194 幼女、侵入を開始する
『スタジオだから、この深夜に近い時間でも人はいると思うよ、気を付けてね』
内ポケットから延びるコードに繋がるインカムから聞こえてくる茉莉の声に、穂乃香は「了解」と答える。
現在、時刻は日付をまたぐまで1時間ほどという、そもそも穂乃香のような幼女が外出していい時間ではないが、その姿は撮影スタジオが望める近所の公園の木の上にあった。
全身をサイネリアの魔女衣装に包み込んだ穂乃香は、さらに追加で頭にはインカムを装着し、胸元には小型カメラ付きのブローチを取り付けている。
『ともかく、今の状況だと、あまり映像が鮮明じゃないから、サポートが万全とはいかないかも、ごめんね』
インカムから聞こえてくる茉莉の謝罪の言葉に、穂乃香は「うんうん、そんなことないよ!」と強めに否定した。
「何しろ、茉莉お姉ちゃんのアイディアで作った感知魔法と運用方法のお陰でここまで簡単にこれたからね! これだけでも、感謝しかないよ!」
興奮気味に訴える穂乃香に対して、インカム越しに茉莉の苦笑が漏れ聞こえてくる。
『私は、よくアニメや漫画で出てくる魔法のアイディアを借りただけだから、そんな大したことはしてないよ?』
「音の反射とか赤外線とかで距離を探知して数値化するなんて、私ひとりじゃ思いつかなかったよ、絶対」
『それも実際の軍隊なんかで使われている道具の技術だから、思いついたって言われると少し気まずいかも……』
恐縮する茉莉だが、穂乃香にとっては想像もしていなかった手法をもたらしてくれただけで、感謝の言葉しかなかった。
何よりも、散々苦労した自身の透明化を、青葉たちに索敵をさせつつ、新たに生み出した音、熱、視覚(光学)を組み合わせた感知魔法を発動させることで、探知した対象の死角を割り出して、視界に入らないようにするという手段で解決してしまった発想力には、尊敬の念を抱かざるを得ない。
「もっと早く、茉莉お姉ちゃんに相談しなさいって、過去の私に言ってあげたい気分だよ」
しみじみと頷きつつも、穂乃香は目を好奇の色に染めて輝かせた。
「じゃあ、次は茉莉お姉ちゃんの更なるアイディアを実践してみよう!」
『了解、貰った情報を反映させるね』
インカム越しに作業する茉莉のキーボードの打鍵音が響いてくる。
穂乃香はそれをBGMに、新たに取り出した手のひらサイズの端末に光を灯した。
『青葉たちからの情報を入力したから、そっちに転送するね』
これから忍び込むつもりの穂乃香なので、さすがに音は切ってあるが、端末にはビックリマークが出現し、茉莉からの情報が届いた旨が表記される。
「無事届いたみたい。開けてみるね」
穂乃香は一言茉莉にそう断ると、送信されてきたデータを展開した。
数秒の読み込み時間を挟んで表示されたのは、立体的にスタジオを描いた3Dモデルである。
穂乃香には、茉莉がデータを持っていたことになっているが、実際には榊原家のチームが警備用に作成していたスタジオの立体見取り図だ。
これに、先ほど、穂乃香が青葉たちを使って手に入れた位置情報を、赤い光点として穂乃香護衛隊の情報処理班が追加し、茉莉が自身で作成したということにして転送している。
「えーと、この光点がヒトのいる場所だよね?」
『そう、でもリアルタイム……今の情報じゃなくて、少し前の情報だから気を付けて』
「了解! それはここまでの移動でも青葉たちと試したから大丈夫だと思うよ」
自宅からスタジオまで、青葉たち三人を前方に二人、後方に一人の布陣で展開させて、視線の通らない壁の手前などで感知魔法による索敵をさせながら、穂乃香はやってきていた。
その結果、運用方法にもある程度慣れてきている穂乃香は、油断しなければ確実に行けるという確信を得ている。
「とにかく、参考程度に留めて、油断しないように気を付けるよ」
『了解、頑張って!』
茉莉の応援の言葉が届いた直後、穂乃香の胸のブローチが捉らえている映像に変化が起きた。
ふわりと上に上がった視界がゆっくりと下降して、そのまま地面を映し出す。
カメラの映像は、穂乃香の視界ではなく、胸のブローチが撮っているため、上半身の動きで目まぐるしい変化を見せた。
「下手な映画よりも臨場感があって、ドキドキするなぁ」
音声の送信をカットした状態で、目の前のパソコンに表示される映像を、茉莉は食い入るように見つめていた。
胸につけられたブローチの視点というのは、思いもかけないところで忙しなく動いたり、逆に動きが少なかったりと、気になるところに反射的に視線を向けてしまう目の動きと違って、独特の映像になっている。
そのことも、茉莉の目を引き付ける要因になっていたが、何よりも見慣れたスタジオの見慣れない夜の光景が目を離させなかった。
しかも、これからするのは、無断侵入である。
穂乃香のブローチから送られてくるライブ映像を見ながら指示を出すという役目そのものが、茉莉にはこの上なく興奮を呼ぶ冒険心くすぐるミッションだった。




