、可愛かったのですよ」
キイナは悪戯っぽく笑う。
それでもあの時のキイナは、そっと後ろから抱きしめてくれた。優しい言葉もかけてくれた。
理香がなぜそんな状態になってしまったのか、理由を一切問うことなく。
もしかして、あの時からもうキイナはわかっていたのかもしれない。そんな気にさせられる。
「ボクが幼女検事から何を言われたかなんて、分かっているみたいじゃないか」
理香がすねたような口調で抗議する。
「憶測を確定情報として勝手に取り扱うと、事実が異なった時に手痛いしっぺ返しが来るのです。情報を確定させることは、大事なことなのです」
それは間違いのない事実だろう。
であれば、もう一つの可能性を確認しておく必要がある。
「今の話では、幼女検事がボクの夢を覗き見たのは、ボクが『森の姫君』を書いた後の話になる。
しかし、ボクがこの台本を書いたのは、当利が弁護人となる直前の話だ。
なのに君は、幼女検事が第一審より前からボクの夢を覗き見ていたと言った。
……話が矛盾していないか?」
テールは首を横に振る。
「第一審が始まった時は、まだ人間界には『白雪姫』が普通に存在していたのです。その時、誰の夢を覗き見たのかが重要なのですが……言っておくのですが、童話世界の住人皆が皆、人間界の住人の夢を覗き見られるなんてことはないのですよ?」
そこで理香はふと考える。
テールは間違いなく、幼少の頃から理香の夢を見ていた、と言った。そして理香自身も、夢の中で時折テールの姿を見ている。
だからこそ、キイナがスマホで撮ってきたテールの写真を見て、びっくりしたのだ。
理香は正直にそのことを告げる。
「なるほど。でも、安心していいのですよ」
「安心?」
「理香が懸念していたのは、テールさんに理香の思考が覗き見られることだと思うのです」
それは確かに間違いない。理香は首肯する。
「でも、それは不可能だったのです」
「なぜ、そう断言できる? 夢を覗き見ることができたのなら、思考も読み取ることも不可能ではないだろう?」
テールは、意図的に干渉して、理香に白雪姫の夢を見させた。干渉して夢を好きに見せることができるのなら、夢見るまでの思考過程にも干渉できなければおかしくはないか。
「もし、理香の思考まで見ることができたのなら、テールさんはとっくの昔に『七人の小人』に対する証言の対策を打てていたのです」
証人として召喚すると7人全員が証言台に登場する「七人の小人」。理香はその個体を特定する修飾語を付加することで、個人を特定する方法にあっさりとたどり着いた。
「それに、胸ひもによる圧迫で意識を失わせる方法についても、テールさんは抗弁できなかったのです」
「……つまり、幼女検事は、ボクが見たストーリー性のある夢しか覗き見ることができない、と?」
「私は『覗き見る』という言葉が、間違っていると思うのです」
「……どういうことだ?」
「テールさんは、文字通り『カンニング』したと思うのですよ。理香の見ていた夢を映像として覗き見たのではなく、理香が見る夢を、物語のテキストとして入手したと思うのです。
私が弁護保佐人として人間を弁護人に選ぶのも、物語をテキストとして把握しているからこそなのです。テキストであれば、登場人物が気づかない状況や、証人として召喚できない者の心理まで入手できるのです。
それはテールさんでも同じだと思うのですよ」
それで理香は思い出す。テールが「童話を知る『人間』は、登場人物らが知りえない情報や事実を知っています。私がどんなに事細かに事情聴取をして情報を掻き集めても、人間が知る童話の情報量には、敵わないのです」と言っていたことを。
そのことを告げると、キイナは「なのです」と呟く。
「理香から流れた情報は、トーリの知る情報を上回ることはないのです。だから安心して普通に眠っていいのですよ」
キイナは、「どうぞ」とばかりに、理香の座るベッドに向かって手を伸ばした。あたかも、二度寝しろと言わんばかりのようだ。
「さすがにそろそろ学校に行く支度をしなければな。シャワーを浴びて来るから、少し待っていてくれ」
「待っているのです」
キイナの言葉を背に受け、理香は部屋から出て扉を閉める。
理香の頬を、涙が滑り落ちていく。
胸に去来していたのは、安堵の感情。心の中に堰き止めていた何かが一つ、取り除かれた。そんな気持ちがしていた。




