144 幼女、焼き滅ぼす
「な、なんで、茉莉お姉ちゃんは私が魔法を使えることに気付いたの!?」
それは二人の交わした会話のボタンの掛け違いである。
茉莉が本気で言ったわけでない「魔女なんでしょ?」という問いかけを、穂乃香は字句通りに受け止め、そして動揺していた。
対して茉莉は、穂乃香の返しをゴッコ話のノリ程度に受け止めてしまっている。
なので、茉莉の答えは『魔女=女優』という穂乃香の超絶演技力を揶揄した脳内変換を経て返された。
「最初に気付いたのは、千穂だけど、私もすぐにわかったよ……だって、穂乃香ちゃん、纏う気配が全然違うんだもの」
だから、嫉妬したし、目が離せなくなったんだよ、と、心の中で付け足しながら、茉莉は洗面所に設置してある洗濯機へと寄り掛かる。
一方穂乃香は、茉莉の言葉に目を丸くした。
「茉莉お姉ちゃんも……魔女なの?」
穂乃香の問いに茉莉は悪戯っぽく笑う。
「何言ってるの、穂乃香ちゃん。私、サイネリアだよ? 当たり前じゃない」
平然と返した茉莉の言葉は『役』としての意味だが、穂乃香は先ほどから『魔女』の話をしていた。
ゆえに、穂乃香の受け止める言葉の意味と響きは茉莉の意図したものとは、かなりかけ離れている。
そして二人ともそれに気づくことはなかった。
「そっか、茉莉お姉ちゃんも、魔法が使えたんだね。じゃあ、先にこれを始末しちゃってもいい?」
穂乃香はそう言いながら、自分の中に入り込んでいた黒い靄の塊『凝』を、魔法のステッキを指揮者のタクトの様に操って、中空に取り出して見せる。
その想像もしていなかった光景に、茉莉は声を失った。
穂乃香自身は魔法に意識を集中しているので、茉莉が目の前の状況への驚きで表情を変えたことに気づいてはいない。
「ねえ、ユラ、この『凝』ってどうやったら消せるの?」
茉莉の目線で見れば、急に自分とは別の方へ顔を向け話し掛けた穂乃香の行動は奇行でしかなかった。
けれども、続く光景に、茉莉は強制的に意識を変えるしかないと悟る。
「あ、そうなんだ。炎で燃やし尽くせばいいのね」
直後、流れるように魔法のステッキを振るわれると、迸る光が穂乃香の体を包み込んだ。
「私と共に歩む運命の花、ローズ。情熱とともに燃え上がる夏風の祝福と共に!」
凛と響く穂乃香の声とともに、茉莉の前でサイネリアからローズへの変身が始まる。
サイネリアのショートブーツが輝き、光が宙に霧散すると、真っ赤なハイヒールへと変わり、赤いバラをあしらったアンクレットが足首に現れた。
サイネリアのカボチャパンツはぴたりと体に張り付く一分丈のスパッツへと姿を変え、白いスカートはそのままに、オーバースカートがバラの花びらを模した幾重にも重なる赤いものへと変化する。
マントの内側は真っ赤に染まり、ノースリーブまで縮んだ白い上着の衿元はマントの下でタンクトップの様に大きく開き、胸についたリボンの真ん中にあるブローチは赤く染まった。
頭に乗せた三角帽子の房が赤く染まる。
そうして、瞬く間に茉莉の目の前に立つ穂乃香は、サイネリアからローズへと変身を遂げた。
茉莉はその光景に飲まれつつも、掠れる声を無理やり絞り出して問う。
「ほ、穂乃香ちゃん、どうして……」
茉莉が途中で詰まらせた言葉に込められたのは、魔法が使えることへの戸惑いだが、認識がすれ違ってる穂乃香の耳にはその真意は伝わりはしなかった。
結果、その答えは茉莉にとって、的外れともいうべきものになってしまう。
「ああ、使う魔法に合わせて、変身すると魔法の威力が増すような気がするんです」
それは穂乃香自身の直感によるもので、学術的に研究をしたわけではないが、この直感に従う事が実益を生むのは前世で幾度ともなく体感し、実感してきたことだった。
ゆえに、穂乃香は迷うことなく断言して見せる。
魔法に合わせてその魔法が得意な魔女に変身するのは意味があるのだ、と。
「踊れ、炎、彼の災厄を焼き尽くせ!」
呆然とする茉莉とともにベランダへと移動した穂乃香は、空へと球状にまとめて丸めた『凝』を放り投げるなり、豪炎で瞬時に焼き尽くす。
周囲を照らすほどの炎の放つ猛烈な光に照らされて、茉莉は乾いた声で笑うと、ようやく、穂乃香との会話のかけ違いに思い至った。
「ふぅ~~」
一仕事をやり遂げた穂乃香は息を吐き出しながら、むき出しの腕で額を拭う。
そうして、笑顔で茉莉に振り返った。
「これで大丈夫ですよ、茉莉お姉ちゃん。でも、茉莉お姉ちゃんが魔女だったなんて知りませんでした!」
にこやかに微笑みながらトテトテと歩み寄ってくる可愛さの塊に、茉莉は笑うしかない。
猛烈な力を目の前で見せつけられたのに、恐怖の心は一切なく、茉莉はただ漠然と、穂乃香ちゃんだしな、という緩い結論とともに、あっさりと受け入れる気持ちになっていた。
「あのままスタジオに『凝』を残しておくと危ないと考えて、移動させたんですね。私てっきり茉莉お姉ちゃんが大ピンチだったのかと思って、心配してきちゃいました」
てへっと舌を出す穂乃香に、プルプルと震えだした茉莉は、表情を引き締める。
そうして、穂乃香をまっすぐに見据えた。
「いや、穂乃香ちゃん、私、穂乃香ちゃんみたいな魔法使いじゃないから!」




