第108話 テールが資料を確認した理由
日曜日までに3話投稿、の2投稿目です。
第107話を火曜日に投稿していますので、ご覧になっていない方はそちらを先にご覧ください。
【2019-10-27 21:10頃 前書きを追加】
「……で、ボクが幼女検事に情報を渡したと?」
理香は不敵な笑みを浮かべて応じる。
キイナの理論は、強引というより暴論に近いだろう。
もっとも、理屈はどうあれ、キイナの指摘が正解なのが、理香には痛手ではあるのだが。
「私は『情報を漏らした』と言ったはずなのですよ?」
理香は表情に出すことなく、内心で舌打ちをする。「渡した」と「漏らした」は、似たようで天と地との差がある。
能動的に「渡した」ことに対し、「漏らした」では、意図せずに――かけられたカマに見事に引っかかって口を滑らせたとか、書き留めたメモを置き忘れてしまったとか――相手に情報が渡ってしまうことも含まれる。
それこそ、テールが白状したように、夢に干渉して理香が無意識であるうちに情報を抜き取られることも含まれてしまう。これでは言い逃れもできない。
「……幼女検事に何を言われたのか、素直に答えれば、当利には言わないという約束だったな」
「なのです」
キイナはそう応じた。
もし、カマをかけてきたのなら「やっぱりテールさんと会っていたのですね」と突っ込んできただろう。つまりキイナは、理香とテールがどこかで会っているという確信があるのだろう。
「その前に教えてくれないか? なぜボクが幼女検事と会っていると思ったのだ?」
「勘なのです!」
キイナはドヤ顔でそう言い切った。
しばらくその顔を見つめていた理香は、溜息を一つつく。
「……説明が面倒だからと、そんな一言で片づけられると困るのだが?」
キイナは「チッ」と、わざとらしく舌を鳴らしてから、にっこりと微笑む。
「やっぱり理香は何でもお見通しなのです」
「キイナも大概だがな」
理香がテールと会ったのは紛れもない事実だ。それも、理香の方からアクションを起こして。
だが、会ったからと言って、その時に情報が漏れたわけではない。
テールが勝手に理香に童話関係の夢を見るように誘導し、それを外から覗き見ることで、童話裁判の審理を有利に進めていた。
読者サイドという、神の視点から得られる情報を理香から抜き出し、カンニング。それも、随分と前から。
それが、テールに言われた全てである。
が、それをそのまま伝えていいかどうかを、理香は悩ましく考える。
その事実は、冷静になって考えてみれば別にどうということもない話だ。
理香としては「不可抗力」と抗弁することだって可能だろうし、そもそも、テールが理香の夢を覗き見た、ということを立証する術がない。
むしろ、キイナが何を以てテールと理香が会った、という事実にたどり着いたことの方が興味深い。
「思い至ったのは、理香が追試の問題を閑梨から受け取りに行った後、理香の態度が少しおかしかったことなのです」
それはその時、キイナから指摘を受けていた話。普段の自分を演じる難しさを痛感したものだ。
「スムーズに行き過ぎだったのですよ。私が追試を受けることになってから、理香が問題を入手するところまで……まるで、最初から筋書きができていたかのようだったのです」
キイナの目が、スッと細くなる。
「そもそも、追試を受けることになった日、既に閑梨が試験問題を入手していたのは不自然なのです」
「今は通信網がしっかりしているからな。ファックスでもメールでも、即時の入手手段はいくらでもある」
「なら、理香が閑梨と直接会う必要もないのです。学校が閑梨にするのと同じ方法を、閑梨が理香にすることは不可能ではないのではないですか?」
「官公庁はセキュリティがうるさいのではないか? 情報は入出できても、漏洩を防ぐために送信ができない可能性もある」
「……そこで可能性を指摘するということは、理香は閑梨にその点を確認していないと自白しているのと同義なのですよ?」
理香は天を仰ぐ。
「……さすがは弁護保佐人、と言ったところか」
「理香に文句を言いたいわけではないのです。ただ、事実を知っておかないと、思わぬところで足元を掬われかねないから、確認したいだけなのです」
キイナはそう言うと、にっこりと笑って、理香の頬へと手を伸ばしてきた。
「トーリは言うつもりはないのです。答え辛ければ、首を縦に動かすか、横に動かすかだけでもいいのですよ」
そして、キイナへと体を引き寄せられる。彼女は耳元で、囁いてきた。
「理香は何も知らないうちに、テールさんに利用されていたのですよね? 白雪姫の第一審が始まる前から、既に」
理香は一瞬目を見開いてから、ゆっくりと瞼を閉じる。
テールに言われていたことだった。第一審の時には童話「白雪姫」の情報を抜いていた、と。
「……どうして、そう思った?」
「テールさんが審理で、おかしな動きをしたからなのです」
動きでは、理香は判断できない。童話世界で行われていることは、理香には直接見えないのだから。
キイナの体が離れ、パソコン前のイスに座る。理香は少し後ろに下がって、ベッドへと腰を下ろす。
「テールさんがトーリから、王妃による4度の白雪姫殺人未遂事件について説明を求められたときのことなのです。それまでテールさんは、何の資料もなく話していたのですが、事件の概要を説明するときになって、手元の資料を確認したのです」
「別に不思議ではないだろう? どんなに記憶が確かだと思っていても、人間の記憶は確実ではない。正確を期すためには、当然の話だと思うが」
「でも、資料を確認したのは、第一の殺人未遂『狩人事件』と、第四の殺人未遂『りんご事件』の時だけなのです」
理香の眉間に皺が寄る。
その二つの事件は、奇しくも「森の姫君」に描かれている事件だ。
「審理の対象になっている『白雪姫』は、理香の書いた『森の姫君』とは違っていたのです」
王妃は白雪姫の継母ではなく、実母。
白雪姫が殺されそうになったのは、2度ではなく、4度。
「その違いを知った時のトーリは、僅かに表情を崩したのです。テールさんが一度も資料を見なかったのは、トーリが審理の対処となっている『白雪姫』の話を、どれだけ正確に知っていたかを確認するためだったのだと、思うのですよ」
キイナは呟くようにして「今にしてみれば」と付け加えた。
「なるほど。逆に言えば、幼女検事が資料に目を落として説明したのは、当利が知る内容に沿った形で正確に説明するため、と考えられるわけか」
「間違いないと思うのですよ」
キイナは首肯し、イスに座ったまま、上半身を前へと倒してくる。
「だから、理香から情報が漏れている、と思ったのです」
キイナも酒挽も、テールに情報を伝えていないとなれば、残るは白雪姫と同一の物語を書き起こした理香しか情報源としては残らなくなってしまう。
「で、ボクと幼女検事が会って、情報を漏らしていたと判断したわけか」
ところが、キイナは首を横に振る。
「情報は、理香が意図しないところで漏れたと思うのですよ」
「なぜそう思う?」
「理香が『森の姫君』という、当利の知る『白雪姫』と同一の物語を書き上げたからなのです」




