201 幼女、担任を困らせる
「なんで、魔女だけ皆演技が上手いんですかねぇ」
もも組の劇の練習を見学に来た幼稚舎長の言葉に、あかねは言葉を詰まらせた。
実際のところは、皆年相応にたどたどしくともセリフを覚え、懸命に披露している。
しかし、その中にあって、穂乃香の演技を目の当たりにしてきたみどりや奈菜、そして、新たに追いつこうと努力している月奈、その中心にあって別格の演技派である穂乃香が、揃って魔女役に配役されているせいで、劇中で偏りが発生してしまっていた。
あかねとて、その状況を黙ってみていたわけではない。
だが、指導でどうにかなる状況を逸脱していたのだ。
目の前の幼稚舎長に、小さく溜息をついてからあかねは申し訳ない気持ちを込めて口を開く。
「……なんというかですね、榊原穂乃香さんを中心に、テレビ作品に出演している子たちがですね、ものすごく上手になっていてですね……すみません、私の実力では調整しきれませんでした」
素直に頭を下げたあかねに、幼稚舎長は苦笑を見せる。
「榊原さんですか……そうですね……しかし、これでは、他のご家族の方が……」
「で、ですよね……」
幼稚舎長の言わんとすることは非常によくわかるあかねだが、しかし、だからと言ってどうにかできるほど良案の改善策があるというわけではなかった。
むしろ、思いつけているのならば、実践しているところである。
「い、一応、姉にも相談してみたんですが……」
「お姉さんですか?」
幼稚舎長の言葉に頷くと、あかねは心の中に元凶ですと付け加えつつ話し始めた。
「はい。実は姉は特撮ドラマの監督業をしてまして……」
苦笑い気味でいうあかねの言葉に、ピクリと肩を震わせた幼稚舎長が纏う空気を変える。
途端にどこから吹き込んだのかわからない冷気があかねの周囲を支配した。
思わず悲鳴を上げて逃げ出したいと本能が騒ぎ出したが、目の前に立つのが幼稚舎長という最上位の上司であるという事実が、社会人としての理性を無理やり引き出して、表面上だけあかねの平静を維持させる。
「それは、もしかしなくても、四人が出ている番組ですの?」
幼稚舎長は白髪を淡い紫に染め、綺麗に頭の上で結い上げ、綺麗にスーツを着こなすかなり上品なご婦人である。
にもかかわらず、放つ気配は熟練の武闘家の如き殺気を纏っていた。
「ほ、ほんとに申し訳ございません。あ、姉の担当していますのは、あの子たちが出演している『プリティウィッチ・フローラル』で間違いありません」
気付けば土下座していたあかねの肩に、幼稚舎長の手が優しく乗せられる。
「ごめんなさい。あかね先生をびっくりさせるつもりではなかったのだけど、そうね、お姉さんというのはどこでも厄介よね」
「よ、幼稚舎長先生?」
「私にも姉がいるんですよ……榊原家で第一秘書をしているの……」
「は……い?」
「その姉が、榊原のお嬢様が通うからといろいろ無茶を言って来たのだけど……」
言葉が進むごとに、より強く殺気を纏う幼稚舎長に気圧されつつも、好奇心に従ってあかねは続きを求めた。
「そ、それで……?」
「お嬢様……榊原さんが、テレビの特撮ドラマに出演するから、フォローを頼むとだけ……」
「そ、そうなんですね」
「それから、その作品の監督をしている方の妹が、幼稚舎で働いているというのでね」
「……それ、私ですね」
幼稚舎長はそこで困った顔をするあかねを見ると、纏っていた殺気を一気に霧散させる。
「あかね先生」
「は、はい」
「仕方がないので、榊原さん達に、今から別の役に移って貰うようにお願いしましょう」
「え!?」
「先程も話しましたが、このままでは榊原さんをはじめとした四人のお家はともかく、他の子の父兄の方々に申し訳が立ちませんからね……」
眉を寄せて溜息をつく幼稚舎長に、あかねは「幼稚舎長先生」と憐れみの籠った声を掛けた。
その響きを敏感に感じ取った幼稚舎長が、口元に笑みを浮かべる。
「これまでは、一人で苛立ちだけを募らせるところでしたが、あかね先生にも協力してもらいますわね」
「へ?」
「同じ姉の被害者同士、協力し合いましょう」
「そ、それは……」
「大丈夫ですよ、姉の愚痴をこぼす飲み会の費用は私で持ちますから」
とてもいい笑顔で、そう告げると幼稚舎長は、あかねの肩をポンと叩いた。
「さあ、そうと決まれば、先に配役変更のお願いをしましょう。榊原さんはこの状況に戸惑っているようですし、きっと協力をしてくれるはずです」
そう言うなり、幼稚舎長はずんずんと副担任が仕切る練習の場に進んでいく。
取り残されたあかねが、その事実に気付いて、慌てて追いかけるまで、さほど時間は必要としなかった。
「皆、大変頑張ってますね」
拍手をしながら近づいてきた幼稚舎長に、もも組の皆が動きを止めてその主を見る。
「お名前を憶えてくれているかわかりませんが、私は須藤星子と言って。この聖アニエス学院の幼稚舎長をしています」
星子が名乗ると、そこかしこから知ってるという声が上がった。
その声を笑顔で受け止めた星子が、追いついてきたあかねをちらりと見て、ウィンクを飛ばす。
「さっき、あかね先生と相談したのだけど、皆にお願いがあるの」
何か違うとツッコミを入れたくても入れられないまま、星子に引き込まれるようにして、あかねは配役の変更の説明をさせられることとなった。




