173 幼女、指摘される
「茉莉お姉ちゃん」
穂乃香の呼びかけに、茉莉は周囲に視線を巡らしながら、可能な限り素早く歩み寄る。
「どうしたの、穂乃香ちゃん?」
変わらず周囲に視線を向けながら、茉莉は声を潜めて穂乃香に問う。
すると、穂乃香から「この後はどう魔法を使えばいいかな?」という意見を求める言葉が返って来た。
予想していなかった助言を求める言葉に、茉莉の心臓が大きく脈打つ。
ウィッチチームの中でも、一番土壇場に弱い自分に対する質問は、茉莉の中で大きな自信として根付き芽吹いた。
そして、それは、茉莉の責任感を強く刺激し、穂乃香の期待に応えることだけを目標に、その頭脳が高速で回転し始める。
(穂乃香ちゃんは、魔法の使い方に対してすごく手慣れている……だから、聞きたいことは……)
穂乃香の言葉の真意を予測しながら、茉莉は導き出した答えを口にした。
「まず、あの子が落ちないように支えてあげられないかな? たぶん、屋上の人たちが、安全を確保しつつ救い出した方が目立たないと思う」
茉莉の答えに、穂乃香はにこりと笑うと、すぐに頷いて魔力を集中させ始める。
その様子に、どうにか正解を導けたのだと、額に浮かんだ汗を手の甲で拭いつつ茉莉は再び周囲の警戒に意識を向けた。
茉莉の助言に、方針を決めた穂乃香は、直接の救援をせずに、目撃者の視界にも、念のために防犯カメラにも映らない空気を操る魔法によって少女たちを支え始めた。
既に風の魔法使いであるサイネリアに変身して、空を飛んでいる穂乃香にしてみれば、難易度が多少上がるとはいっても、応用に過ぎない。
金網の底面にそれ以上金網が沈み込んだり、できてしまった隙間から落下しないように、金網大の無色透明の空気の板を出現させて、それを下から上へと浮上させ、ピタリと下部にはめ込んだ。
少女たちや金網が多少持ち上がったが、ユラの視界を借りて確認した実感で言えば、気付かれる恐れはないだろう。
そう判断して、今度は同じ透明の板を、救援者がやってくる屋上側の面以外の三面に立てて、落下防止柵の役割を持たせた。
こうして、魔法を使い終えた穂乃香は、自然と茉莉を見る。
周辺を気にしていたこともあって、穂乃香からの視線にすぐに気が付いた茉莉はゆっくりと振り返った。
「……お疲れ様、穂乃香ちゃんのお陰で、皆助かるね」
茉莉はまだ時折悲鳴が上がる緊張感の満ちた現場へと再び視線を向けながら、そう呟くように告げた。
穂乃香は魔法の維持に集中しながらも、未だ目隠し役として周囲を警戒し、そして、相談役としても力を貸してくれた茉莉に、心中の思いを伝える。
「正直、茉莉お姉ちゃんがいないかったら……助けられなかったと思う」
それは単純に穂乃香自身が、少し前の自分を振り返って出した揺るがない予測であり、事実だった。
これまで幾度となく魔法を使ってきた穂乃香だが、その詰めの甘さは自身で自覚するところである。
うまくやったつもりであったサイネリアでの飛行も、ミラージュシステムの実験も、結果を見れば散々なものだった。
今の生活を壊したくない穂乃香にしてみれば、致命傷になりかねない失敗の数々は、穂乃香に二の足を踏ませてしまう程、強いくさびとなったその胸に突き刺さっている。
反射的に、不運な事故に遭遇した少女らを救いたいと思っても、穂乃香の中に根付いている冷静に計算できてしまう経験則が、待ったをかけたに違いなかった。
そして、その躊躇で、祥子を救えず、そのショックで結果誰も救えなかった可能性が大きかったことを、穂乃香ははっきりと自覚している。
だからこそ、穂乃香は、茉莉がいてくれたからこその成果なのだと断言できた。
穂乃香の零した言葉に対して、自分は何もしていないという反論がすぐに茉莉の中に浮かぶ。
けれど、と、茉莉はそれを言葉にするのを止めた。
今交わすべき言葉はそこじゃないだろうと、自分の気持ちを優先して、居心地の悪い感謝の言葉を否定する場面ではないと、茉莉は気持ちを改める。
そうしてから、すこし詰まりながら、穂乃香に応えた。
「……役に……立てて嬉しい……けど、穂乃香ちゃんに足りなかったのは、そういう事なんだと思う……な」
茉莉の言葉に、穂乃香はすぐさま「そういうこと?」と聞き返す。
これから耳にすることが、自分にとってとても重要なことだという予感めいた気配を感じ取って、穂乃香は茉莉の言葉を待った。
「偉そうに聞こえるかもしれないけど……多分……『誰かに相談する事』」
茉莉の言葉に、穂乃香は言葉を返すことができない。
言葉の意味を理解しながらも、穂乃香にはしかし、周囲にしていた筈だと自分の記憶を辿った。
その間にも、たどたどしくも、茉莉の言葉は続く。
「ユラに尋ねるのは、きっと確認でしかない……でしょ? ゆかりさん……穂乃香ちゃんのお家の人たちに尋ねると……いつも正しい答えが用意されてない?」
「え……」
茉莉の言葉に、穂乃香の胸の内で何かがゾワリと脈打った。
「穂乃香ちゃんは、頭が良すぎるから、誰かに何かを示してもらうような問いかけはしなかったんじゃないかと思う」
「あ……ぅ」
穂乃香の口から即座に否定の言葉が紡がれることはない。
表面的な言葉であれば、すぐにそんなことはないと言って退けたであろう穂乃香は、茉莉にかみ砕かれ、より細かな部分での指摘に変わったそれに、黙り込むことしかできなかった。




