177 幼女、皆を送る
学園の駐車場では、あおいとメイド姿のエリーが挨拶を交わしていた。
「それでは、あおいさん。失礼いたします」
「すみません、皆をお願いします」
「お任せください」
日暮れをだいぶ前に過ぎて、あたりはすっかり暗くなってしまったものの、翌日は普通に学校があるため、未だ完了していない事情聴取や現場検証が急ピッチで進められている。
それでも、時刻が時刻なので、穂乃香や千穂たち未成年者を家に送り届けることとなり、ゆかりが現場検証の為に立ち会う必要があるため、榊原家から急きょエリーが駆けつけることとなった。
「それでは、これで」
エリーは優雅な立ち振る舞いで頭を下げると、颯爽と榊原家持ち込みのロケ車に乗り込む。
そんなエリーの背を見送りながら、あおいは長いため息をついた。
「これ、今日中に終わるのかな? 納品もあるんだけど……」
クイっと首を曲げた先、かなり遠くに赤色灯を回す警察車両が幾台も停められているのが見える。
更にその先の中庭からは、暗くなったこともあって、榊原家から無償で提供された大型の投光器の光があふれ出していた。
「何か、画だけ見ると、大事件の現場みたいでわくわくするわよね……当事者じゃなければ……」
あおいはそうボヤキながら、ゆっくりと動き出した穂乃香達が乗るロケ車に向かって手を振る。
「あー、あと、締め切りを抱えて無ければって言うのも、純粋にわくわくできない要素カナ」
あっという間に遠くなったロケ車のテールランプを見送って、あおいは最後にそう零すと、重い足取りで待機を指示された教室へと戻っていった。
ロケ車の座席は回転させることで、向かい合わせて座れるため、穂乃香達はそれぞれ3人ずつに分かれ、対面で座ることとなる。
当然ながら、座る位置を決める必要があり、穂乃香が進行方向の真ん中ということだけは即座に決まったが、残りの進行方向の席は激しい取り合いを招いた。
結果、穂乃香の左右は茉莉と彩花、対面は中心に千穂、左右にアリサとクルミという割り振りに決まる。
座席決めではそれぞれの思惑がぶつかり合い争ったメンバーも、いざ座席が決まってしまえば、元より仲のいいメンバーなので、席に着くなり、和気あいあいと話に興じ始めた。
そんな中で、クルミが取り出した自分の携帯端末を操作しながら、ニュースサイトを表示させる。
「実は報道の人が来てないのが気になって、ちょっと調べたんだけど、さっきの事故報道されてないんだよね……」
クルミの言葉に、彩花が「あんなに大きな事故でですか?」と珍しく驚いた様子を見せた。
「警察や消防が来ていたってことは、その筋で伝わってもよさそうですけど……」
顎に手を当てて首を傾げながらアリサが、事態の不自然を強調する。
こうなると、その答えが欲しくなるのは自然な流れであった。
まず「はーい」と挙手をしたのは千穂である。
それに対して、発言の許可を出すのは、こういう場では仕切りポジションになることが多い茉莉であった。
「はい、千穂君」
「私はですね。別の大事件が起きてた説を提唱しますぞ!」
「なるほど、事件の重要性の差で、こちらの方が霞んでしまったパターンですね」
千穂の発言に、アリサが微笑みながら頷く。
が、間髪容れずに、クルミが「いや、そんな事件は起こってなさそうだぞ」と言い切った。
しかし、すかさず千穂が「ノンノン」と人差し指を立てて、クルミの言葉を否定して見せる。
それを見て、彩花は千穂の態度の真意がつかめず、何の捻りもなくただただ素直に尋ねた。
「どういうことですか?」
彩花の問うたそれは、ほぼ全員の共通した疑問なので、それ以上言葉が加わることなく、視線が千穂へと向かう。
すると、勝ち誇った様子で千穂が立ち上がろうとして、自らが締めていたシートベルトに押し留められた。
「うわっ」
「……何やってるのよ、千穂……」
「え、えーと、シートベルト忘れてた……」
茉莉のツッコミに恥ずかしそうにしながら、千穂はコホンと小さく咳払いを挟むと、すまし顔で発言の真意を語りだした。
「みんな忘れているよ! 今日は、穂乃香ちゃんの精霊の姫初登場回だよ!! 穂乃香ちゃん記念日だよ!!!」
徐々に勢いを増しながら、熱く語る千穂に四方から冷たい視線が飛来する。
そんな千穂のアホ発言に対して、茉莉が深く長いため息をついた。
「確かに穂乃香ちゃんのデビューは大事件だろうけど……」
茉莉の言葉に、我が意を得たりと言わんばかりに、千穂が表情を輝かせる。
が、直後放たれた茉莉の言葉に、千穂の顔は衝撃に染まった。
「穂乃香ちゃん絡みなら、さっきの事故現場に報道が来てるの普通でしょうが……」
硬直してしまった体で、声を震わせながら千穂は「それは盲点だった」と愕然とする。
そんな千穂を見ていたアリサが、ポンと手を叩いた。
「あーそっか、穂乃香ちゃんか」
急に名前を呼ばれ、話題の中心に引っ張り出されてしまった穂乃香は、驚いた様子で目を瞬かせる。
その様子に、悪戯っぽい笑みを浮かべたアリサが、自分の考えを披露した。
「いや、榊原家が報道を黙らせたんじゃないかと……」
「あー、なるほど! って、いやいやさすがに……」
そんなアリサの意見に対するクルミの言葉は、いわば乗りツッコミである。
さすがに、発言者であるアリサを含めて、だれもそれを真実だとは思っていなかった。
だというのに、六人の前の席に控えていたエリーがとても涼し気な口ぶりで「そうですよ」と言い放つ。
直後、千穂と同じような驚愕の表情で、アリサたちも固まった。




