第104話 実母と継母の齟齬
遅くなりました。第104話です。
「つまり、王子は童話裁判での『極刑』判決を利用して、『白雪姫』という童話の白雪姫を守ったというわけか」
理香は、そんな酒挽の言葉に、頷いてみせる。
童話裁判で争われている物語では、白雪姫は王妃の実子。それはつまり、魔法の鏡を使う魔女の子、ということを意味する。
魔女裁判が当たり前のように行われていた時代背景の物語。ともすれば、白雪姫は、魔女の血を継いでいるという理由だけで、命を奪われてもおかしくなかったことになる。
「でも、おかしくないか?」
「何がだろうか?」
「童話裁判で有罪判決を受ければ、該当部分の事実は改変されるって話だよな? なら、上手くそこに誘導すれば……」
「……どのように?」
理香の目が冷たく光ったような気がした。
「王妃を白雪姫殺人未遂で起訴して……」
「被疑者死亡なら、裁判は行われない。そうだな、キイナ?」
理香の問いかけに、キイナは俯いたまま頷く。
童話裁判は、あくまでも刑事事件。裁判にかけられる対象となる者がいなければ、裁判を行うことができない。それは、人間界の刑事裁判と同じだ。
「そもそも、親子関係は『事実』の一つでしかない。そんなものを、どうやって有罪とするのだ?」
理香の言葉に、酒挽は言葉を返せなかった。
「子は親を選べない。どんなに心情的に否定したくとも、虚偽の事実を作出して法律的に否定して見せても、血縁という事実は絶対に覆せないのだ」
理香が畳みかけてきた言葉に、酒挽は沈黙するほかなかった。
そしてキイナも、俯いて一言も発しない。もし、酒挽がこの時、さっきまで饒舌だった彼女の異変に気が付いて、下から顔を覗き込めば、彼女が何かに気が付いていることを察知できただろう。
理香はため息を一つつくと、言葉を続ける。
「そこで問題になるのが、当利の知る童話『白雪姫』だ」
「俺?」
理香が首肯する。
「当利は童話『白雪姫』を知っていたから、弁護人の資格を得た。だが、裁判の審理で扱われている『白雪姫』は、当利の知る『白雪姫』ではなかった」
「……まぁ、そうだな」
違いはさっき、理香と確認したことだ。
「さて、ボクが確認したのは、発生した事件の齟齬だけだ。もっと根本的に違う部分があるだろう?」
理香に言われてハッとする。今まで、事件のことばかりを考えていたせいか、そもそもの白雪姫の立場が全くの別物であることに思い至る。
「王妃が継母だ」
「そう。弁護人の資格を持つ当利が知る『白雪姫』では、姫と王妃は血の繋がりがないことになっている。一方、童話裁判で審理の対象となっている『白雪姫』は実子だ。これはつまり、二つの話が同一であることを、童話世界が認めている、ということに他ならない」
当利は思わず隣に座るキイナを見る。そこには、肩に力が入り、肘をぴんと伸ばして腿に置く手を強く握って俯いているキイナの姿があった。
「当利。キイナは弁護保佐人としての責務がある。答えてはいけないことを徒に追及して、困らせることは、ボクが認めないからな」
その言葉に、キイナは唇を噛み締めていた。だが、長い髪が酒挽からの視界を遮り、見えることはなかった。
「……理香は予想がついているわけだよな?」
「まぁな」
「お前の口からなら、説明を受けても問題はないわけだよな?」
「確証が持てないのでな……」
理香がため息交じりに呟く。だが、さっきの推理ではきっちりと語尾は断言していた。十中八九の確証があるのは明白だ。
理香が言い淀んだのを追求し、先を促そうとする前に、理香の目線が一瞬だけ横に滑るのが確認できた。
おそらく、キイナの反応を見たのだろう。
だから、酒挽も言葉では追求せず、視線だけを理香にじっと注ぎ続けた。
「……とはいえ、当利はそれでは納得するまい」
目だけをこちらに戻して、今度は顔ごとキイナに向けて、理香は尋ねた。
「……キイナ。ボクの憶測を聞くこと自体が君に不都合なら、一旦童話世界に戻っても構わないが?」
キイナは首を横に振る。理香が「あくまでも自分の憶測」という予防線を張ったせいもあるのだろう。
理香は、息を長めに吐き出すと、酒挽に向き直る。
「童話とは、伝承されてきた物語が基礎となっている。つまり、伝承の段階で様々な要素により物語に改変が加えられていることもあり得るわけだ。それこそ、実母を継母に変えてしまうような改変が、な」
「つまり『白雪姫』に改変が行われたと」
「あくまでも、伝承されている中での話だ。『童話裁判』で審理となっている物語は、おそらく文字化され、物語が固定化されているものが対象となっているのだろう。そうでなければ、呼び出した証人の証言が安定しないだろうからな。
そして、おおもとが『白雪姫』には変わりはなく、伝承されていく中で改変が行われているため、話の筋が異なっていても、当利には弁護人の資格がある……そんなところだろうな」
話を聞き終わっても、キイナは微動だにしない。何か反応すること自体が問題になるような気配がありそうだ。もしかすると、理香に何かを気取られまいとしているのかもしれない。
「あれ? そうなると……」
酒挽は顎に手を当てて考え込む。
理香はそんな酒挽の様子を悪戯っぽい微笑を浮かべて見ていた。
「白雪姫がキスで目を覚ますシーンも、改変されたってことか……?」
理香の理屈に乗れば、酒挽の知る「白雪姫」と童話裁判で扱われている「白雪姫」は同一の物語が、伝承されている中で改変された結果、齟齬が生じていることになる。
ならば、酒挽の知る物語に存在する、王子と白雪姫のキスシーンは、改変の結果生まれたことになってもおかしくはない。
しかし、理香は言う。
「ボクの予想では、それは当たらずとも遠からず、といったところだな」
「……どういうことだ?」
「王子とメイドは、偽証をしているのだぞ? 今回の童話裁判で姫が目を覚ましたシーン。そのすべてがでっち上げの可能性が低くない、ということだ」
さて、来週10月6日(日)は、以前活動記録にも書いた、演劇公演の本番です。出演やスタッフ作業を行う関係上、来週日曜日の更新はお休みさせていただきます。
次回更新は、10月13日(日)の予定です。あらかじめご承知おきください。




