203 幼女、魔力を感知させる
「魔法の基礎は、なんといっても魔力!」
「う、うん」
「魔法を想像のままに使うためには、この魔力を自在に扱うことが重要なのです」
穂乃香は講師が授業に使う様な差し棒のように、ピンクの花が付いたアネモネ用の魔法の杖を振りながら、澄まし顔で講義をしていた。
テーブルを挟んで対面に座る茉莉の前には、ご丁寧にサイネリアタイプの魔法の杖が置かれている。
魔法の杖は使い慣れたものがいいという事と、茉莉がサイネリアの杖のレプリカを持っていても何もおかしなところがないという理由で採用されることとなった。
勿論、振るったところで、魔法が放たれることはないのだが、それは現時点での話である。
しっかり学べば、目の前の杖が魔法の杖に変わるのだと教えられれば、冷静な方である茉莉としても、ドキドキワクワクと弾む胸の鼓動を抑えることはできなかった。
そんなこれからにときめき、頬を赤く染めて輝かんばかりの表情を見せる茉莉に、穂乃香は懐から取り出した黒く長い布を差し出す。
「というわけで、まずは魔力を感じ取れるようになる修行からです」
穂乃香の言葉を聞きつつ、目にした布を見て、茉莉はとっさに連想した答えが正しいか確かめた。
「目隠しをして、魔力を感じるってこと?」
「正解です」
微笑む穂乃香に頷いてから、茉莉は受け取った光沢のある高そうな布で、すぐさま目隠しをする。
一気に視界が黒に閉ざされたことで、茉莉の胸が期待で高鳴りを増した。
「茉莉お姉ちゃん、準備はいいですか?」
思いがけず、先ほどより大きく近くに聞こえた穂乃香の声に、自分の感覚が少し感度を増しているのだと思いながらも、気持ちを落ち着けて「うん、大丈夫」と答える。
すると、穂乃香の声が、やや遠ざかりながら茉莉に指示を出した。
「では、まずは純粋な魔力を私が放出するので、気配を探ってみてください」
気配を探ろうと茉莉は、目隠しの下で目を閉じて、更にギュッと力を込める。
それを察したのであろう穂乃香は「あまり力んでは駄目ですよ」とピンポイントで指摘して見せた。
これまでも、穂乃香の腕前や存在の凄さを実感してきている茉莉だが、わずかな力みさえも的確にとらえる指導力の高さは想像以上である。
ゆえに、茉莉は安心して身を任せることができると確信した。
何かがあれば穂乃香が助けてくれるという絶対の安心感のもと、茉莉は全身の力みを抜いていく。
体から余計な力を抜いて、周囲の気配を感じ取るために、意識を体内から外へと広げていった。
すると、顔の右前方に、強烈な気配を感じて、茉莉は慌てて声に出す。
「ほ、穂乃香ちゃん、なんか、右の、顔の前に、何かある気がする!」
興奮気味に伝えてくる茉莉に対して、穂乃香は静かな声で問うた。
「それは本当ですか? 勘違いではないですか?」
穂乃香にそう問われて、茉莉は今一度意識を集中させる。
だが、その気配は変わることなくそこに存在していて、茉莉は改めて確信を込めて断言した。
「うん、ヤッパリ右の顔の前に……」
が、茉莉が断言をする最中、自信があった気配に揺らぎが生じる。
「へ?」
驚きの声を上げる茉莉を捨て置いて、確かにあった筈の気配は消え去り、今度は背中が、後ろからの強烈な気配を感知した。
「あれ、後ろ? こ……今度は、背中の後ろから……」
移動した気配に多少動転しながらも、茉莉は感じたままを言葉にして穂乃香に報告する。
一方、穂乃香からの反応はなかった。
その代わりに、気配は頭の上、座る茉莉の膝の先、左の顔の前あたりと、次々と移動していく。
茉莉は、幾度か場所の報告を繰り返すうちに、これが練習なのだと察して、より早く、より正確に気配を感じる場所を言葉にして示していった。
だが、徐々にコツも掴み、茉莉も自分の才能に自信を持ち始めたところで、状況が一転する。
「へっ!? はっ?」
理解の及ばない状況に、茉莉は言葉を失った。
茉莉は今感じた気配について、どう説明したらいいのか、わからない。
そこへ、落ち着いた口調で穂乃香が問いかけてきた。
「どうしたの、茉莉お姉ちゃん?」
茉莉は、息を吐き出し気持ちを落ち着けると、素直に感じたままを言葉にする。
「えーとね、気配がそこら中からするの……それも、これまでのボールの様な塊の気配じゃない感じで……うまく説明できないのだけど……」
唇を噛んでうまく表現できないことに悔しがるような素振りを見せながらも、茉莉がそこまで言い切ると、穂乃香は「それじゃあ、確認してみましょう。目隠しを外してください」と指示を出した。
言われるまま茉莉は、目隠しを外し、静かに目を開くと、すぐに「わぁ」と感嘆の声を漏らす。
茉莉が目を見開いた瞬間、そこには自分を中心としたドーム状の透明なベールが、淡く緑がかった光を発し輝いていた。
「……綺麗……」
「茉莉お姉ちゃん、筋がとってもいいよ」
穂乃香は満足そうに微笑みながら、手のひらを空に向けるようにしてみせる。
すると、その上にバスケットボールよりやや小ぶりな光の球が出現した。
「最初はこれを感知してもらってたんだけど、すごく感度がいいから、魔力壁っていう魔力の覆いを作ってみたの」
穂乃香はそう言いながら、魔力球を浮かべているのとは反対の手で、茉莉を包むように展開している光るドームを指さす。
「初めての魔力感知で、魔力壁まで感じ取れるなんて……茉莉お姉ちゃんはすごく魔法使いに向いてると思うよ」
「ほんと?」
「うん、だから、すこし厳しめの修行でも、大丈夫だと思う」
「え?」
天使のような笑顔で言い放たれた言葉の内容に、茉莉は褒められた時に浮かべた笑顔のままで絶句した。




