199 幼女、泣く
「確かに、穂乃香ちゃんは普通じゃない……けど、それは皆が好きになっちゃういい子だってこととは関係ないんじゃないかな?」
「茉莉……お姉ちゃん?」
急に耳に届いた茉莉の言葉は、穂乃香には意外で、口にしていたお茶の入ったコップをゆっくりと降ろしながら、思わずその顔をまじまじと見つめていた。
「他の人より強い力も、前世の記憶も、穂乃香ちゃんを形作っている要素だとは思うんだけど、でも、皆が好きだなぁって思う穂乃香ちゃんは、そんなこと関係ない部分にいると思うんだ」
「関係ない?」
「だってさ、穂乃香ちゃんの秘密を知ってるのは、私に、みどりちゃんに、奈菜ちゃんでしょ? 千穂や彩花、クルミやアリサ、みんな穂乃香ちゃんが魔法使いだなんて知らないよ?」
「そ、それはそうだけど」
茉莉の言いたいことをうまく察せられずに、穂乃香が少し困った顔を見せる。
そんな穂乃香に、柔く微笑みかけながら、茉莉は切り返した。
「でね」
「う、うん」
ほぼ反射に近い感覚で応えた穂乃香に、茉莉は軽く頷くとさらに自分の言葉を紡ぐ。
「穂乃香ちゃんが魔法使いだって知ったら、前世ではお爺さんだって知ったら、みんなどう思うかなって考えたわけだよ」
「う、うん」
大きな目をぱちくりと瞬かせて、穂乃香は茉莉から出てくる言葉を待ち構えた。
「ふーんとか、へーで終わる気がする」
「はい?」
「いや、もちろん、すごい!ってはしゃぐ子はいると思うんだよ、主に千穂とか、ね」
具体的に名前が出たことで、思わず想像してしまった千穂は、穂乃香の頭の中でしっかりとはしゃいでいる。
容易に想像できてしまったことに、穂乃香は苦笑を浮かべて見せた。
「でも、それだけ、だって、穂乃香ちゃんの優しいところとか、人を惹き付けるところとかって、魔法も前世も関係ないから」
「や、で……も……」
「でも?」
続きを促しながらコテンと首を傾げた茉莉の無邪気な仕草に、騙してきたような感触が心に残る穂乃香は思わず続きを求められながらも言葉を失う。
己の中にどうしようもない、消しようのない穢れを感じて穂乃香の胸は痛んだ。
だが、それでもまっすぐ見つめてくる茉莉の目は容赦なく、穂乃香の言葉を促してくる。
躊躇と決意を幾度か繰り返した後で、穂乃香はためらいながらも胸にあるものを言葉に変えた。
「……言わないで……自分のことを全部言わないで、それで、仲良くしてて……」
言いながらグスグスと鼻をすすりながら、ポロポロと涙の粒を零し始めた穂乃香に、茉莉は何でもないといった顔でさらりと告げる。
「え? それ、普通じゃない?」
「へ?」
思わず啜っていた鼻もこぼしていた涙もピタリと止めた穂乃香が、赤い顔で言葉の主である茉莉を仰ぎ見た。
「穂乃香ちゃんの場合、色々とすごいことになってるから、ややこしいけど、人付き合いで考えていることとか、思っていることを全部、ありのまま言っちゃう人の方が限りなく少ないと思うよ?」
「だって、魔法とか前世だよ?」
「言われた私がそもそも大したことだと思ってないけど?」
自分という実例があるのだからと言われれば、穂乃香としても二の句を継ぐのが難しい。
「というか、穂乃香ちゃんは私達に嫌われたり、遠ざけられたいの?」
「そんなことないよ!」
「じゃあ、別にいいじゃない……多分、クルミに言わせれば、女の子は秘密が多い方が魅力的とか言うわよ」
「う~~~」
完全に茉莉に論破されてしまっているのにもかかわらず引き下がらない穂乃香の様子に、茉莉は一つ大きな溜息をついた。
それから、視線を下げてしまった穂乃香の両肩に自らの手を置いてゆっくりと体を起こさせる。
「そんなに気になるなら、いっそみんなに言っちゃえば?」
茉莉の言葉に、穂乃香は目を丸くした。
「たぶんだけど、その穂乃香ちゃんのモヤモヤって、私が何を言っても……違うな、どんな理屈を並べても解決しないと思うんだ」
茉莉の言葉に、穂乃香は無意識に頷く。
「だからさ、穂乃香ちゃんが裏切りたくない人、大好きな人みんなに言って回ればいいよ」
「え……でも……」
「確かに、魔法のことを多くの人が知ればいろいろな大変なことが起きるかもしれない」
「だ、だよね」
「でもさ、穂乃香ちゃんが苦しいなら、そんなのどうでもいいよ」
茉莉のはっきりとした断言に、穂乃香は今一度目を丸くした。
「すごい力があるから、前世の記憶があるから……だからって、何で穂乃香ちゃんが、ぎゅっと苦しい思いを胸に秘めて我慢しなきゃいけないの?」
まるで、不思議なものを見るような目で、それでいて快活な笑みを添えて、茉莉は穂乃香に問う。
「力持つ者の務め? 心が大人だから? そんなの理由にもなってないですよ?」
まさに口にしようとした理由を先回りで言われてしまった穂乃香は、パクパクと口を動かすことしかできなかった。
「その分、誰にも言わずにこっそり危険に立ち向かって解決してるじゃない? たくさんの人を助けてきたんでしょ? ……少なくとも、私は助けて貰った」
茉莉の言葉が耳に届くたびに、胸がじわりと熱くなって、穂乃香の目には涙が浮かび始める。
「頑張りすぎだよ、穂乃香ちゃん。だから、そんなに自分がって思わなくていいんだよ」
優しく触れた茉莉の手に頭を撫でられた、穂乃香は前世の記憶を取り戻して以降初めて、年相応に号泣した。




