204 幼女、稽古をつける
茉莉の魔力感知の出来が良かったことで、穂乃香の機嫌はすごく良くなっていた。
そして、良くなった結果、修行の段階が一瞬にして数段階駆け上がる。
何しろ『目隠しで魔力を感じてみよう』の次のステップが、『感知した魔力球を避けよう』だ。
目隠しをした状態で自分の方に向かってくる魔力球を避けるだけだからと、穂乃香は笑顔満面で言い放つ。
一方、それを言い渡された茉莉は言葉を失うが、ワクワクと目を輝かせる穂乃香の前に、拒否の意思を示すことはできなかった。
目を閉ざして顔を上げると、あきらめの境地で長く息を吐き出して、手にしていた黒い布の感触を確かめるように、手に力を込める。
「お願いします……師匠」
「うん、もちろん」
嬉しそうに弾んだ穂乃香の声を耳にした茉莉は、今一度、視界を閉ざすために黒い布で目を覆った。
魔力であろう球体状の物体が近くにあるのを、茉莉は自分の想像よりも容易く感じ取ることができた。
それが才能によるものなのか、あるいは誰もができることなのかはわからない。
何しろ、穂乃香はそのあたりの説明もしないままに、魔力球を動かし始めてしまった。
ゆらりと気配がして、近づいてくる感覚が、茉莉に不安を抱かせる。
肌感覚がまだ距離があると知らせているのに、茉莉は大きくしゃがみ込んで、あるいは体を仰け反らせてしまった。
近づいてくる気配を自分でもわかるオーバーリアクションで避ける。
そのことが正しくはないだろうと思っていても、穂乃香からの評価を伝えるような言葉も、指示を示す言葉も聞こえてはこなかった。
勿論、視界を目隠しで閉ざしている今、穂乃香の様子をうかがうことも出来ない。
ただ流されるままに、茉莉は穂乃香の操る魔力球を避け続けるしかなかった。
「え?」
おもわず声が出た。
何しろこれまでは一つだった気配が、いつの間にか二つに増えている。
避ける練習が難しくなったのを察した茉莉だったが、それでもやることは変わらないのは幸いだった。
頭で考える必要もない。
周囲に浮かんでいる魔力球を避ける以外に選択肢はないのだ。
そうして、二つになった気配を避けながら、茉莉は一つの事実に気付く。
(オーバーリアクションじゃなくなってる?)
ほんの少し前までは、魔力球に対する恐れもあって、大きな回避を取っていたのに、気付けば最小限に近い動きで、茉莉は躱すようになっていた。
何しろ、一つの気配に対して大きく体を避けさせると、次に近づいてくるものをうまく避けられなくなる。
必然的に、茉莉は回避に要する面積や、挙動の大きさを劇的に減らし、二つの気配に対する最適化を成し遂げていた。
「茉莉お姉ちゃん、すごいよ!」
すごくはしゃいだ声で下された穂乃香の評価が耳に届く。
思わず口元が緩みそうになるが、師匠・穂乃香の無茶苦茶が、それを真一文字に結び直させた。
「じゃあ、スピード上げちゃうね」
「は?」
声を漏らしたのもつかの間、さっきまではスローモーションのような動きで躱せていた気配が、普通に体を動かすつもりでないと避けにくい速度に変化する。
「え!? ちょ……」
苦情を言う間もなく、迫りくる気配に、茉莉は汗を拭きだしながら懸命に避け続けた。
何しろ、このタイミングで一番重要な情報を自分がもらえていないことに、茉莉は気付いてしまう。
「はぅ、ひぃ! うくぅっ」
必死に気配を避けながら、茉莉の頭の中一杯に浮かんだ疑問は、魔力球に触れたらどうなるかであった。
さすがに穂乃香の施す修行なので、触れたところで死んでしまうことはないだろうけど、かなり痛そうというのは否定できない。
実践派な雰囲気の穂乃香の発想なら、痛みが強い方が警戒して集中力が増すと考えそうだ。
(あー、まずい、嫌な考えが、しっくりときちゃった……)
必死に気配を避けながら、まるでダンスのステップを踏みように、飛んだり跳ねたりまで動きに加えざるを得なくなった茉莉が、たまりかねて叫ぶ。
「ね、ねぇ、穂乃香ちゃん!! なんか、スピード上がってるよね!」
紙一重に近いギリギリのものまで混ざり始めたが、それでもどうにか避ける茉莉に、穂乃香の返した答えは実に無邪気で、実に容赦がなかった。
「うん、上がってるよ」
初日の魔法の修行を終え、鼻歌まじりに帰っていった穂乃香を見送った茉莉は、シャワーで汗を流すのもあきらめて、疲れに身を任せてベッドに突っ伏した。
長い長いため息の後、一人だけになった自室で、茉莉はうんざりしながら独り言を口にする。
「穂乃香ちゃんって、絶対に千穂と同じタイプの天才だよね」
天才型、それも自分が特別だと認識してない上に、周囲も出来て当然と思っている究極に厄介なタイプの天才だと、茉莉は二人を分析した。
「自分たちのできることで決めるハードルが、一般人にどれだけ高いか、少しは考えてよーーー」
相手のいない苦情を大声で吐き出すと、ベッドに突っ伏したままの茉莉の瞼はゆっくりと閉じられていく。
そうして、疲労に包まれ眠りに落ちた茉莉は、自身が異常に高いと思っている水準の修行に、結果を出しているという事実に気付いていなかった。
修行の終盤で、穂乃香は二つの魔力球に緩急までつけ始めたというのに、茉莉はそれを息を荒くしながらも綺麗に避けきり、それを見て穂乃香はさらに上機嫌になったのである。
自己評価の低い茉莉だけが、自身の才能を自覚していなかった。




