200 幼女、前世を語る
「……取り乱しました」
先程まで泣いていたことがはっきりとわかるほど、目の周りを真っ赤にした穂乃香が、恥ずかしそうに茉莉にそう告げた。
「気にしないで、私もレアな穂乃香ちゃんを堪能できたしねー」
笑いながら、手にした愛用のカップで少し濃いめに入れたココアを茉莉は口に含む。
「自分でも気づかなかった……気を張ってる自分に……恥ずかしいなぁ」
茉莉と同じくココアに口をつけてから、穂乃香は自然と思ったことを口にしていた。
「いいじゃない、私なんて、びしょびしょで自殺寸前で、あげくいろいろと嫉妬の念をまき散らしてたみたいだし……ま、まあ、お互い様?ってことで」
ニヘヘと気恥しそうに笑う茉莉に、穂乃香はこれまで以上に柔らかい笑みで「はい」と答える。
その笑顔に茉莉は、わずかに頬を染めながら、すぐに視線を穂乃香から外した。
「どうしました?」
「何というか、可愛さが増した気がするよ、穂乃香ちゃん」
「はい?」
「たぶん、穂乃香ちゃんの心の中にあった引っ掛かりが解消しちゃったから、より柔らかくなったというか、可愛くなったというか……」
「え? え? え~~~」
ぷにぷにと自分の頬っぺたとを自らの両手で包み込みながら慌てる穂乃香に、茉莉は「気を付けた方がいいわ、時にブレーキの利かなそうな、千穂とか……」と言いつつ、己もブレーキを保つために、少し体を遠ざける。
が、すぐに「どうしましょう!」と言いつつ、茉莉の両腕をガシッと挟み込むように捕まえて揺すってくる穂乃香に、その努力は無に帰した。
「穂乃香ちゃん……」
「何ですか、茉莉お姉ちゃん!」
呆れ顔と、救いを得たと言わんばかりの輝く笑顔が真正面から向き合う。
「まずは自分の可愛さを自覚しなさい!」
「ええええええええ!?」
茉莉にとっては当然な、穂乃香にとっては理不尽な裁定が下された。
「前の私、すごく貧しい家の子だったみたいなんですよ」
「そっか」
「でも、私には魔力……魔法を使える才能があって、自分が頑張れば、家族を養う事が出来たんです」
ずっと目を伏せながら語られる前世の話に、茉莉は相槌を打ちながら、それが頑ななまでに自分がと行動する穂乃香の原点なのだと理解した。
「本当に私は運が良かったんだと思います。誰もが望んでも手に入らないほどの大きな力を得て、洪水でも大嵐でも大火災でも、私は多くの人を救う事が出来ました」
自分のなした成果を語っているはずなのに、どこか暗い雰囲気を纏う穂乃香の様子に注意しつつ、茉莉は黙ったまま続きの言葉を待つ。
「……ほんとに、家族が、父や母や兄弟が幸せになることしか考えてなかったのに……だから、正直持て余しました」
「持て余した?」
「多くの感謝の声を……その、想像もしていなかったので……」
自分とその家族しか見てなかったのに、その家族を守るために身に着けた力なのに、考えもしなかった大勢に感謝をされて、かつての穂乃香は戸惑った。
だが、結果とそれに伴う感謝の声に、かつての穂乃香は自分も人の役に立てるのだと、視野が開け、自分の歩むべき道を見出す。
「……その時、多分ですけど、私は舞い上がってしまったんです……それからですかね、私は何でも自分でできる気になって……そして、運がいいことに、できてしまった」
ほふぅと、息を吐いて穂乃香は一拍置いてから「だから、考えもしてませんでした。私がやらなくてもいいなんてこと……そもそも、自分に出来ないことがないなんて……傲慢ですね」と苦笑で結んだ。
対して、茉莉は難しい顔をして、考えを伝える。
「いや、うーん、穂乃香ちゃんしかできないっていうのは今も変わってないし、傲慢というよりは、単なる事実というか……」
「え!? そう返されちゃうと……気合と覚悟を決めて話した意味が……」
完全に引きつった表情で言う穂乃香に、茉莉も居たたまれなくなって慌ててフォローに入った。
「ま、まあ、私も穂乃香ちゃんを支えるように頑張るから、穂乃香ちゃんだけが頑張らなきゃいけない事態を減らすように頑張るから、だから、もっと私を頼って!」
胸に手を当てて、茉莉は強い思いを込めて訴える。
穂乃香はその言葉に込められた思ってくれる気持ちと熱意に、自然と笑みがこぼれた。
「そうだね。何しろ、茉莉お姉ちゃんは、一番私を知ってる人だし、それに私の弟子でもあるしね」
「そうですよ、師匠」
お互いに少しエラそうな態度で言い合った二人は、数拍の間を挟んでお互いに吹き出す。
それから二人で笑ってから、改めて固い握手を交わした。
「茉莉お姉ちゃんがいてくれてよかった」
「それはこっちのセリフだよ、穂乃香ちゃん」
強い意志の籠った瞳で、穂乃香を見つめた後で、茉莉は表情を一気に緩める。
「まあ、正直、穂乃香ちゃんの助けになりたい気持ちも強いけど……魔法が使えるようになるのすっごく楽しみなんだよね」
照れたように本音を漏らした茉莉に、穂乃香は笑いながら言った。
「私も、家族の為を忘れたことはなかったけど、魔法を習えるって知った時は、内心では浮かれてたよ」
だよねと、再び笑いを交わし合った二人の距離はより一層縮まっていく。
自分自身の為、相手の為、そして世の困っている人のため、笑いを交わし合う二人の思いはどこまでも響き合っていた。




