176 幼女、アフレコに望む
「おおう、いい機材だねー、後は録音のレベルだけど、まあ、メディアに落とす時に録り直してもいいか……」
そんなことを言いながら、アリサが手配した放送室に最初に踏み込んだのは、クルミによって呼び出されたばかりの佐々木音響監督だった。
佐々木は音響監督としてだけでなく、声優としても活躍しており、アニメ番組のトークショーなど人前に立つことも多いため、ちょいワル系のスタイルに身を固めている。
アフレコに関係があり、放送室に移動してきたのは、佐々木のほか、千穂たち演者に、あおい、そして穂乃香とその護衛隊であるメイドと女性だらけなので、嫌でも目立っていた。
「それにしても、男がオレだけとか、しかもリアルメイドさんいるし、変な噂が立たないか不安になるなぁ」
露出の多い身の上なので、多少、警戒心を見せる佐々木だが、それを言われた面々は誰も気にした様子を見せない。
佐々木を録音機材の設置されているコントロールルームに置き去りにして、あおいを先頭に窓越しに見える防音の施されたレコーディングブースに移動した面々は、淡々と録音の準備に入っていった。
「えーと、この机はいったん、廊下に出して、スタンドマイクで録りましょう」
あおいの指示に従う様に、穂乃香からお願いされているメイドたちはテキパキと作業を進めていく。
特に、今回放送室まで来ているメイドチームには、機材関係に詳しいか多少の知識があるメンバーが選ばれているので、動きは的確であった。
『とりあえず、穂乃香ちゃん、声貰える?』
レコーディングブースに向かって、コントロールルームからあおいが呼びかけると、穂乃香と共にレコーディングブースに立つ千穂がマイクを指さした。
「えーと、これに向けて……そうだ、挨拶してみて」
千穂の言葉に、穂乃香はコクリと頷くと一歩マイクの前に歩み出る。
「榊原穂乃香です。よろしくお願いします」
そう言ってから、習慣で深々と頭を下げた穂乃香に、クルミが「いやいや、頭は下げなくていいよー」と声を掛けた。
次いで彩花が補足する。
「頭を下げると、声が籠っちゃいますから、なるべく顔は上げたままでやってみましょう」
「は、はい!」
頭を下げなくていいと言われて、羞恥に顔を赤くした穂乃香が、慌てて頷いてから、更に動揺しつつ顔を急いであげた。
「多少の動きは大丈夫ですよ」
「うん、マイク高性能だから」
アリサ、茉莉と、続けざまにフォローの言葉を掛けられて、穂乃香は困ったようにはにかむ。
「女の子多いと、こういう雰囲気になるよね……」
どこか遠い目をしながら、佐々木はつぶやく。
「え、佐々木君は、女の子の多い現場多めじゃない?」
あおいが佐々木のつぶやきに首を傾げるが、返ってきた言葉はとても痛々しかった。
「いや、あれは、女の子の集いじゃなくて、すでに女の園だからね……その空気がね、華やかだけどそこら中に地雷原とか紛争の火種がね……」
「あーうん、あー、まあ、私も一応女だけど、わかるわ……いわんとしてるやばい空気……」
いつの間にやらあおいも遠い目をして、佐々木に同調する。
「対して、ここは心洗われるね、頑張るぞって思えるよ」
佐々木は苦笑しながら、ヘッドフォンを片耳に当てて、臨戦態勢を整えると、レコーディングブースへの指示出しの為にマイクのスイッチを入れた。
「じゃあ、始めるね」
佐々木の言葉に、ブースにいる穂乃香、千穂、彩花、クルミ、アリサ、茉莉の声が重なる。
「「「はい!」」」
綺麗に揃った少女たちの声に、思わず笑みを浮かべた佐々木は上機嫌で、手元に置いた台本に視線を向け、録音開始を告げる指示を出した。
「じゃあ、穂乃香ちゃん、千穂ちゃん、第32話12ページの3行目のセリフからお願いします」
『はい、おっけー』
佐々木の声に、穂乃香を真ん中に据えて、千穂たちはほめたたえ始める。
「さすが穂乃香ちゃん、アフレコ初めてとは思えなかったよ」
満面の笑みで、穂乃香の健闘を称える千穂は、ウンウンと大きく頷いて見せた。
その横で、彩花はうっとりとしながら、いつになく素直に自分の感想を吐露している。
「ぴょこぴょこ動く後ろ頭が可愛かったです」
「おい、彩花、色々駄々洩れてるぞ」
クルミは少し呆れた調子で彩花に言うが、その口元には笑みが浮かんでいた。
「んー穂乃香ちゃんが完璧超人過ぎて、嫉妬の『し』の字も浮かばない」
やや疲れた調子でいうアリサの一言に対して、そっと茉莉が囁く。
「そんなことないよ、穂乃香ちゃんだって、強さも弱さもあるよ、ね?」
茉莉にそう言われ、穂乃香は照れを隠すように苦笑を浮かべた。
そんな二人のやり取りに、千穂が敏感に反応する。
「あ、ちょっと、茉莉ちゃん、穂乃香ちゃんと二人っきりだったときに何かあったの!」
千穂に迫られた茉莉は「あったよー」と笑顔で答えて見せた。
「え、何それ、ズルイ、私も!」
「ダメダメ、私と穂乃香ちゃんの秘密だから」
「えーーーーずーーるーーいーーー」
じゃれ合いながら千穂と茉莉は会話を交わし、そしてその目が穂乃香に向く。
「私も、穂乃香ちゃんとの秘密が欲しい!」
「えっ!? 欲しいって言われても……」
「ほーーしーーいーーー!!」
「お前は子供かっ!」
穂乃香に駆け寄った千穂の後頭部に茉莉のチョップが炸裂し、ブースの6人は皆が一様にお腹を押さえて笑い声をあげた。
自分を取り囲んで笑う大事な仲間と皆には見えなくとも側にいてくれるユラたちを見て、それから、穂乃香はいつも助けてくれるゆかりたちを思い浮かべる。
(いつか、皆にも、ちゃんと打ち明けたいなぁ)
最後に茉莉を見ながら、穂乃香は浮かんだ大切な思いを包み込むように、自らの胸に両手を当てた。




