第100話 段取りの存在理由
遅くなりまして申し訳ありません。第100話です。
理香は、酒挽とキイナの説明を、瞳を閉じたまま、イスに座り、腕組みをした状態でじっと聞いていた。
数拍の沈黙。
話は終わったのに微動だにしない理香にじれて、キイナが声をかけようとしたその時、理香がゆっくりと目を開く。
「……なるほど。ならば、ボクの推察を一つ訂正する必要があるな」
「訂正?」
酒挽の言葉に、理香は頷く。
「胸ひもの件だ。ボクはさっき『心臓に作用して死に至らしめる呪いがかかっていた』と推察をしたが、やはり当初の想定どおり、胸ひもが徐々に姫の体を締め上げていった、とした方がよさそうだ」
それは理香が第二の殺人未遂の小人の証言、ハサミで切断せざるを得ない程きつく縛り上げられていたことから導出された推理だった。
しかし、メイドの奇妙な証言を聞いた理香は、その推理を、心臓に作用する呪術が施されたと変更した。
そしてまた、審理の状況を聞き終わり、推理を元へと戻した。
「ということは、少しずつひもが白雪姫の体を締め上げていく方が正しいのです?」
キイナの問いに、理香は首を横に振る。
「この場合、どちらが正しいではない。そっちの方が楽というだけの話だ」
「はいぃ!?」
酒挽は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
「そんなに驚くことではないだろう?」
「驚くなって方が無理だろ、こんなの!」
「そうなのです! 楽な方を立証するなど、言語道断なのですよ!!」
酒挽とキイナがベッドから腰を浮かして抗議する。理香はそれを片手を前に突き出して制する。
「言い方が悪かったな。胸ひもの件は、王妃が死んでいる以上、答えが出ないのだ。被害者である姫の体験証言と、発見者である小人の目撃証言からボクは『締め上げ』説を唱えた。それでも幼女検事に言わせれば『物証が存在しない』。
この上、魔法だの呪いだの、目に見えない事象を主張しても、認定される可能性は極めて低い。
ならば、まだ可能性として決してゼロではないと主張できる材料がそろっている『締め上げ説』を主張していた方が、裁判長からの印象が、まだマシというわけだ」
理香の主張に、酒挽もキイナも、それ以上主張を上乗せすることはできなかった。締め上げ説も、呪い説も、推測の域を出ない話。であれば、理香の言うとおり、まだ証言から推理可能な『締め上げ説』を採用した方が、多少は勝ち目があるだろう。何せ、白雪姫と小人の証言を客観的に証明してくれる物証は、何一つ存在しないのだから。
「当利。幼女検事とはメイドの再尋問をする点について、同意は得たのだよな?」
「ああ。否認する要素はない、と言っていた」
理香は、そうか、と呟いて、目を閉じる。腕を組んで少しだけ俯いたところで、顔を上げる。
「さて、それらの状況を踏まえたところで、メイドの証言を検証すると、気になる証言がいくつかある」
「気になることなのです?」
「ああ。まず、姫の棺を運ぶ係だが、5名のローテーションだったよな?」
酒挽が首肯する。順番も決められていて、翌日休みとなる人物が、白雪姫の背中を叩いたことで、意識が回復したことになる。
本来であれば、褒章を貰えてもおかしくないが、他国の王族に手を挙げた罪の方が重く判断されて、結局処刑されることとなった。
「一方、小人の家から棺を運ぶのは、12名、3交代だった」
「……そうだな」
「どこに行くにも姫入りの棺を持ち運ぶ王子が、城に帰ってからは運搬係を5名に削減したのは、一体なぜなんだろうな?」
削減、という単語に酒挽は反応する。
棺を運ぶのには4人いれば足りる。ただ、毎日のことになると、休みが必要になるだろうから、最低でも1名を追加する。これにより、4勤1休の無理のない勤務体制を構築できる。
しかし、もともと12名で城まで運んできたことを考えれば、7名の人員削減が行われたという理香の指摘も間違ってはいないだろう。
「外だからではないのですか? 王子は国の要人なのです。当然、警護の者が王子の周辺にいて当然だと思うのです」
キイナが答える。酒挽もその考えに至ってはいた。
だがそこに、必然性が感じられなかった。後付けで12名もいた理由を考えたら、それしか理由が思いつかなかった、というのが正しい。
「キイナの主張なら、王子の警護の者が、姫の棺を運ぶ係を兼ねることになる。ならば、12名の3交代が可能なのではないか?」
「う……」
理香に言われて、キイナの言葉が詰まる。
そう。メイドの証言では、5名のローテーションで棺が運搬されていたことになっている。4連続勤務の後、1日休暇。それが繰り返されていたわけだ。
だが、小人の家から城までの運搬は2日間の行程を、12人で運んでいる。
「道が悪かったとか、そういう理由じゃないのか?」
「可能性は否定しないが、王子もメイドも『どこに行くにも姫の入った棺を持ち運ばせていた』と言っている以上、運搬先は城内だけでは済むまい。ならば、棺の運搬係が5名だけとは考えられない。なのに、メイドは5名のローテーション、と断言している。
証言を素直に捉えれば、外に行く時も5名だけで棺の運搬をしていた、ということになる」
当利も言葉に詰まる。言われてみれば、メイドの証言は少しおかしい。
もし、外に行くときは別の担当がいたのなら、5人のローテーションとは言わないだろう。
「それに、事件発生当時の状況も不可解だ」
理香の言う事件とは、白雪姫の背中が叩かれた時のことだ。
「不満を持った従者が八つ当たりした、と言うのは、別に不自然だとは思えないのです」
キイナが持論を述べるが、酒挽はそこに引っ掛かりを覚える。
「……あれ?」
「どうかしたか?」
理香の問いかけに顔を向けると、そこには満足げに微笑む表情が見て取れた。
「いや……従者が白雪姫の背中を叩くときに、わざわざ『この死体のせいで、俺たちは一日中ひどい目に遭っている!』と叫ぶ理由がないな、と思って」
それもガラスの蓋を開けて、白雪姫の体を起こした状態で、である。これから背中を叩く理由を、なぜ……?
「喧伝するため、か?」
酒挽の呟きに、理香は「そうだ」と頷く。
「さらに言えば、棺の運搬係たちは、メイドが姫の棺から離れたタイミングでわざわざ行動を起こしている。メイドも、運搬係の犯行予告を聞いてもなお、止める暇がないほどの距離を空けていた。まるで、段取りがきちんと組まれている芝居のようではないか?」
段取り芝居、と言われて、酒挽は、ハッとする。
これは、偶発的な事故ではなく、最初からシナリオが組まれた事件なのではないか。
「それは当然のことなのです」
キイナが首を傾げながら反論してくる。
「だって、これは『白雪姫』という物語なのですよ。当然、段取りは組まれているのです」
「だからこそなのだよ。何のためにこの段取りがあるのか。この段取りの必然性が、物語のどこにあるのか。
これは一度限りの芝居のシナリオなどではなく、昔から語り継がれてきた『童話』のシナリオなのだ。そこには不自然さを払しょくする何かしらの合理的な理由が存在してもおかしくはない。
ならば、このシーンが作られた理由を考えれば、自ずと答えは導かれてくるさ」
次回の更新は、来週の日曜日の予定です。




