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セーラー服の魔法使い  作者: 雨音静香
第五章 幼女とスタジオの怪
142/812

142 幼女、家宅侵入する

『残念ながら、当たりのようだの』

 偵察に送り込んだ青葉の視界を垣間見たユラは、穂乃香にそう報告した。

 穂乃香は静かに頷くと、青葉が侵入したマンションの一室に視線を向ける。

 何事か思案した後で、穂乃香は静かにユラや蜜黄、黒華に、行動開始を伝えた。

「それじゃあ、行きましょう」

 真剣な表情で、じっと青葉が向かったマンションの一室を見やる穂乃香の表情は硬い。

 そんな切羽詰まった様子の穂乃香に、ユラが制止を訴えた。

『待たれよ、主殿!』

「え、なに?」

 タイミングを外され、驚きの表情を見せる穂乃香に、ユラが地上を指さす。

 同時に、海で起きたように周囲の時が止まった。

 風に揺らされていた木々がその体勢のままで固まり、わずかに舞い上がった木の葉が空中で静止している。

 そして、ユラが指さした先では、小太りの男が口を大きく開けて、手にしたスマホを宙に向けていた。

「へ? は? え?」

 一音ずつ声にした穂乃香はその度に、驚き、戸惑い、羞恥と表情を変える。

 そして、ゆかりをはじめとするメイド組こと護衛隊によって施された英才教育の成果が発露した。

 穂乃香は乙女のたしなみを反射で出せるレベルの達人に成長している。

 ゆえに、頭の中で時が止まっていることを理解しながらも、体が無意識に勢いよくフワフワのスカートを抑えたことで、ようやく自分のスカートの中を守るカボチャパンツを思い出した穂乃香は、安堵のため息を漏らした。

 そのまま、安心した表情で気持ちを緩めかけた穂乃香が、我に返るなり叫ぶ。

「って、違う!!!」

 直後、急降下して小太りの男のそばまで降り立つと、その体に触れないように気を付けながら容赦なくスマホをもぎ取った。


「これで良し、けど……」

 スマホを操作して写真や動画を撮られていないかを確認した穂乃香は、自分の姿が収められていないことに安堵したものの、新たな壁に直面していた。

 ユラの止めた時の中では、穂乃香の手にしたものは、時の流れを取り戻す。

 より正確に言えば、穂乃香が触れることで触れられた存在も、穂乃香と同じく止まった時の中で動けるようになるのだ。

 つまり、スマホを奪って確認したのはいいものの、そのスマホを男の手に戻せば、男も制止した時の中に呼び込んでしまう恐れがある。

 本来、研究者肌である穂乃香は、そのあたりの効果範囲が気にならないなんてことがあるわけがないのだが、時を止める能力にどのような弊害があるかもわからないので、みどりや奈菜に協力を求めることも出来ずに放置されていた。

 なので、男が穂乃香たちの時間に招かれない可能性もあるのだが、どちらに転ぶかは未知数である。

 それゆえに、穂乃香は戻すか否かについてしばし唸ったものの、今が緊急事態であることを理由にして、男の足元にスマホを置くという結論を導き、すぐさま慌てて宙へと飛び去った。

 穂乃香の慌てた理由の多くは、ユラの時を止める能力の時間制限である。

 急に横に魔女姿の少女が現れれば大騒ぎになるのは間違いない上に、能力が発動している間に茉莉の部屋に滑り込むべきだというユラの冷静な進言が、的確に的を射ていたからだ。

 それゆえに穂乃香は躊躇なく男の元を離れ、青葉の入った茉莉の暮らす部屋へと向かう。


『ここには、茉莉の気配しかないの』

 時が止まっていようとも、ちゃんと玄関から「お邪魔しまーす」と入り込んだ穂乃香は、そこでブーツを脱ぐべきか否かを悩んで立ち止まる。

 既に部屋に入り込む際に青葉に開錠させているのだが、そこは何の躊躇いもなかった。

 本題とはまるで違うところで足踏みする主に、ユラはやや呆れた様子で進言する。

『主殿、魔法で汚れを落とせばよいのではないかの?』

「あ、そっか」

 ポンと手を合わせて、魔法のステッキを振ると、穂乃香の纏うサイネリアのブーツの靴底が輝いた。

「よし、行こう」

 穂乃香が一歩廊下へと足を踏み出したところで、ユラの能力が時間切れを迎える。

 同時に、殺気と悪意の塊が穂乃香を包んだ。

「こんな……」

 表情を強張らせるなり、穂乃香は床を蹴っている。

 青葉の先導も必要ないほど、強烈な気配が穂乃香の進路を明確に示していた。

 タッタッと軽い足音を残して疾駆する穂乃香の心は、その足音と対照的に一歩一歩重くなっていく。

 拒絶と否定が深く練り込まれた濃密な黒気は、茉莉の部屋ではなく、浴室から漏れ出していた。

 ガチャッ!

 開こうとした扉の鍵が全力で穂乃香を拒絶する。

 が、風の魔法使いであるサイネリアの魔法を熟知する穂乃香に迷いはなかった。

 穂乃香は魔法のステッキを振ると、自らを風に変え、わずかなドア下の隙間からドアの中、脱衣場へと侵入させる。

 再び実体に体を戻すタイミングで穂乃香が目にしたのは、浴室で服のままでシャワーに濡れる茉莉の姿だった。

 備え付けの浴槽は、今にもあふれそうなほど水が満たされていて、生気のない曇った眼をした茉莉はその手に一本の大きなカッターナイフを握っている。

 穂乃香が年齢通りの幼女であったなら、その組み合わせが示すものを想像することも出来なかっただろうが、大魔法使いとして生きた記憶がはっきりとその二つが呼び込む不幸な未来を描き出した。

 今の世界よりも身分差が明確ではっきりとした世界には、権力者に弄ばれてしまう命も少なくない。

 そして、その哀れなものが選ぶ道筋もそう多くはなかった。

「茉莉お姉ちゃんを傷つけるな!!!!」

 穂乃香の発したそれは怒りの発露である。

 そして、それはこの場の誰よりも強く滾った害意を伴う感情でもあるがゆえに、茉莉の中のモノは激しく反応を示した。

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