166 幼女、取り繕う
モアイのような頭部らしき部位に、突き刺さる三角はおそらく体だろう。
そこに手足らしき棒が、どういうわけか5本も生えている奇怪な絵を見ながら、穂乃香は千穂の壊滅的な絵のセンスを察した。
頭ではデザインチーム入りを却下された理由をはっきりと理解しながらも、それを直接言葉にするのは、穂乃香にはできない。
ゆえに、穂乃香はまるで必要のない苦労を背負うことになった。
「え、えーと、これは?」
返ってくる答えなど予想済みではあるものの、何か、例えば、居るかはわからないけれど、弟や妹の落書きだったならばと、限りなく淡い期待を抱きつつ穂乃香は尋ねる。
が、返ってきたのは、ニッコニコの笑顔を浮かべる千穂の「私の考えた穂乃香ちゃんのお洋服のデザインだよ!」と自信満々の一言だった。
冷静に考えれば、プリッチのリーダーである千穂もデザイナーとして参加となれば、それなりの話題になるだろうに、それが却下されてしまっているのだから、つまりはそう言う事なのだと、あまり得たくはなかった確信を穂乃香は得る。
「なかなかいいデザインだと思うんだけど……」
そう言いながら、三角の体らしきところに書かれた色とりどりの模様を千穂は笑顔で指した。
「そ、そうかもしれないけど……きっと、千穂お姉ちゃんは忙しいから、デザインに参加するのは駄目だったんじゃないかな?」
あえて感想を言わずに、話題を反らした穂乃香にズイっと顔を近づけた千穂は「ん?」と言いつつ、首を傾げる。
まるで、ホラー映画か何かで追い詰められる主人公の気持ちを体感しつつ、穂乃香は続く言葉を捻りだした。
「つ、つまり、学校に撮影にステージの練習にって、千穂お姉ちゃんは忙しいでしょう?」
「……そうだねぇ」
「それに、デザインが加わったら、千穂お姉ちゃんがパンクしちゃうと思うんだよ。千穂お姉ちゃんは真面目だから絶対無理するだろうし!」
じっと千穂を視線の真ん中に捉えたまま力説する穂乃香の言葉に、ウソは全くない。
千穂ならそうするだろうという確信をもって言葉にしていて、意図的に絵のレベルに触れていないだけだ。
そして、心配の念が本物であるからこそ、穂乃香の言葉は千穂の胸に刺さる。
「みんな心配するだろうから、それを見越してジュリエルさんも千穂お姉ちゃんの参加を断ったんじゃないかな?」
「……そう?」
ようやく千穂が納得する兆しを見せ始めたのを察した穂乃香は、すかさず畳みかけた。
「だから、千穂お姉ちゃんは、わ、私が試着するときに、監修として一緒にチェックするのはどうかな?」
「それだ! そうだね、確かにそれなら私も無理しないだろうし、一番早く可愛い穂乃香ちゃんを見られるね!」
興奮気味に穂乃香の言葉に千穂は頷く。
どうにか上手くこの場を収めた穂乃香が、なし崩し的に自分をモデルにしたブランドの立ち上げに同意してしまったということに思い至るのは、テンション爆上げの千穂が監修に指名されたと言いふらしに行った後だった。
「穂乃香ちゃん」
「……茉莉お姉ちゃん」
「ドンマイ」
がっくりとうなだれてしまった穂乃香に、茉莉はそれ以上掛ける言葉はなかった。
一方で、アリサは明るい調子で穂乃香に話し掛ける。
「穂乃香ちゃんは、自分がモデルのブランドって言うのに気後れしてるんでしょうけども、明日の放送が終われば、精霊の姫として真似をしたいって女の子はいっぱい出てくると思いますよ」
次いで、彩花もそれに同意した。
「確かに、私もそう思います」
「人気者の宿命だよ。なので、諦めて……って、穂乃香ちゃんの場合、穂乃香ちゃんが知らないだけで、もうありそうじゃない、穂乃香ちゃん専用ブランド」
ポンポンと励ますように穂乃香の肩を叩いていたクルミが、ふと思い当たったのは、穂乃香自身が想像もしていなかった可能性である。
だが、穂乃香はさぁっと顔を青くする。
「……ひ、否定できない」
穂乃香の着る私服の全てはゆかりをはじめ使用人たちの手によって用意されていた。
立場に、年齢も重なって、穂乃香はこの世界では未だ買い物をしていない。
それは、お菓子も、おもちゃも、そして洋服もであった。
いつもの三人娘の中で、洋服に一番興味がある奈菜に指摘されたことだが、穂乃香の服にはどれにも製造メーカーのタグがない。
「私の服、どれもタグがないって、奈菜ちゃんが……」
穂乃香の言葉に、若干ふざけた調子で言っていたクルミが「えっ」という声と共に、言葉を失った。
「俄然、可能性が出てきましたね」
彩花はすました顔でそう言うが、とりだしたスマホを操作する指は早い。
「確か榊原グループって、子供服ブランド立ちあがったんじゃなかったっけ、去年だか一昨年に……」
アリサの記憶に頼った情報の投下で、クルミに加えてアリサ以外の全員がピタッと動きを止めた。
直後、彩花がものすごい勢いで、スマホを操作し始める。
彩花に近づいた茉莉はその画面をのぞき込み、アリサもそれに倣った。
「これ……でございますかしら?」
おかしな言葉遣いで彩花が指を止めると、画面を見ていた茉莉とアリサがほぼ同時に頷く。
それを確認した彩花は、くるりとスマホを回転させて固まった穂乃香とクルミにその画面を見せつけた。




