195 幼女、開錠する
「茉莉さんには感謝しかありませんね」
モニターを見上げながら、ゆかりは苦笑を浮かべていた。
穂乃香が身に着けているカメラが内蔵されたブローチには、GPS発信機が搭載されている。
侵入にあたって茉莉が穂乃香に手渡したものだが、出所は当然のように穂乃香護衛隊であった。
「お陰で、少なくとも現在の所在地は把握できますからね」
諦め顔のゆかりに、通信回線越しのエリーの声が届く。
『すでに、この時間の外出を容認しなきゃいけない時点で、困りモノだけどね……』
現在、穂乃香は就寝中という体であるため、現場へはエリーが、榊原邸内の指令室にはゆかりが詰める格好となっていた。
普段は、先頭を切って穂乃香のもとに駆け付ける為に、思考を巡らせる時間の少ないゆかりが、軽く溜息をつく。
「とはいえ、異常を感知していて、対処できるのが穂乃香お嬢様だけである以上、この行動を御止めするわけにはいきませんしね」
自分を納得させるために言葉にした言い訳に、ゆかりは知らず苦笑を浮かべた。
『そうね、非行に走ったわけじゃないものね』
「当り前です! 穂乃香お嬢様に限って!!!」
『ちょ、声が大きいわよ、耳が痛い!』
「…………失礼、取り乱しました」
エリーの苦情に素直に謝りながら、ゆかりは現場に出られない身の上に再度溜息を重ねる。
「後方は落ち着かないものですね、エリー」
『ん? なに?』
「……いえ、何でもありません……穂乃香お嬢様に感知されない範囲で展開をお願いします」
胸の内で、いつも後方で支えてくれているエリーに感謝しながらゆかりは展開の命を下した。
「ふぅ……」
スタジオ内へと忍び込んだ穂乃香が、物陰に入り込んでミラージュシステムを解除すると、小さなアーマードファイターが姿を現した。
直後、身に纏っていた金属製の装甲は、細かな粒子へと変質し、その後にはサイネリア姿の穂乃香だけが残っている。
同じ特撮作品でありながら、一線を画すサイネリアの衣装に、アーマードファイターのベルトという公式ではありえない組み合わせがそこにはあった。
『ジッ……穂乃香ちゃん大丈夫?』
わずかなノイズを挟んで、茉莉の声が穂乃香の耳に届く。
「あ、うん、大丈夫だよ、茉莉お姉ちゃん」
既に身振り手振りで索敵を青葉たちに命じた穂乃香は、声を潜めて茉莉に返答した。
『急に視界が暗くなって、声が届かなくなっちゃったみたいけど、大丈夫だった?』
「あ……」
茉莉に指摘されて、胸に付けたブローチを思い出した穂乃香が「えと、警備員さんのいる通路を抜けて、建物の中に入るのに、別の魔法を使ってたから」と返答する。
何故か、アーマードファイターに変身したからというのを答えるのが、穂乃香には気恥しくて、そういう少し誤魔化したような答えになっていた。
そんな穂乃香の心情までは気づかなかったのであろう茉莉は、長めに息を吐いてから素直に安堵の声を漏らす。
『穂乃香ちゃんが無事なら、それでいいけど……次は魔法を使う前に教えてね』
遠隔で指示を出す以上、情報の把握は限定されてしまう上に、直接的なサポートは困難であるため、不測の事態以外は事前に知っておきたいという茉莉の意見は実に正論だった。
「次回から気を付けます」
カメラは胸についているため、茉莉には見えないけれど、穂乃香はぺこりと頭を下げて謝罪を口にする。
それから、気持ちを切り替えると、目的の機械室へと向かって動き始めた。
ゴウン、ゴウンと低い駆動音が漏れ聞こえる機械室の前にたどり着いた穂乃香は、無言のまま胸元からインカム同様に携帯端末に繋がったカード状の物体を取り出した。
「茉莉お姉ちゃん、配置についたよ」
『了解、少し待ってね』
茉莉の返答に、穂乃香は頭のやや上にある壁に備え付けられたカードリーダーを見る。
魔法を駆使すれば、扉の鍵を開けられる自信のある穂乃香だったが、なんと茉莉はカードリーダーを誤認させて開錠させると提案したのだ。
それがどの程度の技術か知らない穂乃香ではあるが、すでに実証実験を、穂乃香の自宅のセキュリティロックで試しているので、その腕前には全く疑いを抱いてはいない。
もっとも、穂乃香の持つカードには、セキュリティを管理している榊原警備保障のメンテナンス用のマスターIDの情報が入っているので、榊原邸だろうが、警備依頼を受けている撮影スタジオだろうが、開けられて当然だった。
穂乃香一人が、茉莉がリアルタイムで機械を操り、開錠してくれているのだと誤認している。
実際のところは、茉莉の中継で、ゆかりたち護衛隊にカード使用がリクエストされ、端末を経由して一時的にカード端末にマスターIDの情報が送られる仕組みになっていた。
そして、茉莉が少し穂乃香を待たせているのは、セキュリティの都合上、自動で記録されてしまう開錠のログを、護衛隊側で消去をする必要があり、該当の記録端末へのアクセスを実施しているためである。
ややあって、ゆかりから準備完了の合図を受けた茉莉が、穂乃香にその旨をを伝えた。
『オッケー、準備が整ったよ、穂乃香ちゃん』
茉莉からの通信に、穂乃香は目を閉じると小さく息を吐き出す。
気持ちを整えてから、穂乃香は「行動を開始します」と返答し、カードリーダーにカード端末を翳した。
ほどなく、ピッと電子音が鳴ると、ガチャッと電子制御されたカギが開いて、ゆっくりと扉が開き始める。
穂乃香はわずかに開いた扉の隙間に、小さな体を滑り込ませると、いよいよ目的地へと侵入を果たすのだった。




