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セーラー服の魔法使い  作者: 雨音静香
第六章 幼女と信頼
172/812

172 幼女、救う

 ああ、私は死ぬんだなと、祥子は実感していた。

 さっきまで感じていた金網の食い込む感覚はもうない。

 祥子の体のほとんどは宙に投げ出されているので、後は強い衝撃が襲うのを待つばかりだ。

「こんなのってないよね……」

 体が投げ出された直後、落下の初速はとてもわずかで、ふと見てしまった自分の真下では、幾人ものメイドさんやスタッフジャンパーを着た撮影スタッフたちが、金属製の柵を倒しながら何か叫んでいる。

 そこでようやく、祥子は自分がゆっくり落ちているんじゃなくて、時間が凝縮されゆっくりに感じているのだと理解した。

 自分の学校が舞台だから『プリッチ』が気になっていたわけではない。

 祥子はそもそもアニメや漫画が大好きな少女だった。

 だからこそ、その死の瞬間に時間が凝縮して、ゆっくりと感じるという現象があることを知識として知っている。

 それゆえ、単純に、今がそうなのだと、場違いな興奮を覚えながら、首を動かしてみた。

 どうせ最期を迎えるなら、世界をよく見ておこうと、そんな不思議な感情が祥子を突き動かす。

 そうして、その得体の知れない衝動は、祥子に自らを助ける存在を目撃させた。

「えっ?」

 コンマにも満たない瞬間に声を漏らした祥子は確かに見る。

 アネモネの杖を持ち、アネモネのように杖の先端の花を輝かせた、精霊の姫の姿を、その両目はしっかりととらえていた。


「不自然にならない程の減速で、木の上に落とす!」

 真剣な表情で、穂乃香は杖から放たれた魔力で空気の濃度を操って、祥子にしか感じ取れない風のクッションを作り出した。

 愛用の杖を振るい魔法を操る穂乃香の視線を遮らないように意識しつつ、茉莉は周囲の目が祥子に向いてるのを確認する。

 それは、茉莉が自分自身の役目に忠実なのと同時に、穂乃香が魔法を使っている以上、万が一などないという信頼の表れでもあった。

「ユラ、上からの目線を頂戴!」

 魔力を操りながら指示を出した穂乃香に、ユラは答えることなく飛翔して、祥子や金網の上の女生徒たちよりはるか上空に陣取る。

『主殿、目を!』

 ユラの言葉に従って、穂乃香が目を閉ざすと、その瞼の裏にユラの見る視界が映し出された。

 他者の目を見て魔力を扱うことは、穂乃香にとっては初めてのことである。

 だが、穂乃香の中にはかつての大魔法使いとしての記憶と経験があり、それに従えば、祥子を救うなどそう難しい事ではなかった。

 杖を握る手に力を込めて、誰もが目を背ける瞬間に、風の魔力を爆発させて、瞬間的な浮力を生み出す。

 そうして、木の上に狙い通りに祥子を落とした直後には、穂乃香は金網を見上げていた。


 祥子が我に返った時には、自分を受け止めた木が、細かな枝を折り、葉が千切れ、独特の香りを立てていた。

 何故ここにいるのかわからないが、メイド服を着た女性に横抱きで抱え上げられ、すぐさま担架に寝かされる。

「大丈夫、意識はある?」

 真剣な眼差しで初めて見る綺麗なメイドさんに声を掛けられて、祥子は「大丈夫です」と答えたつもりだったが、声がかすれて声にならなかった。

「いいわ、無理に声を出さないで、すぐに病院に運びますね」

 祥子の手を握りながら、優しく声を掛けるメイドの後ろをものすごい速度で背景が飛んでいく。

 自分が想像を超えた速度で運搬されていると気付いた祥子は、思わず身を起こそうとするが、やんわりと、それでいてまるで体を起こせないほどの強い力で、付き添うメイドに圧し返されてしまった。

 金網が倒れた瞬間から何もかもが、想像を超えていたことに、祥子は戸惑いよりも現実感を抱けずに、仕方なしに状況を受け入れて静かに運ばれていく。

 その脳裏に浮かんだのは、真剣な眼差しで魔法の杖を振るっていた精霊の姫の姿だった。

「……ほんとに、魔法が……」

 祥子の声はかすれてしまっていたせいでその声は付き添うメイドにすら届かなかったが、逆に祥子の中では強い余韻として残る。

 だから、その結論はある意味では自然な流れだった。

「……いつか、精霊の姫にお礼をしに行こう……」


 祥子を無事救い出した穂乃香だったが、状況はいまだ改善してはいなかった。

 むしろ、唯一意識を保っていた祥子が落下してしまったことで、取り残された三人は意識がなく、自衛の手段がまるでない状態に陥っている。

 榊原重工のロゴが刻まれた装着型の電動アシストウェアによって常人では考えられないパワーで、鉄柵を引き抜いているが、祥子が落下したことでいったん作業を止めたために、落下者を受け止めるマットの展開までは至っていなかった。

 一方屋上でも、機材と共に駆け上がった護衛隊と撮影スタッフが連携して、金網の鉄柱に金属ワイヤーを通して支える作業に入ってはいるものの、金網自体の強度に不安が出始めている。

 少女たちを受け止めている金網のたわみは徐々に大きくなり、歪まない鉄柱に対して、頑丈とは言い切れない金網の接合が剥離し始めていた。

 すると、バイイイン!と重い音を立てて、金網の一部が鉄柱からはがれ、ぐらりと少女の一人が転がり、今にも金網と鉄柱の間にできた隙間から落ちそうになる。

 同時に再びあちこちから悲鳴が上がった。

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