197 幼女、告白する
魔法陣とは、遠隔や永続的に魔法を行使するために、発動する魔法の発動条件、永続方法、効果と魔法に関する詳細を書き込んだ設計図であり、パソコンなどにおけるプログラム文である。
その術式は、穂乃香の生きるこの世界でも、洋の東西に限らず、国や地方、はたまた集落単位で異なるほど多種多様なものがあった。
描かれるのは幾何学的な図形、あるいは魔法の意味が込められた文字、様式も円を中心に書かれるもの、四角形、五角形、星型、格子状、実にさまざまである。
が、だからこそ、似たものが出来上がることはあっても、全く同じものが出来上がることはありえなかった。
選択された魔法文字の種類と数、組み合わせる図形の形や位置、そして、発動した魔法の効果、それらすべてが穂乃香の……いや、かつて大魔法使いだった世界の『魔法陣の組み方』と同じであるならば、奇跡が起こったというよりも、より至りやすい結論がある。
「ワシと同じ世界の人間が、こちらにもいる……」
目を細め、過去の自分に引きずられ、穂乃香は険しい表情で、魔法陣に向かって一歩踏み出し、魔法陣を構成していたもっとも外側の円を踏み抜いた。
直後、魔力を使って描かれた魔法陣が、砕かれたガラスのように細かな破片へと変貌して舞い上がると、そのまま宙に溶けて消えていく。
その儚くとも美しい光景を見つめながら、だが、穂乃香の目はとても冷たい。
「初級……初歩に近い魔法陣……これしか知らぬというよりは、おそらく、試験運用と言ったところか……」
魔法陣が消えた床を見つめながら、穂乃香は静かに目を閉ざした。
「目的はわからぬ……が、これが試験なのだとすれば、より強大な邪気を集めるようになるという事か……」
『穂乃香ちゃん、大丈夫!? 穂乃香ちゃん!!』
『主殿、無事かの!』
『あ、主様、お気を確かに~~!!!』
『姫様、しっかりするのでし!!』
『だいじょうぶれしゅか、姫しゃま~~!』
視界のほとんどを抱き付いてきた人形サイズの青葉、蜜黄、黒華に塞がれて、更に切羽詰まった様子の茉莉やユラの声が響くカオスな状態で、穂乃香は我に返った。
「わぁっ」
穂乃香が思わず挙げた声に、頭に張り付いていた三人が距離を取って、恐る恐る覗き込んでくる。
順番に三人と目を合わせた穂乃香は「ごめんなさい、ちょっと、別のことを考えていたから」と苦笑気味に答えた。
だが、大丈夫という言葉を聞けて安心したのか、三人は穂乃香の無事を祝う様に中空で踊り始める。
『ほんと? 本当に大丈夫なの!?』
一方で、インカム経由で聞こえてくる茉莉の声には、未だ緊張感が籠っていた。
『ユラが魔法陣に触れてから、様子がおかしいって言うから! まさか、無理してないよね!』
真剣な表情まで見えそうな茉莉の声に、こんなにも心配してもらえているのだと、穂乃香の胸がじわりと熱くなる。
「うん、ありがとう、茉莉お姉ちゃん」
心からの感謝を込めて、そう伝えた後で、穂乃香は自分が即座に、茉莉やユラたちの声に反応できなかったであろう理由を口にした。
「私が、魔法を使えるのは、前世……穂乃香になる前の別人だったころの記憶があるからなの」
『うん』
茉莉のあっさりとした反応に、語りを続けようとしていた穂乃香は、思わず言葉を止める。
「え、ちょっと待って、驚くところじゃない?」
『そう? だって、私的にはヤッパリねー的な感じだけど?』
「へ、そうなの?」
『うん、だって、穂乃香ちゃん明らかに年齢詐称してるようにしか思えない知識量とか発想力とかあるし、すっごく年上の人みたいな印象を抱くこともあるからね』
「そ、そうなんだ……」
実にあっけらかんとした茉莉の答えに、穂乃香は納得のいかないものを感じつつも、素直に受け止めることにした。
『そもそも、前世の記憶をもってる主人公のお話なんていっぱいあるし、現実にも前世の記憶があるって公言してる人もいるしね……まあ、もちろん、そういう設定というか、振りをしている人もいるだろうけど、あれだけ盛大に魔法を使って見せてる穂乃香ちゃんの場合、本物だなぁとしか思えないよ』
「そ、そっかぁ」
もっと驚かれるかと思っていたし、疑われる可能性まで考慮していた穂乃香としては、身構えた気持ちが完全に空ぶっているものの、説明に時間を要さなくて済んだと、自分への慰めの念も込めて自らの胸の内へと言い聞かせる。
その上で、穂乃香はふと気になったことも、勢いで口にしてみた。
「え、えっと、私……というか、ワシは大魔法使いで、男だったんじゃが!」
『そうなんだねー、そっか、大魔法使いかぁ、やっぱりすごかったんだろうねー』
「……ん?」
『ん? どうかしたの?』
「い、いや、昔はジジイだったわけじゃが……」
『だから?』
「だからと聞かれると、言葉に困るんじゃが……穂乃香の中身が、その、ジジイとはいえ、元男で気持ち悪くないのかと、思うて……」
心の底から心配してくれた茉莉への誠意として、穂乃香は前世の性別を伝える。
これまで、友達関係より踏み込んだ印象のスキンシップもあったと自覚している穂乃香としては、茉莉の言葉を待つこの瞬間は、裁判長の審判を待つような独特の緊張感を強いられる時間となった。




