179 幼女、許し合う
「送っていただいて、どうもありがとうございました!」
可愛らしく、最後の一歩を半回転のジャンプで決めたクルミが、スカートをふわりと舞わせながらお辞儀をして見せる。
全てが芝居がかっているのに、不自然さを感じさせない所作に、クルミのキャラづくりの完璧さがうかがえた。
「気になさらないでください。クルミさんをはじめ、皆様のご協力で、穂乃香お嬢様も、ドラマの世界という未だ慣れておられない環境下でも、心穏やかに過ごせているのですから」
エリーのキラキラした笑みに、クルミも負けないほど輝かしい微笑みで頷く。
「そう言っていただけるなら、私も嬉しいです」
二人の笑顔の応酬を見つめる茉莉の目が、徐々に遠くを見るモノに変わっていった。
茉莉の横では、同じ状況を見ている穂乃香が微笑を浮かべたまま、静観している。
「では、失礼いたします。まつりん、穂乃香ちゃん、またスタジオで!」
キラキラの笑顔を振りまいて、クルミはトレードマークのツインテールを躍らせながら深く頭を下げると、くるりと背を向けて、無邪気に見える走り方でマンションへと走り出した。
「そういえば、あーいうキャラ設定でしたね」
クルミの去り行く背中を見つめながら、エリーは思い出したようにそう呟く。
だが、車中にその呟きに言葉を返す者はいなかった。
つい先日、文字通り飛んできたマンションを見上げながら、穂乃香は茉莉に声を掛けた。
「今日はいろいろありがとうございました。茉莉お姉ちゃんのお陰で、色々と大事なことに気が付けた気がします」
生真面目な穂乃香の言いぶりに、茉莉はイヤイヤと苦笑して見せる。
「私だって、恩返し出来ないくらい穂乃香ちゃんには助けて貰ってるんだから、いちいちお礼を言うのも頭を下げるのもやめて欲しいかも……」
「でも……」
「……仲間って、お互いに信じあって、頼りにするものだから……その、貰ってるのが多い私が言うのもどうなんだとは思うけどさ、貸し借りを数え合うのは止めよう」
「茉莉お姉ちゃん……」
「私は別にどんな状況でも、穂乃香ちゃんを助ける……ま、そりゃできることは少ないけど……でも! でも、できることなら、私のできること全部を使って助ける。穂乃香ちゃんは?」
茉莉の問いかけに、穂乃香は目を瞬かせてから、強い意志を込めた瞳を向けて微笑んだ。
「私も、私もです!」
「じゃあ、私達はもう貸し借りを数え合わないし、お互いが困ってるときにお互い助け合う仲間で同志だ!」
「はい!」
ピンと腕を伸ばして、目の前に差し出された茉莉の拳に、穂乃香も握った拳を当てて応える。
エリーだけが見つめる、二人の決起は、状況に流されて、かなりくさいセリフを言い合ったことに思い至った茉莉の動揺で終わりを迎えた。
「と、というわけで、またね、穂乃香ちゃん!」
動揺とは不思議なもので、顔を赤く染めたのが伝染したように、茉莉から穂乃香へと伝わっていく。
「は、はひ! またれす!」
完全にセリフを噛みながら二人は再会を誓い合って別れた。
やや恥ずかしさの残滓が胸に残った別れだったが、それでも心は晴れやかである。
その思いを象徴するように、穂乃香も茉莉も穏やかな笑みを浮かべていた。
「エリーさん、日本語ってすごいですね……いや、漢字がかな?」
二人きりの車内で、不意にそんなことを口にした穂乃香に、エリーは少し首を傾げて尋ねた。
「突然、どうされたのですか?」
「今日の出来事で、なんとなく言葉の不思議に、感心というか、感動したのです」
穂乃香の言わんとすることが、正確に理解できなかったエリーは笑みを深くして、話の続きを促す。
その意図に従うように、穂乃香は自分の考えを言語化していった。
「信用と信頼、似た言葉だなって思っていたんです。でも、文字ごとに分解して考えると、違うんですよね」
視線を下げて、少し気恥しそうに穂乃香は言葉を続けていく。
「同じ『相手を信じること』を起点にする言葉なのに『用いる』と『頼る』って、相手に対する関わり方が違うんだってことに気付いて、驚いて、そして、実感しました」
えへへと可愛らしく年相応の笑顔を見せる穂乃香に、エリーは思わず言葉を失っていた。
「改めて、私はみんなを信用していても、信頼はしてなかったんじゃないかと思ったんです」
どこか落ち着かない様子で、胸の前でぴたりと祈りの形に合わせた手の指を突けたり話したりしながら、穂乃香は言葉を紡ぐ。
「いつからか、どこからか、私は勘違いしてたみたいです。何でもかんでも、自分でやるのが正しいって、私がみんなを助けなきゃって」
穂乃香の言葉に、エリーはピクリと肩を震わせた。
目の前の幼い主人は生活面で、エリーやゆかりたちに支えられている。
だが、こと超常現象においては対処できるのが穂乃香しかいないから、彼女が事にあたり、自分たちはそのサポートに回ることしかできないと、エリーは結論付けていた。
けれど、と、エリーは考えを改める。
それは自分たちの努力が足りなかったのではないかと、仮に穂乃香の日々の生活に負担を強いることになったとしても、直接教えを乞うという選択肢があるのではないかと、エリーの頭脳は唐突に閃いた。




